さやうなら公演
五月夜の部、歌舞伎座さやうなら公演へ。既に入り口には建て直しまでの秒讀時計が設置され、名殘り惜しい人々でごった返してゐました。
《恋湊博多諷》(こひみなとはかたのひとふし)=毛剃(けぞり)=
《夕立》
《神田ばやし》
《鴛鴦襖恋睦》(おしのふすまこいのむつごと)=おしどり=
《恋湊博多諷》
博多の海賊毛剃(團十郎)の船に乗り合はせた京の商人宗七(藤十郎)。江戸の荒事と上方の和事の咬み合ひが面白く、傾城小女郎(菊之助)は初々しさは無くなったものの藝に深みが出ました。
《夕立》
長屋住まいの七之助(菊五郎)が奧女中滝川(時蔵)に戀をして、ストーカーのあげく、夕立で置き去りにされた駕籠から滝川を力づくで抱いてしまひます。今なら犯罪ですが、芝居なので、男氣に惚れて仲良く二人で去る話です。二人の息の合った踊りは円熟の極みでした。
《神田ばやし》
長屋の庶民を描いた世話物は、家主(三津五郎)の念佛講の金が無くなり、桶屋留吉(海老藏)の仕業だと早合点され濡れ衣を着せられるが、祭りの当日疊の間から見附かり疑ひが晴れると云ふ話。
三津五郎の人情味溢れる演技に比べると、鬼氣迫る惡役の海老藏に見慣れている所爲か、職人役だと科白回しが上ッ面だけで下手さがモロに出てしまったのが殘念です。
《鴛鴦襖恋睦》
着瀬川(菊之助)と雄鴛鴦の精(海老藏)、股野五郎(松緑)の若手の踊りが艶やかで歌舞伎らしい華やいだものでした。
名作目白押し故、閉館までにまた觀たいです。
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