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2009年1月30日 (金)

丸包丁

Cutter ずっと仕舞つてあつただけの、掛け軸は八宗(上の棒)の脇から布が切れたり、汚れも酷く、修理に出さなければなりません。かと言つて、100本以上を一度に直せませんから、應急処置を施します。繪さへ傷めなければと、製本用布テープを貼つてみたり、色々試しましたが、素人故巧くいきません。

 そこで、本格的に表装を習ひに行き始めました。街の文化センターで基礎から勉強です。只單に切るだけでも難しいのに閉口します。定規に沿つてロータリーカッターで同じ箇所を切るのですが、力が入つて曲がり、非常に難しい。人差し指を刃の上に乘せず、親指を内側にして定規に沿ふやうにやってゐる筈なのに、ヒゲのやうなものが出てしまひます。

 慣れれば、どうと云ふことはないのでせうが、まだまだです。最初から丸包丁を使ふ人も居るやうですが、それだと左利き故、專用包丁を用意しなければなりませんね。

Maru

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2009年1月29日 (木)

相反する感情

 相反する(アムビヴァレントな)感情が交差する人間像を描く文樂、人形淨瑠璃。義太夫節が描き出す物語は、不條理なことが多いのですが、それが却つて人の本質をあぶり出してゐるのですね。
 中本千晶著 『熱烈文樂』 三一書房 は、文樂大好き人間の著者が、思い入れたっぷりにその魅力を觀客の立場で、詳しく描いてゐます。

 太夫は「聲優」兼「語り(ナレーター)」兼「歌手」であり、
 三味線彈きは「ひとりオーケストラ」だと言ひ切り、
 メロドラマ「世話物」は遊女を商家のぼんぼんが戀に落ち、身請けを巡る金錢的トラブルで心中、
 時代劇「時代物」は主君が危機に陥り、忠義の爲に部下が自分の妻子の命を犠牲にするとあっさり解説。

簡單に言つてしまへばさうなのでせう。血液型で分けるなら太夫はB型、三味線はA型、人形遣ひはAB型とか、面白い女性ならではの判斷もあり、細やかな指摘が散りばめられ、初心者には親切な一書。

 また、現在發賣中の雑誌『サライ』にも特輯が組まれてゐます。こちらの方が総天然色寫眞も多く、いいかも知れません。來月は東京公演がある故、豫習のつもりで探したら、色々ありました。

熱烈文楽Book熱烈文楽


著者:中本千晶

販売元:三一書房
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サライ 2009年 1/22号 [雑誌]Bookサライ 2009年 1/22号 [雑誌]


販売元:小学館
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2009年1月28日 (水)

饗宴

 「饗宴は外交の重要な道具立て」とは西川惠の言葉。『エリゼ宮の食卓』新潮社 で佛蘭西政府は食事を共にすることが如何に大事な外交であるか鮮やかに描き出してゐましたが、今度は『ワインと外交』と云ふ新書が出ました。

 表向きの言葉よりも、食卓の料理内容やワインの品揃へを見れば、相手の扱ひが一目瞭然なのですね。自宅にワイン好きの友達を招いたとしても、何を一緒に飲むか、いつも頭を惱ませます。決して相手を輕んじてゐる譯でもないけれど、妙に輕快なワインでもいけないし、だからと言つて、料理に合はない矢鱈と重い高價な赤ワインでもいけません。まあ、料理に合ふことは前提ですが、結局、自分がその時に飲みたいものに決まります。これが國同士の卓ならば神繼質にならざるを得ないことは容易に察すことができます。

 「天皇の料理番」として名高い秋山德藏も著作の中で(どの本であつたかは失念)、戰前にエドワード八世(後のウィンザー公)や戰中に滿洲皇帝、愛新覺羅 溥儀(ラスト・エムペラー)が來日した際は饗宴の準備がたいへんであつたと書き殘してゐますから、西川も同じ氣持ちを料理人から感じたことでせう。

 蜜月を演出する爲、また對立を和解する爲、あらゆる場面に外せない食事。一時であらうとも一緒に生活すると、非常に親近感を得ますし、その親しい仲を「同じ釜の飯を食ふ」と云ひますね。ですから、相手がきちんと箸が持てなかったり、ズルズルと羮(スープ)をすする姿を見せられるとがっかりします。

 和蘭女王が見せた心遣ひ、外交儀禮(プロトコル)に拘る中國、靖國神社參拝問題を重要視してゐた韓國の意味深長な輕い食事等々、外交の舞臺裏と云ふか、食事が外交の表舞臺になりうることがよくわかる良書でした。

ワインと外交 (新潮新書)Bookワインと外交 (新潮新書)


著者:西川 恵

販売元:新潮社
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味―天皇の料理番が語る昭和 (中公文庫BIBLIO)Book味―天皇の料理番が語る昭和 (中公文庫BIBLIO)


著者:秋山 徳蔵

販売元:中央公論新社
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舌―天皇の料理番が語る奇食珍味 (中公文庫)Book舌―天皇の料理番が語る奇食珍味 (中公文庫)


著者:秋山 徳蔵

販売元:中央公論新社
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2009年1月27日 (火)

賀詞交換會

 レス協の賀詞交換會が行はれました。會長並びに觀光廳のお役人の挨拶から始まり、立食とは云へ、八芳園さんの心尽くしの料理の數々を順繰りに頂きました。寿司、天麩羅、ステーキ、リゾット等調理人が目の前で料理するものに人氣は集中するのは何処も一緒ですが、野菜の炊き合はせのやうな地味な和食が實はとても美味しかったりします。底力を感じるとでも言ひませうか、こんなところに手を抜かないことにプロの心意氣を見た氣がします。

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2009年1月26日 (月)

競り

 78回轉盤や飛行船關連商品の競賣は馴染みが深いのですが、この間、芝浦に在る「東京都中央卸賣市場食肉市場」を見學して來ました。弊社は高級和牛のみ扱ふ「吉澤畜産」さんから仕入れてをりますが、吉澤社長並びに大久保部長が「競り」の樣子から案内してくれました。

 ずっと洋食とワイン畑を歩いて來た自分には、牛肉市場は目から鱗が落ちるやうな事實ばかりで吃驚しました。前日に捌かれ、真二つに分けられた枝肉が吊されて順繰りに等級附けされ、産地、親(黒毛×黒毛等)、等級が示され、一部輪切りにされた肉の状態から、値附けされます。皆、白衣の隠し(ポケット)の中の釦操作で競りが行はれ、三人以上値附けしてゐる間は白いランプ、二人が競つてゐる間は緑、そして赤で決定となります。實に靜かに行はれますが、たまたま岩手牛を澤山出品される日に當たり、大勢の農家の方々も居らして掛け聲を掛けてゐた爲、賑やかでした。

 そして、競り落とされた枝肉から、骨を外し、各部位に分けられ、淺草の松喜、紀ノ國屋、スーパーマーケット等、お客向けの希望の大きさに真空パック詰めされて行きます。此処は職人さんが10數人、手際よく捌いてゐますが、牛も人と同じやうに個体差がある爲、機械化できないところです。そして、一度冷藏し直してから、段ボールに箱詰めされて出荷です。

 衛生管理は特に嚴しく、白衣、帽子は當たり前ですが、本來は長靴のところ、見學故、靴カバーをして入館し、空氣シャワーを浴びて、やっと中に這入ることができます。まるで自動車工場のやうに流れ作業で、大きな枝肉がやって來ますから、食肉工場と云ふ趣です。12月によい肉は出荷されてゐる爲、1月は割と靜かなのだとか。とても、勉強になりました。

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2009年1月23日 (金)

千年紀

 來年は平城遷都1300年祭故、あの氣味惡い割に可愛いと騒がれた象徴人格(マスコットキャラクラー)「せんとくん」を先日見掛けました。かなり異樣です。
 昨年は源氏物語先年紀が祝はれ、あちこちで企劃展示がありました。つひ先日まで詳しい經緯(いきさつ)を知らなかったのですが、作者の紫式部自身の記録『紫式部日記』の中に、「若紫」や「源氏」と云ふ言葉が出て來て、既にその時に書かれてゐたことが確認されてから丁度千年であつたのですね。

 「左衛門督 あなかしここのわたりに若紫やさぶらふ とうかがひたまふ 源氏にかかるへき人も見えたまはぬにかの上はまいていかでものしたまはむと聞きゐたり」

 寛弘5年(1008年)11月1日、土御門殿で催された敦成親王の誕生祝いの宴で、秀才と名高い藤原公任が女房たちの控への間にやって來て「この邊りに若紫は居られませんか」と聲を掛けたが、紫式部は、光源氏のやうな美男子も居ないのに、どうして紫の上が居るものかと、いけずに思つて、返事をしなかつたと書き殘してゐます。

 それ故、その日を「古典の日」と定め、世界でもゆ類を見ない、長編戀愛小説の誕生を喜んだと知りました。11世紀の初めは、まだ歐州ではそれぞれの國の言葉で書かれた小説もなく、中國ですら不倫や姦通等帝のお話は當然なく、日本人が世界に誇れる小説なんですねえ。然も、教養のひとつとして當時の貴族、そして室町の武家、また江戸の庶民まで讀み繼がれ、現代文譯にしても與謝野晶子、谷崎潤一郎(3回)、圓地文子、田邊聖子、瀬戸内寂聽等から、漫畫まで含めるとかなりの數に上るほど、愛されてゐるんですね。
 その上、そこから派生した美術工藝も源氏の場面を描いたものであつたり、色々あるのが凄い。

 とここまで岡崎市美術館館長、芳賀 徹さんの特別講義の受け賣りです。その際、Arthur Waleyの英譯が日本語のやまと言葉より細かく區切つてあつて讀み易いことを知りました(笑)。相變はらず挫折したままなので、六條御息所の生き靈が出て來る『夕顔』邊りから讀んでみませうか。

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2009年1月22日 (木)

短期入院檢査

 初めて、短期入院檢査(人間ドック)を受けました。今までは區の實施する誕生月の無料健康診斷だけでしたが、45歳の節目として加入健康保險組合負擔、指定病院で受けることにしたのです。
 改めてこの「人間ドック」と云ふ言葉を調べたら、「ドクター受診」とかではなくて、「船の點檢船渠(ドック)入り」に準(なぞら)へてゐました。非常に効率よく、大勢の人が空いてる箇所へ次々と回され、ほぼ午前中で終了。

 あのバリウムを飲んで、あい氣(げっぷ)を抑へ、意識が朦朧する中、寝臺の上でごろごろするのはどうしても氣分が惡くなる爲、今回は自由選擇(オプション)で「胃カメラ」を飲むことに。以前は個人病院の手厚い看護の下に精神安定剤を點滴され乍らで、殆ど記憶にないのですが、今回はきちんと自分で畫面を確認し乍ら行はれました。檢査の結果判明したのは、慢性胃炎。どうやらピロリ菌の所爲ださうです。それが分かっただけでもよしとしませう。

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2009年1月21日 (水)

複製

 複製(クローン)牛はほんたうに安全なのでせうか。内閣府の食品安全委員會の作業部會が19日に「通常の牛や豚と安全性は變はらない」と評價書を出した爲、食卓に複製牛が上る可能性が出て來ました。一消費者としては、かなり抵抗感はありますが、凍結保存してゐた優良精子を人工授精する程度のことは、競馬に限らず松阪牛でもされてゐた筈です。

 研究所内だけで飼育されてゐたものが、愈生産農家に回るかも知れません。現状では、高い研究費を使つた爲、流通に乘る程安くは供給されないのでせうが…。我々、牛肉を扱ふ者に入荷の際に違ひが判ればまだいいのですが、そのうちにうやむやになつて、いつの間にか混入してるのが一番怖いです。
 そして、知らず知らずの内に、その肉を10年、20年と食べ續けてどうなるか、我々自身が實驗することになります。この技術の進歩が人類の平和や安全に繋がらない可能性もあり、神への冒瀆に繋がりはしないのか、改めて食の安全を考へさせられます。

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2009年1月20日 (火)

夜景

Ue たまたま、先日ホテル・ニューオータニの17階で食事をご馳走になりました。70分掛けて一周する展望レストラン故、思ひの他夜景が美しい。まるでお上りさんのやうにしてビシバシ寫眞を撮つてしまひました。たぶん、30年以上前に一度來てゐる筈ですが、すっかり綺麗に改装され、ブュフェ形式なので食べ過ぎますね。註文してから握つてくれる寿司や、好きなものを揚げてくれる天麩羅、鉄板燒きステーキ等に人氣が集中してましたが、中華系、伊太利系の食べ物も充實してます。子連れには好きなものだけでも、たくさん食べてくれるのが嬉しいところ。安價な品川の巨大ビュフェよりも高いだけあつて樂しめました。

確か、東京タワーと霞ヶ関ビルが抜きに出てゐたやうな氣もしますが、現在は雨後の筍のやうに大きな建物が多い割に視界も開けてゐて、新宿の高層街もシャキッと見えました。縮小畫像でははっきり見えませんが、東京タワーも寫ってます。
 

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2009年1月19日 (月)

賣り出し

 4月24日(金)の豫選から繰り廣げられるMotoGP世界選手権第二戰「日本Grand Prix」の觀戰切符が土曜日から早くも賣り出しを開始しました。昨年は王者ヴァレの年間優勝が懸かつた試合でしたが、今年は開幕直後と云ふこともあり今期の勢ひを占ふ大事なところ。
 昨年まで便利な駐車場は即日完賣でしたが、今年から抽選になり、親子入場券等少しでも門戸を開く努力はしてゐるやうです。景氣の惡化した今だからこそ、熱戰を觀て、明日への活力としたいところです。恒例の「大治郎席」は新たに「ノリック・大治郎席」に生まれ變はる模樣ですから、それも樂しみと、一人熱が入るのでした。
 リンク先のノリックは一昨年の樣子。この時見たのが最後でした。

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2009年1月16日 (金)

睨まれる

Enbu 《二人三番叟》終はりて、吉例儀式「仕初(しぞ)め」にて、三寶より巻紙を取り上げて讀みし後、裃の肩を脱ぎ、巻載せたる三寶を片手に、ハッと睨みたり。市川團十郎と成田屋縁の者にしか許されぬ「睨み」、海老藏の迫力この上なく、祝賀の呪術これに極まり。

 荘重な翁の舞ひ、格調高き千歳の舞ひの後に、三番叟が踊る樣は、文樂の《二人三番叟》と違ひ、力強い足踏みよりも、表情豐かに滑稽さが増しをり。右近の眼力の重に對して、猿彌の笑顔の輕と釣り合ひよく、いとをかし。

 《義經千本櫻》の内、三段目〈木の實〉〈小金吾討死〉〈すし屋〉は海老藏演ずる「いがみの権太」の獨壇場にて、笑ひあり、涙あり、娯樂の王道。惡役なれども、子煩惱な一面も見せ、改心すれど親に切られてしまふ哀れ。一寸くぐもった聲乍ら滑らかな臺詞回し、睨みや所作の粋なこと、初役とは思へぬ程の上手さ。上方の文樂に比ぶれば、江戸言葉多く、全く違つた魅力を再發見。

 《お祭》では、鳶姿と藝者姿の役者が舞ひ、手拭ひを觀客に撒きたり。新春に相應しき、目出度きこと。

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2009年1月15日 (木)

撤退

 墺地利の自動二輪製作會社KTMが今期、排氣量250ccの世界選手権に出場せず、その上、ホンダが自動車競走國際方式(フォーミュラ)1から撤退を決めたことで激震が走りましたが、世界ラリー選手権(WRC)のスズキにスバルも撤退を決め、そこに加へてカワサキまで最高峰MotoGP級休止發表と云ふ事態になつてしまひました。

 現在、車兩貸し出しで出走臺數減少を防がうと、主催者DORNAが動いてゐますが、豫斷を許しません。年間40億圓とも、50億圓とも云はれる資金を投入して來たものの、2002年の途中から、MotoGP級へ19年振りに復歸し、翌年から完全參戰してゐますが、悲願の優勝にいまひとつ届かず、今年は期待されてゐたところでした。昨年、獨逸Grand Prixでお世話になつた縁もあり、非常に殘念です(畫像)。

 もしも、他班に貸し出しをしたとしても、整備や部品供給等問題は山積み故、動向が注目されますね。土曜日から「日本Grand Prix」の切符も賣り出されますが、觀客減少に繋がらなければよいのですが…。

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2009年1月14日 (水)

15歳の花嫁

Photo 久し振りに家族を連れて、新國の《てふてふ夫人》を觀に行く。栗山民也の演出版はこれで二回だが、前回は當日故、天井桟敷で舞臺は殆ど見えず、隣の爺さんの加齢臭に惱まされた記憶しか殘つてゐません。
 さて、今回は二階左脇席なので、案外見晴らしもよく、前に人が居ない分子供には好評。カルロ・モンタナーロの指揮は疾風の如くグイグイ引ッ張り、歌はせるところはたっぷり間合ひを取るので、印象の惡い東響でも安心して身を委ねられます。然も、合唱等和服の着こなしが粋なのが、安心です。てふてふ夫人役アルメニア人のカリーネ・ババジャニアンも違和感なく打ち掛けも似合ひ解け込んでゐました。途中、正座してお辞儀するのにお尻が上がつてゐたり、草履が巧く脱げずにバラバラになったまま上がつてしまつたのが殘念でしたが、日本の風習を知らないので致し方ありません。そんな時に一寸座って直す仕草が素敵なんですがねえ。歌は情感も籠もり上手でしたが、惜しむらくはもう少し聲の伸びが欲しかった。そこまで望んでは酷ですね。
 マッシニリアーノ・ピサピアのピンカートンは巨漢だが、色艶のある聲もよく、アレス・イェニスのシャープレスもやや聲は通らないものの及第點。松浦健のゴローや、大林智子のスズキは日本人らしさが出て好演。

 第一幕最後の甘い二重唱、そして、改宗してまでピンカートンに真心を尽く、どんな境遇にならうと愛を貫き通す覚悟のてふてふ夫人の哀れなところが、最後に子供が出て來た邊りから盛り上がります。没落して藝者になり、たった15歳で身請けされたにも拘はらず、崇高な心意氣だけで、夫を待ちわび氣丈に生きて來た3年間。再開も果たせず、子供まで取られてしまふ悲劇。自害する前に、我が子に「永遠の別れ」なんて云ふのを聞くと、どうしても自分の子供のことのやうに感じるので目頭が熱くなります。涙もろくなりました。

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2009年1月13日 (火)

空中散歩

Nt 年末年始と日本飛行船の運航するツェッペリンNTが東京上空を遊覧飛行してゐました。どう云ふ譯か、我が家の行動範囲がこの範疇に収まる程度しかなく、幾度も出遇ひ吃驚(畫像)。

 或る時は歸へり道、夜の旋回音に氣附いて見上げると上空200米位でせうか、悠然と空中に留まつてゐました。尽かさず、携帶を構へると、近くのマンションの警備員が慌てて走り寄り、撮影を止めさせやうとして來ました。「何故」何が何だか判りません。こちらとしては、暗くて寫りが惡い中、少し開けた所で何とか綺麗に撮ろうとしてゐただけですが、エライ剣幕で近寄つて來るので、益々焦つて巧くいきません。
 傍まで來てやっと聞き取れたのは「住人以外撮影禁止」。こちらは、マンションを撮つてゐる譯ではなく、空中を指差し「飛行船!」と傳へるのですが、警備員の背中に當たり、なかなか分かって貰へません。
 もう、こちらの携帶を壊さんばかりの勢ひです。「彼方!彼方!」と指さし、振り向いた警備員も最初は「何」と云ふ困惑顔で状況が咄嗟に理解出来てゐませんでしたが、少し間が空いてから、「嗚呼… それなら結構です」と消えゆるばかりの小さな聲になりました。

 全くもつて迷惑千萬な話で、結局ぼやけて何だかはっきりしない畫像しか撮れず破棄。後で考へれば、一般にも開放した遊歩道上の出來事でしたが、其処はマンション内の敷地でした。警備員さんすみませんでした。

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2009年1月 9日 (金)

おもてなし

Kaki 先日、年初のご挨拶と註文の品を取りに知人の店を訪ねたところ、大好きな干し柿を出してくれました。山形のご友人が自分で作られた由にて、小枝が粋です。十年くらい前に始めた頃はビニールの紐にぶらさがつたものがドンと送られて來たさうですが、年々工夫をされて、こんなに素敵になつたとのこと。
 ねっとりとした甘味が口に廣がり、作業した人の顔が浮かび、何にも代へ難い心温まるおもてなしでした。

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2009年1月 8日 (木)

天晴れ、高品位テレビ

 高品位(ハイヴィジョン)テレビのお陰で綺麗な畫面に釘附けとなり、年末年始寝不足が祟り、調子惡いヒゲ親父でした。暴飲暴食もあるのですが、寝る間を惜しんで、テレビを見る大莫迦者でもあります。

 そんな中、有線放送で久し振りに《銀河英雄傳説》が始まり、日曜日の四話毎に録り溜めて見てゐます。これはまだ畫像処理されてゐないので、決して綺麗ではありませんが、忘れてゐた幾つかの挿話や、壮大な物語を思ひ出し暫く目が離せません。プロイセン風な軍服、獨逸風な名前、全編を彩るクラシック音樂等、填ります。

 それで4日の晩は明日から仕事だと思ひつつ、ふと衛星放送高品位番組を見ると、「夢の音樂堂 小澤征爾がいざなうオペラの世界」と云ふ中で、何とクライバー指揮、維納國立歌劇場の《薔薇の騎士》を放送してるぢゃありませんか。もう第一幕も終はりのところからでしたが、釘附けです。
 1994年の録音ですが、畫像が綺麗な爲、細かい部分もよく見え、嗚呼、こんなであつたか、あんなであつたかと實際の舞臺は見てゐないのにあれこれ思ひ出します。提燈のやうなモハメドのターバン、優美な元帥夫人の寝間着だとか…。

 「これはどんなオペラ?」と娘たちに訊かれても、素敵な大人の戀物語程度にしかまだ教へられません。何故何故攻撃で全幕教へるのに1時間位は掛かりますので、ズボン役を見附けて「ケルビーノと一緒だ」「あたしは《フィガロ》の方が好き」だとか、勝手に言ふのを聞き流し、ひとり悦に入つてゐました。

 來日公演の時は、アバド&伯林フイルのマーラーの9番を選んだ爲、こっちは聽けませんでしたが、かうして映像と音が高品位で殘つてゐるのは嬉しい限りです。

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銀河英雄傳説動畫


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2009年1月 7日 (水)

明治の味、大正の味

Kirin 麒麟麦酒の消費者點檢(モニター)に應募したところ、明治時代及び大正時代の製法に基づく罐麦酒が送られて來た爲、早速飲み比べてみました。明治の頃はまだラガーよりエールが幅を利かせてゐた時代だからか、色も濃く飲み應へのする獨逸風な味はひです。
 それに比べると大正ものは副原料も加はり、苦味の強いすっきりした味はひです。個人的には明治味の方が好きですが、きっと好みも分かれることでせう。生憎、昭和味(クラシック・ラガー)まで飲み比べませんでしたが、味はひに差があるのでせうねえ。期間限定發賣されてゐますので、是非お飲み頂きご自分の舌で味はつて戴きたいものです。

 弊社今朝のすき燒のタレも微妙に味はひに差を附けてゐます。現在はどちらかと云ふと辛口です。親父(四代目)に云はせると、高度成長で繁榮した時代はかなり甘かったらしいのですが、百年に一度と云ふ大不況下では辛口が好まれるのも致し方ないかも知れません。


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2009年1月 6日 (火)

究極の食

 一體何をどう食べたら健康なのか、餘計な情報が氾濫する今はよく判りません。鹽は體に惡いと安直に云はれますが、それは精製鹽の鹽化ナトリウムばかり摂るからであつて、海鹽のやうに他のミネラル分が多いものは逆に體が欲してゐる場合があるさうです。

 南清貴著 『究極の食』を讀み始めたところですが、本當に必要なアミノ酸の釣り合ひの取れた食品は摂ってゐないのですね。ジュースやお菓子で多量の糖を摂取してゐますが、實は甘いものが食べたいと云ふ欲求は元々完熟した果物したなかつた爲、ヴィタミンCへの欲求の筈でした。それが置き換はつて、ヴィタミンCが欲しいとはならず、甘いものを欲するやうになつたと云ふのです。それ故、幾ら大福やシュークリームを食べても、ヴィタミンCは補へず、更に甘いものを欲してしまひます。

 果物に含まれる水分も重要なのですね。天然の濾過水なのですから、吸収し易い形になつてゐるのだとか。この正月の暴飲暴食で體調を崩した自分としては頭の痛い話しばかりです。

究極の食Book究極の食


著者:南 清貴

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2009年1月 5日 (月)

食の位置づけ

 食べ物とは不思議なものです。年頭から偉さうなことを云ふつもりはありませんが、食に拘はる仕事をしてゐる以上は、人は何故食べるのかとか、食べたものはどうなるかと云ふのは常々氣になる事柄でした。

 普通口から入つたものは榮養素だけ吸収して、排出されると考へますが、その榮養素たるアミノ酸は分子のレベルまで分解され、身體と入れ換はりを續けてゐるのです。「行く川の流れは絶えずして、然ももとの水にあらず」『方丈記』と同じやうな、シェーンハイマーの學説から福岡伸一が述べたことらしいのですが、それを食の達人辰巳芳子が自分の言葉として語り、對談してゐます。

 『食の位置づけ ~そのはじまり~』東京書籍は最近讀んだ本の中では、一番目から鱗。「食を通じて私たちが地球環境の一部として全體につながってゐる」と云ふこと。生命を維持する爲に食べることで、壊れ行く身體を維持し、常につくり變へてをり、食べることで地球の一部に繋がつてゐるのだと云ふ。
 まづはご一讀をお勸めします。


食の位置づけ~そのはじまりBook食の位置づけ~そのはじまり


著者:辰巳 芳子

販売元:東京書籍
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