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2009年2月27日 (金)

國の光を觀るは、もって王たる賓によろし

 昨日のレス協総會で觀光庁の総務課長 花角英世さんが「觀光」の語源に就いても言及してゐました。これは四書五經のひとつ『易經』の中の「觀國之光、利用賓于王」から來てゐるのだとか。「國の光を觀るは、もつて王たる賓(ひん)によろし」とは、他國の光を觀る、即ち風景とかだけではなくて、他國に於いて文物、政治、暮らし向き、風俗をよく觀ることは、即ちその政教の善否を知ることである。その國がよく治まってゐれば、その德は必ず風俗に現れる故、これを觀れば、國の治安や動亂の兆候も察することができると云ふ意味です。現在は、漠然と見るのではなくて、よく觀る、またよく觀せる意味に使つてゐるのだとか。

 弊社も「YOKOSO! JAPAN」のポスターを掲げ、我が國獨自のすき燒を體驗して頂くことが國益に通じるものと信じてゐます。話がややでかくなりましたが、國際觀光の推進は少子高齢化、人口減少時代にあつて、外國からのお客樣が増えれば經濟効果も大きく、草の根の國際交流が外交の基礎であり、國際社会の平和に繋がり、惹いては國民の生活の質を向上させることになると觀光立國の意義を謳つてゐます。

 1954(昭和29)年に松下幸之助は『文藝春秋』五月號に「觀光立國の辯」と題して石炭掘るよりホテルをひとつ造った方がよい、これからは美しい自然を賣りものにした方がよいと述べたさうです。さすが先見の明があります。

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2009年2月26日 (木)

ビッグサイト

 けふは有明に在る東京國際ビックサイトで「國際ホテル・レストランショウ」「フードケータリンショウ」「厨房設備機器展」へ行き、そのままレス協の総會に出席して、夜は食味研修會故、一日店にをりません。

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2009年2月25日 (水)

お届け物

Gorgon 2月25日(水)の今日から日曜日まで、赤坂のホテル・ニューオータニ 庭塔(ガーデンタワー)40階に在る伊太利料理「ベル・ヴュー」ではピエモンテからシェフを招き、特別料理を出してゐます。
 ヴィラ・クレスピのアントニーノ・カナヴァッチュオーロとホテル所有者の息子エツィオは知り合ひで、わざわざ「ゴルゴンゾーラ」を持って來てくれました。と言つても私が取りにホテルまで伺ひました。

 シェフのトニーは所有者の娘婿なのですが、伊太利語しかできず、準備の爲忙しくて、英語の解るエツィオと珈琲を飲み乍ら雑談。もう既に400名もの豫約が入つてゐる位の大人氣ださうで羨ましい限りです。折角來たのに天氣がよくないとか、六本木で朝まで飲んだとか、最近の景氣だとか。返禮として、こちらからは荷物が嵩張らないやうに箱詰めの煎餅詰め合はせや日本のワイン、それにお母さんの好きな煎茶のティーバックを。
 「伊太利でお待ちしてゐます」と嬉しい言葉でしたが、何時になつたら行けるのやら。

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2009年2月24日 (火)

無駄

 全ての無駄を廢したらきつと、無味乾燥な詰まらない世の中になると思ひます。矢張り遊びは大事。文化・藝術こそ普段の生活の無駄かも知れませんが、それこそ心を豐かにしてくれます。氣持ちに餘裕を持たせ、生活に潤ひをもたらしてくれる筈なのです。

 形として殘らないもの、觀劇とか音樂鑑賞は貴重な體驗として深く心に刻まれます。1981年のミラノ・スカラ座の初めての引っ越し公演は忘れやうとして忘れられるものではなく、鮮明に覺へてゐるものです。今は自身の感激の爲だけでなく、子供の情操教育の爲と稱して、連れて行きますが、そんなに資金も續きませんので、何を削るかが大問題。趣味が多すぎだといつもかみさんに怒られます。

 今年のMotoGP全日本選手権大會は例年通り栃木縣に在る「ツインリンクもてぎ」で行はれます。昨年はヴァレの優勝が決まつた秋の開催でしたが、今年は4月26日(日)が決勝戰です。
 ずっと大治郎席一筋で來ましたが、今年から「ノリック&大治郎席」と變はつたこともあり、ランクを上げてB席の高橋裕紀應援席に決めました。前日の宿も押さへ、切符も豫約、一緒に行ってくれる家族に感謝です。

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2009年2月23日 (月)

増量

 朝から會社の私の卓子に有るコムピューター記憶装置の増量を圖るも失敗。古い機種故か、受け附けず。幾度もやり直すものの悉く不具合の樣相。嘆息限りなく元通りにした筈が、以前より作業が遅くなり作業効率惡し。

 されど、諦め切れず午後になりて再度入れ替へを試みると成功せり。格段の速さ至極快適なり。
 

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2009年2月20日 (金)

持つべき者は友

Choko 猪口齢糖を飛行船仲間から戴く。普通に市販されてゐると聞いて更に吃驚。ジャムボジェット、ユンカース52「タンテ」、それに形から言つて「ヒンデンブルク號」!ミルク・チョコは甘くて苦手なのですが、これなら形に釣られて食べられさう。ありがたう。奇しくも本日、45歳の誕生日を迎へました(笑)。

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2009年2月19日 (木)

將來性

Luka 昨日は聖路加ガーデン内、新阪急ホテル築地の32階で日本飛行船社長、渡邊裕之さんの講演を聞く。川縁のこの眺望は飛行船に乘船してゐるやうな氣分を盛り上げてくれます。

 さて、日本で唯一の飛行船事業をされてゐる(株)日本飛行船は世界に三隻しかないツェッペリンNTの一隻を運行して、觀光、宣傳、調査等に利用してゐます。飛行機のやうに早く飛ぶと價格が上がり、船のやうに大量に運ぶと時間が掛かるのですが、飛行船はその中間を狙へるとのこと。鹿兒嶋にしかない格納庫を關東に造り、二隻、三隻と増やして行けば増収も期待できる爲、資本増資、私募債の發行を計畫してゐるのだとか。

 只の飛行船ファンには全く關係のない話かと思つてゐましたが、株主になると年一回の搭乘が約束されると云ふのは何にも代へ難い素晴らしい案。何時の日にか、「ヒンデンブルク號」級の巨船で日本の上空を旅できるといいですねえ。

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2009年2月18日 (水)

不義は御家の法度

 鑓(ヤリ)の名手として知られ、イケメンの上に武藝にも優れた松江藩の表小姓、25歳の権三(ゴンザ)は、茶の湯も弟子の筆頭です。それがライバルである伴之丞(バンノジョウ)に、茶道の師の妻(37歳)、おさゐとの不義の汚名を着せられ、権三の師匠、おさゐの夫の武士としての面目を立てる爲に汚名を被り、夫に討たれる悲しい物語、《鑓の権三重帷子(ヤリのゴンザ カサネカタビラ)》。

 幾年か前に篠田正浩がメガフォンを取った記憶もありますが、1717(享保2)年の初演後は上演されず、明治に入り歌舞伎となつて當たり、文樂としては1955(昭和30)年になつて復活された近松、圓熟期の作品です。今月の東京公演は珍しく二演目が近松と云ふ構成。

 元々悋氣(嫉妬深い)なおさゐは男振りのよい権三を娘の婿に迎へたかつたものの、相手がゐたことから、激しい嫉妬に驅られてしまひます。彼女の送った帶を締めた権三に腹を立てて、その帶を解いて庭に捨て、代はりに自分の帶を締めればいいと、投げるものだから、権三も腹を立ててその帶を庭に放り出すと、忍んでゐたライバルに浮氣の印として持ち去られる。何とも間の惡い話。それが下着であつたりすれば、現代に通じるよくある話です。そこで辯解もしないおさゐの肝の据はつたのは偉いところですが、それなら何故最初から短氣を起こさねばよかったものを。色々考へさせられるのがいいですねえ。

〈數寄屋の段〉を語る筈であつた竹本綱大夫が病氣療養の爲、前の〈淺香市之進留守宅の段〉を語つた竹本津駒大夫がそのまま勤めたので、違和感なくすっきりとした上演になりました。綱大夫さんだと、聲が通らず、自分の好みではないのですが、早く復歸して戴きたいものです。

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2009年2月17日 (火)

ヴェリズモ

 神話や歴史を題材にしたオペラではなく、《カヴァレリア・ルスティカーナ》や《道化師》のやうに、19世紀末から20世紀初頭に、庶民の間の生活や、現實に起きた事件を題材にした「現實主義」運動のひとつで、伊太利では「ヴェリズモ・オペラ」と呼んでゐます。
 近松門左衛門はそれに先んじて、ワイドショウのやうに心中事件をすぐに戯曲化して義太夫節を附けて、人形淨瑠璃に仕立ててをり、これは「世話物」として町人社會の日常乃至心中事件を描いてゐます。ヴェリズモに先んじること二百年。江戸時代の方が或る意味進んでゐたのかも知れませんね。

 先日、聽いた《女殺油地獄》はそんな近松ものの中でも晩年の異色作品で、放蕩息子の河内屋與兵衛は、借金を斷られた腹いせに油問屋豐嶋屋の女房、お吉を惨殺して逃げると云ふ救ひの全くない話です。1721(享保6)年の初演當時は戀の縺(もつ)れも無い所爲か全く當たらず、お藏入りとなつたやうですが、明治に入り歌舞伎として上演すると當たり、戰後1952(昭和27)年になつて、NHKラヂオ放送で竹本綱大夫(八世)、竹澤彌七の作曲・演奏が人形のない素淨瑠璃として〈豐嶋屋油店の段〉だけ上演し、通し上演は1982(昭和57)年のことださうです。

 現在では舞臺上演され、〈逮捕の段〉もあるのですが、今回の上演は殺しだけでお仕舞ひでした。それだけに、油まみれになつて、刃物を振り亂し、滑って轉んで、追ひ掛ける樣は非常に現實的で顔を背けたくなる程でした。人形ならではの誇張した部分が與計に哀れです。豐竹咲大夫情に訴へる語りもよく、鶴澤燕三の三味線も切れのいいもので、聽き終はつて何とも無常觀に嘖まれます。

 與兵衛は皆から甘やかされて育つた所爲か、23歳の親がかり、自立してゐません。喧嘩はするは、店の金を使ひ込んで遊女に入れ上げるは、どうしようもない男なのに、何か憎めない性格なのでせう。しっかり者の長男は分家して立派にやつてをり、妹も兄思ひのいい子なのにひとりはみ出してしまふ與兵衛。父親が死んでから、番頭上がりの德兵衛が再婚して主人に収まつても、先代への義理堅く、與兵衛に不自由させまいと氣を遣ひ過ぎてしまひます。勘當されても、そっと金を届ける德兵衛に、それと知らずに實母も金を渡さうとする哀れ。これ程、人々に愛されてゐるにも拘はらず、惡行に及んでしまふ。何があつてもおかしくない現代に十分通じる物語でした。

桐竹勘十郎《女殺油地獄》を語る

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2009年2月16日 (月)

手折りの梅

Heikurou  愛宕山に參詣すると、曲垣平九郎盛澄が家光の爲に手折った梅が咲いてゐました。丁度、日本放送協會放送博物館に於ける、友吉鶴心さんの演奏會で以前、幣店で演奏して戴いた《愛宕山》をやるのでその前に、自分の足で「出世の階段」を登つたのでした。新橋から此処まで徒歩で半時弱。南風の温か陽氣ではありますが、どんより曇ったままでしたから、丁度よい運動となりました。

 琵琶の樂器説明から、琵琶音樂の系譜等詳しい説明の後、《愛宕山》の他に歌の入らない《不倒》と《那須譽一抄》を聞かせて戴きました。邦樂でも、本歌取りのやうに分野を超えて、同じ演目が多々ありますが、その場合、題名を變へるとか、文章もしくは一文字變へるとかすることで、格式を守つてゐたのだとか。よいお話を聞きました。それ故、「祇園精舎の鐘の聲」で始まる《平家物語》は、「盛者必衰の理を顕す」とせずに、薩摩琵琶では「生者必衰の理を顕す」としてるさうです。
 日本の歴史には怨靈を畏れて、滅ぼされた方の物語や神樣として祀ることは多々ありますから、源氏の流れを汲む薩摩として、何か秘めたこともあるのかも知れません。

ShussekaidanUekara 琵琶樂は情景描寫に優れたもので、馬の蹄、波の音、弓を引く音や鏑矢が飛ぶ樣とか、目に浮かびます。こんな階段登ったのですよ!馬でと云ふのが凄い。

 仰ぎ見て足下見ればくらくらと 霞む意識か頭上の梅花

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2009年2月13日 (金)

非人

 幕府公認の敵(かたき)討ちの爲、非人に窶(やつ)して機會を窺(うかが)ひ、最後に見事本懐を遂げる物語故、襤褸(ボロ)着が錦織りのやうになると云ふ意味の題が附いた《敵討襤褸錦(カタキウチツヅレノニシキ)》

 筋書きには單に「乞食」としか出て來ませんが、非人とは佛教用語で、『法華經』に出てるらしい。我が國では奈良時代に反逆罪に問はれた罪人が苗字・官位を剥奪されて「非人」の姓を天皇から與へられたのが最初の記録だと云ふのださうです。

 江戸時代には、死牛馬解体処理や皮革処理をした穢多(えた)と共に、非人は賎民身分であり、人扱ひされてゐないと云ふより、士農工商からはみ出した身分制度上の身分とされます。非人の生活を支えたのは勸進(かんじん)であつたさうな。寺前の小屋ごとに勸進場と云ふ受け持ち區域があり、小屋ごとに勸進権を獨占してゐました。また、非人は行刑下役や警察の手下の役割も果たしたと云はれてゐます。

 するとこの勸進は何かってことになりますが、寺院の建立や修繕等の爲に、信者や有志者を説いて淨財を集める行爲を指します。元はそれにより佛道に導き、善き行ひをさせることでしたが、江戸時代にもなると寄附を集める方法として興行や、その觀覧料の収入を充てることにも使はれたやうです。

 説明が長くなりましたが、今月の文樂東京公演《敵討襤褸錦》の前半〈春藤屋敷出立の段〉で縁談が進む隣通しの家が敵同士になつてしまひ、悲劇が重なる切り場を語つた豐竹嶋大夫の情が滲み出てよかつたです。

 そして、大詰め刀の切れ味を試す爲に、非人を切らうと云ふ何とも物騷な話が山場の〈大安寺堤の段〉です。先日の錦糸さんの講演で、効果音やどこが一番の聞かせ処か聞いてゐた爲、注意して住大夫の聲を樂しみました。前半は寒空の下で陰氣な場面ですが、敵討ちを志す次郎右衛門は仕込み杖を抜いて

  「青江下坂、二つ胴に敷嶋、ハヽヽヽ、親重代でござる」

と由緒正しい刀を持つてゐると名乘るのです。芝居なので正式名の「葵下坂」とは云へません、此処では「青江下坂」と云ひますが、越前の刀工下坂市之丞(康継)及びその子孫の鍛えた名刀のことで、德川家康から「康」の字を賜り、刀に葵の紋を刻むことを許されたと云ふのですから、當時の人なら誰もが知るブランドであつたのでせう。
 それまでが地味なだけに、此処でアッと云はせる見せ場になりますが、殘念乍ら感動するまでには至らず、住大夫の名調子を樂しむだけでした。前知識がないと、理解しづらいところが滅多にやらない演目なんだと思ひます。

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2009年2月12日 (木)

すきや連

 火曜日の第一回《すきや連》は無事終了。北は仙臺、米澤から、西は神戸のすき燒屋11軒の主人、山梨の葡萄酒醸造所ご主人や廣嶋の牡蠣や海苔業者まで、総勢50名きっかり!集まり大賑はひでした。

 出迎へる主人として正装しましたが、立ったり座ったり、ワインを注ぎ、料理を運び、説明をし、名刺を交換したり、忙しいことこの上なく、膝が痛い。説明不足の點やら、反省點も多々ありましたが、兎に角終はつてよかつたです。京樂師匠、《ちんや》のご主人、向笠千惠子さん(食品記者)、受附を手傳つてくれた裏方を始め、從業員一同の見事な働きにより無事に濟み、關係者皆樣にこの場を借りて御禮申し上ます。

 戰前には「今」の附くすき燒屋の集まりがあつたと聞きますが、それ以來の同業者の集まりかも知れません。向笠さん曰く「すきに燒くのが〈すき燒〉」ださうですから、各店違ふやり方でも、同じすき燒屋同士、よい點は見習ひ、切磋琢磨できれば嬉しいです。

 次回は七夕に合はせて、淺草の《今半》さんだと云ふので麻の着物にするか、背廣にするか、迷ひます。
 

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2009年2月10日 (火)

三遊亭京樂

 本日17時45分よりすき燒屋とその關連業者に報道關係者の集まり「すきや連」があり、最初に落語があります。古典のみならず、福祉、防災落語から海外公演迄幅廣く活躍中の三遊亭京樂師匠が語る《心眼》と云ふ演目が樂しみです。略歴を覗いたら、同い年でした。

 前日の昨日からワイン硝子杯240個を手洗ひし、機材、什器備品を確認し、本日、ランチ營業後は座敷の襖や柱を取り拂つて大廣間にしてから、高座の設營、受附卓子の設置、ワイン硝子杯を並べ、50名の宴會に備へます。勿論、黒羽二重五紋附に袴と盛装致します。

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2009年2月 9日 (月)

もう安全?

 辰巳芳子著 『食の位置』 東京書籍 に紹介されてゐた福岡伸一著 『もう牛を食べても安全か』 文春新書を讀む。日本では住民の安全を第一に、牛肉の全頭檢査をしてゐますが、狂牛病がBSEに、亞米利加産牛肉輸入に對する檢査の緩和等、政治的壓力により方針が變はり、食の安全が脅かされてゐます。

 効率ばかりを求めた爲、肥育する速度を早め、主格量を増やした結果、別のところにエネルギーが使はれ平衡が亂れ、それが結局何か突然違つた形で噴出して、大きなしっぺ返しを食らふことになる…。蛋白質を摂らない限り命を保てない我々は食べることで環境に繋がつてをり、地球と云ふ閉じた世界の循環の一部であることを知ると、無駄も省け、無理のない生活ができるのかも知れません。

 豐かになつた日本はどれだけ、ゴミを出してゐるのでせうか。コンビニで破棄されるお辨當の數を考へると、大きな無駄だと思ひます。

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2009年2月 6日 (金)

文樂三味線の魅力

 朝日カルチャーセンターで開かれた野澤錦糸さんの公開講座「文樂・三味線の魅力」を聽講しました。今週末から國立劇場に掛けられる《敵討襤褸錦(カタキウチ ツヅレノニシキ)》と云ふ珍しい作品を實際に一部演奏し乍ら解説して下さいました。
 「非人の仇討ち」として有名なもので、昔は玄人並の趣味人が練習したらしく、床本の印刷物がかなり出回つてゐたらしいのです。題名の襤褸は本來「ボロ」と讀む、 着古して破れた衣服のことで、仇討ちの本懐を遂げればそれも錦に變はると云ふ意味です。

 〈大安寺堤の段〉前半は暗い悲壮感が漂うやうに、三味線で擬音を用いて雰圍氣を盛り上げてゐると云ふ。寒々しい風や火の彈ける音等、ぼうッと聞いてると全く氣附かない箇所を念入りにお教へ下さり、納得しました。
侍から非人に身を窶(ヤツ)して敵を狙ふ樣、ほんたうに奈良に在る大安寺の現在の樣子、通風に罹り足の痛い兄、尺貫法をセンチメートルにすると幾らか、近松門左衛門が天才なのではなく、時事問題をすぐに戯曲にした素晴らしい才能の持ち主であつた等、少しは知ったる者には面白い話がわんさか出て來ました。

 そして、終了後、知人のお供で錦糸さんご本人のご挨拶もでき、ますます、文樂が身近になつて、來週の公演が樂しみになりました。

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2009年2月 5日 (木)

空氣より輕い乘物

 ブイヤント航空懇談會の新年會が開かれました。自稱「飛行船料理研究家」兼ツェッペリン関連商品蒐集家として、飛行船に關する情報交換と研究成果を寄稿する爲に入つてゐるやうな感じの不埒な會員です。
 ところがこの懇談會は歴史があり、元は1970年代に氣球や飛行船と云ふ空氣より輕い乘物の研究者が集まりで、殆ど學會のやうな研究發表の場であつたらしいのですが、現在は飛行船運航會社に愛好家まで幅廣く、空の乘り物に夢を懐く人の集まりとなつてゐます。私のやうな新參者も居る爲、自己紹介を順繰りにしましたが、ほんたうに大學の先生から、ツェッペリンNTの追掛けて寫眞を撮つて居らっしゃる方、時折で競賣で張り合ふ吾人まで、飛行船が結んだ不思議なご縁です。

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2009年2月 4日 (水)

寫眞調査

Kyodo 廣嶋に住む飛行船研究家からの連絡で、共同通信社の寫眞調査部を一緒に訪ねることに。電通社長に見せる爲に當時編纂されたアルバムが發見され、調査されてゐるとのこと。そこには外電に使はれた貴重な寫眞がデジタル化されて、順繰りに調べられてゐました。場所や人物の特定をし、撮影日時なのか、納入日時なのか、確認作業をしてをかないと、素材としても使へないので地道な根氣の要る作業です。

 以前、堀内さんが調査された、ツェッペリン伯號の航路からどの方面を撮ったものだとか判つたとか、中には帝國ホテルで撮影された、日本最初の機内食を罐詰めにしてゐる珍しいもののありました。ビーフ・ティー、コンソメ等の表示も見えます。撮影用に構へてゐるだけのやうですが、黒光りした丸い塊は何の食材だか判りません。

 畫像は夕暮れ時の共同通信社からの眺望。弊社の目と鼻の先ですが、高さが違ふと景色もかなり違ひますね。生憎と富士山は見えませんでした。

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2009年2月 3日 (火)

女遊びはこんなもの

 夕飯時に、刺身に附いて來る「山葵」はホースラディッシュを粉にして色を附けたものだと話し、世の中の「粉山葵はこんなもの」だと言つた瞬間、突然、周囲の人の顔が凍り附いてしまひ、

 「女遊びはこんなもの」ってどう云ふ意味ですか。

 今度はこちらが疑問符で一杯に…。
「粉山葵」が「女遊び」に聞こえたらしい。人に語れる程、女遊びはしてゐません(笑)。

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2009年2月 2日 (月)

新しい仲間

Wan
 本日より、夜の赤出汁用お椀を新調。山中塗りですが、本物の漆は手触りがよく、ぬくもりを感じます。茜銀朱塗りの小振りで、蓋には屋號を金文字で入れました。

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