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2009年2月16日 (月)

手折りの梅

Heikurou  愛宕山に參詣すると、曲垣平九郎盛澄が家光の爲に手折った梅が咲いてゐました。丁度、日本放送協會放送博物館に於ける、友吉鶴心さんの演奏會で以前、幣店で演奏して戴いた《愛宕山》をやるのでその前に、自分の足で「出世の階段」を登つたのでした。新橋から此処まで徒歩で半時弱。南風の温か陽氣ではありますが、どんより曇ったままでしたから、丁度よい運動となりました。

 琵琶の樂器説明から、琵琶音樂の系譜等詳しい説明の後、《愛宕山》の他に歌の入らない《不倒》と《那須譽一抄》を聞かせて戴きました。邦樂でも、本歌取りのやうに分野を超えて、同じ演目が多々ありますが、その場合、題名を變へるとか、文章もしくは一文字變へるとかすることで、格式を守つてゐたのだとか。よいお話を聞きました。それ故、「祇園精舎の鐘の聲」で始まる《平家物語》は、「盛者必衰の理を顕す」とせずに、薩摩琵琶では「生者必衰の理を顕す」としてるさうです。
 日本の歴史には怨靈を畏れて、滅ぼされた方の物語や神樣として祀ることは多々ありますから、源氏の流れを汲む薩摩として、何か秘めたこともあるのかも知れません。

ShussekaidanUekara 琵琶樂は情景描寫に優れたもので、馬の蹄、波の音、弓を引く音や鏑矢が飛ぶ樣とか、目に浮かびます。こんな階段登ったのですよ!馬でと云ふのが凄い。

 仰ぎ見て足下見ればくらくらと 霞む意識か頭上の梅花

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