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2009年3月18日 (水)

對談

 『橋本治と内田樹』 筑摩書房を手にする。友吉鶴心さんの爲に書き下ろした詩の作者として、或ひは目から鱗が落ちる程納得のいった『これで古典がよくわかる』や『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』の著者、橋本治は捕らへ所のない人であると思つてゐた。滅茶苦茶頭の回轉が早く、一般人とは違ふ角度から切り込み、ひとつひとつの疑問に立ち止まり、全部解決した上で彼なりの結論を導き出す樣は、途中の過程を抜いてあるだけに唐突で妙な感じなのにわかった氣になるから不思議であつた。

 そんな變は作家は密かな樂しみであり、文壇で大きな顔し、大手を振って歩いてくれるより、端の方で輝いてゐて欲しいと思つてゐたが、どうも本人もそれは自覺してゐたやうです。
 實用書扱ひで出版數が伸びなかった『男の編み物 手トリ足トリ』なんか實はご本人「寫生文の訓練」のつもりで書いてゐたのだとか。 「志賀直哉の寫生文のやうな、決まりきつたこと、明確に存在するものを、きちんと言葉で表現するといふ寫生文の訓練」 であつたと吐露してゐます。

 空が廣かつた1950年代に幼少期を過ごした人、或ひはその頃を知ってゐる人とそれ以降60年代では「斷裂線」があると云ふ。小津映畫の凄さとか、59年までは舗装されず、暖をとるのは火鉢しかなく、平安時代からずっと皮膚感覺が同じで「懐かしさ」を感じるさうなのです。これは、64年生まれの自分でも、辛うじて感じることができる。「人間の想像力」の擴大でしかないかも知れないけれど、明治生まれの祖母から繰り返し聞かされた話や、母方の大正生まれの祖父がポソッと漏らず滿洲での兵隊時代の自慢だとか、それに古寫眞や昔の新聞から得た智識だとか、聯綿とした記憶の繋がりがあります。

 1960年代は都内では舗装も進んではゐたものの、砂利道もあつた。夜明け後、最初に通つた人が消した裸電球の街燈もあつた。七輪で魚燒くことも見たし、練炭ストーヴ、薪の風呂だとかも體驗してゐますが、普段の生活とは別のところで經驗した所爲でせうか。何か世代間の大きな差を感じてゐるのでせうねえ。

 「服を着るといふことは自分を消すこと」服に命を懸けてしまふと、お洒落自體が目的化して戀愛できないとか、自分の20代を振り返ると思ひ當たる節がたくさん出て來ます。中身がないのに外見ばかり氣にして、右往左往してゐた昔を思ひ出します。

 一番共感したのは「美意識の欠如」と云ふ問題。裏地に凝る美意識がなくなり、ブランドものを身に附ければいいと云ふ風潮は嫌だとはっきり申します。「氣がつかないことが美しい」筈であつたのに、コレ見ようがしに持ってると云ふ淺ましさ。「この格式のホテルで、この花瓶を置くのは恥ずかしいじゃない?」と云ふ意識がない。さうだ、さうだと一人納得。これは弊社にも當て嵌まることで、何でこんな品のないもの置いてゐて何とも思はないんだらう。全然、安っぽくて相應しくないと思つて發言しても理解できる人がゐない悲しさ。示唆に富んだ言葉は自分の方向性に就いて、太鼓判を貰つたやうな安心感をもたらしてくれました。橋本さん、貴方は偉い!それを上手く引き出した内田さんにも感謝。
 と云ひ乍らも「誰でも參加」社會になつて、 [ペンションに置いてあった「思ひ出」といふノート] のやうなブログを綴つてゐる譯です。

 「上に立つなりの責任感と偉さうさ、「美しい偉さうさ」を持たなくていけない。」と云はれる通り、一寸芝居がかった五代目でありたいです。

※勿論、原文は現代假名遣ひです。

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