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2009年5月29日 (金)

さやうなら公演

 五月夜の部、歌舞伎座さやうなら公演へ。既に入り口には建て直しまでの秒讀時計が設置され、名殘り惜しい人々でごった返してゐました。

 《恋湊博多諷》(こひみなとはかたのひとふし)=毛剃(けぞり)=
 《夕立》
 《神田ばやし》
 《鴛鴦襖恋睦》(おしのふすまこいのむつごと)=おしどり=

 《恋湊博多諷》
博多の海賊毛剃(團十郎)の船に乗り合はせた京の商人宗七(藤十郎)。江戸の荒事と上方の和事の咬み合ひが面白く、傾城小女郎(菊之助)は初々しさは無くなったものの藝に深みが出ました。

 《夕立》
長屋住まいの七之助(菊五郎)が奧女中滝川(時蔵)に戀をして、ストーカーのあげく、夕立で置き去りにされた駕籠から滝川を力づくで抱いてしまひます。今なら犯罪ですが、芝居なので、男氣に惚れて仲良く二人で去る話です。二人の息の合った踊りは円熟の極みでした。

 《神田ばやし》
長屋の庶民を描いた世話物は、家主(三津五郎)の念佛講の金が無くなり、桶屋留吉(海老藏)の仕業だと早合点され濡れ衣を着せられるが、祭りの当日疊の間から見附かり疑ひが晴れると云ふ話。
三津五郎の人情味溢れる演技に比べると、鬼氣迫る惡役の海老藏に見慣れている所爲か、職人役だと科白回しが上ッ面だけで下手さがモロに出てしまったのが殘念です。

 《鴛鴦襖恋睦》
着瀬川(菊之助)と雄鴛鴦の精(海老藏)、股野五郎(松緑)の若手の踊りが艶やかで歌舞伎らしい華やいだものでした。

 名作目白押し故、閉館までにまた觀たいです。

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2009年5月28日 (木)

長谷川潔展

Hasegawa 銀座の永井畫廊で、「長谷川潔展」を觀る。27歳で巴里に渡り、89歳で亡くなるまで一度も歸國せずに版畫や油繪を描いた畫家です。死後、アトリエに殘されたものが整理され、遺族の元に返され、その後やっと世に出たものばかりのやうです。

 版畫のマニエール・ノワール技法を蘇らせ、繊細でありながら温かみのある作品が並んで、畫廊故、値段も附いてゐますから、これにも吃驚。一枚の版畫に100萬圓以上附いてる、さう云ふものに唖然とし乍ら觀て回りました。
 飛行船好きとしては「アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船」(1930)が気に入りましたが、勿論、買へません。

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2009年5月27日 (水)

ひらがな盛衰記

Bunr 文樂東京公演第二部は『源平盛衰記』を平假名のやうに判り易くした《ひらがな盛衰記》の内、二段目と四段目の上演。宇治川の先陣爭ひに敗れて勘當の身となつた板東一風流男と言はれた梶原源太と、この源太に尽くす傾城梅ヶ枝(腰元千鳥)の献身を描いてゐます。
 住大夫の次に好きな豐竹嶋大夫が〈神崎揚屋の段〉の切り場初挑戰を聽き、年輪の幅と共に感嘆。髪を振り亂し、質入れした「産着の鎧」を取り戻す金300兩が欲しいと半狂亂になる樣、勘十郎の操りも鬼氣迫り、芝居の頂點でした。

 意外と地味な松香大夫も聲の通りがよく、呂勢大夫はまだ力量不足、千歳大夫は汗水垂らして力んでばかりで情が傳はらず、チャリ場の英大夫はそつなく、輕快な場面での咲甫大夫は存分に語つてゐました。色男、源太の和生や母延壽の玉也も好演。次回、9月の公演が待ち遠しです。

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2009年5月26日 (火)

句會

200905142016000 淺草「ちんや」で開かれた「すきや連」第一回の句會に出席。事前にすき燒の句2句、當日の席題「三社祭」で1句その場で仕上げる。作者を伏せたまま3句選び、その中で1句を特選とし、全員の選句を讀み上げ、最終的に特選を公表。梅田雄一さんの詠んだ

    すきやきを かこむゑがほが あふれてる

が特選に。自分が詠んだものは
   味しみる 殘る白瀧 誰が食ふ
   玉子附け 輝き増した 霜降りの (旨味増したうちのすき燒)
でしたが、季語なく惨敗。2句目はこっそり下の句も詠む淺はかさ。

   人混みで 三社祭 御輿待つ
こちらは感銘與へず。いと難し。三十一文字で氣持ちを表す方が簡單ですね。

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2009年5月25日 (月)

建築家

 第20回日本ファンタジーノベル大賞を受賞作、中村弦著 『天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語』 新潮社を讀む。近頃はずっとアマゾンばかりでしたが、珍しく本屋で手に取り購入。

 それが、一晩で讀んでしまつた。明治、大正、昭和の初めまで住む人が狂ふと噂される建築家、笠井泉二の物語。フィクションではあるが、その時代の人々が考へさうなことや、論評、發言、風俗等よく調べられてゐてまるでほんたうにあったことのやうに綴られてゐます。
 註文主が口に出さない細かなところまで氣遣ひ、願ひとおりの建物に仕上げて行く笠井。天使像を掲げた建物に住む人は外へ出るのも嫌になる程、氣に入り、そこに居ることを望むと云ふ。一寸したミステリイでもあり、初夏に讀むに不足ない作品でした。

天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語Book天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語


著者:中村 弦

販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


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2009年5月22日 (金)

蛇身

 文樂東京公演、5月の第二部最後は《日高川入相花王(ヒダカガハイリアヒザクラ)》。安珍と清姫の道明寺傳説の物語です。安珍の正體は朱雀天皇の弟、櫻木親王なのですが、左大臣藤原忠文に陥れられ都を追はれてゐます。〈真那古庄司館の段〉では都で安珍を見初めた清姫が戀心に燃え、櫻木親王を逃す爲に父親が許嫁だと許可するものだから、おだ巻姫と云ふ妻があるのも知らず、喜びます。併し、追手が迫り、おだ巻姫と共に道明寺へ落ち延びたと知った清姫は裏切られたものと嫉妬に狂ひ、〈渡し場の段〉でつひに蛇身となつて川を渡り、安珍を追ふのでした。

 この嫉妬から蛇になるのに、「ガブ」と云ふ特殊な頭を使ひます。からくりで鬼になる樣はなんとも恐ろしい。紋壽の操る人形が艶やかだからこそ、餘りに一途な女心の恐ろしさと哀れさが強調されて素敵でした。咲大夫の切り場はやや、一本調子で殘念でした。初めて觀る「ガブ」、川を渡る途中突然蛇に樣變はりするのも人形ならではのもの。女は恐ろしい。

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2009年5月21日 (木)

伊勢音頭鯉寝刃

 住大夫&錦糸の語る《伊勢音頭戀寝刃(イセオンドコイノネタバ)》、〈古市油屋の段〉は大勢の語り分けも鮮やかに、特にチャリ場と云はれる笑はせる場面では、仲居萬野の嫌味たっぷりな樣が見所でした。久し振りに澄み切った住大夫の語りの冥利を聽けて幸せでした。

 後半の〈奥庭十人斬りの段〉は主人公福岡貢は主人が遊女に入れ上げた擧げ句に取られた名刀「青江下坂(アオエシモサカ)」と折り紙(鑑定書)を取り返す爲に、遊女お紺に探りを入れさせてゐましたが、取り違へたと氣附いた刀を取り返さうと萬野を打ち附けてゐる内に、鞘が割れて斬つてしまひ、それから取り憑かれたやうに仲居や女郎、遊女を次々と手に掛けて、最後には本懐を遂げて「青江下坂」と折り紙を手に入れるのでした。

 その十人斬りが凄惨を極める殘酷な場面になるのですが、人形なので手足や頭が飛んでも現實的でないのが救ひでした。津駒大夫&寛治も飽くまで物語りとしてゐるので、三味線の描寫も繪空事となり、目を覆ふこともありません。ベテラン揃ひの晝間公演はよいものが續きます。

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2009年5月20日 (水)

壽式三番叟

 祝ひの席で舞はれる能樂《翁》の文樂版、《壽式三番叟》。昨年末に若手の《二人三番叟》だけを、今年に入り歌舞伎で見た後、5月の東京公演で勘十郎と玉女の組でこの踊りを觀ると、どれだけ激しいものであつたかよくわかりました。
 特に勘十郎は冴へ、減り張りの効いてゐるだけに、途中疲れて休む場面に嘘がなく、ほんたうに疲れてゐるやうに見える不思議。
 大阪の國立文樂劇場25周年紀念を祝して演じられましたが、舞臺正面に綱大夫を筆頭に、鶴澤清治の三味線から、ずらりと並んだ姿も壓巻でした。綱大夫の聲は遠い所爲もあつて聞き取り難かつたのが殘念でした。

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2009年5月19日 (火)

國立新美術館

Sinbi レポートを書くには、自分の足で調査しなければなりませんから、週末は何処かしら、美術館なり博物館へ行つてゐます。
 六本木の新名所、黒川紀章設計による「國立新美術館」は佛蘭西料理ですっかり有名になつたものの、週末でも少し並ぶだけで這入れさうな感じでした。収藏品を持たない、箱モノ行政と揶揄されますが、公募展や貸しギャラリーとしての機能や、食事処も揃つてゐるので、利用者には都合がよい筈です。
 「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」を観て、お隣の「國展」へ。

 繪畫、彫刻、寫眞、版畫に工藝と膨大な作品群に只々唖然。また、明るい室内及び屋外に、どでかい繪が所狭しと並び、色が多く、作風が皆違ふので見るだけでとても疲れます。穴を叩くと音がでる石の彫刻、染めや織物、漆器や青磁の土瓶等工藝品の方が、身近でほっさせてくれました。あんな大きな繪を飾る壁のある家や店があれば、もっと真劍に見たかも知れませんが…。

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2009年5月18日 (月)

タカおめでたう

 昨日、惡天候下で行はれたMotoGP佛蘭西大會。125cc級では、豫選轉倒により31番手から出走した我らの中上貴晶選手(18歳)は、轉倒退場棄権者が續出する中、周回を重ねる毎にあれよあれよと順位を上げ、最終周回、華麗に走り抜け5位入賞の快擧。自身最高位の記録を打ち立て、次戰イタリア大會へと向かひます。暗雲消え去り、日本晴れの如く氣持ちよし!


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 黄金週間の連休中に入り口から階段、會計前と卓子席の天井を張り替へ。古い篆刻の看板も復活させ、全體にまた一段と明るくなりました。

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2009年5月15日 (金)

スーダのバラード

 佐藤久成さんの提琴獨奏會を聽きに東京文化小ホールへ行く。前回同様、岩崎淑の洋琴伴奏。前半はドビュッシーの奏鳴曲とベートーヴェンの「春」奏鳴曲。孰れも響く渡る爽やかさはなく、20世紀音樂として捉へられたドビュッシーにはカンディンスキイの繪畫のやうな○や△□が散りばめられて、それぞれ主張して全體として一應形になつてゐる感じ。ベートーヴェンはウキウキと野原を歩き回り、爽やかな風が訪れることなく、ガシガシ行進する兵隊の演習のやうな趣があり吃驚。

 後半の超絶技巧曲になると、俄然ノリがよくなり、心憎い演習もあり、バンバン彈きまくり。日本初演となるスーダ(1865-1931)の《バラード》は歴史の狭間に埋もれたままの曲を發掘したもの。なかなか面白い浪漫派らしさに溢れてはゐるが、旋律が心に刻まれる程のこともなく、流行らなかった理由が見えた氣がしました。
 ヴィニヤフスキイ、サラサーテと難しいもの程燃える佐藤さんらしさに溢れ、元氣が貰へる素敵な演奏會でした。

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2009年5月14日 (木)

千円

Asari 自動料金収受システム(ETC=Electronic Toll Collection System)により、高速道路料金が引下げられ、千圓となりました。連休中、潮干狩りへ、高額で有名であつた東京灣横斷道路「アクアライン」を使ひ、富津海岸へ。豫想はしてゐたものの、川崎の入り口で既に大澁滯!どんどん割り込みをされる爲、なかなか進みません。併し、到着した頃には既にだいぶ潮も引き、たっぷり大人2キロ、子供1キロと我が家は7キロの大漁です。隣近所にお裾分けして、翌朝、味噌汁、酒蒸し、炊き込みご飯にしても餘りました。

Uh 歸へりもずっと澁滯は續きましたが、仕方ありません。このツケは消費税増税で賄はれるのでせうか。畫像は鹽出し中の淺蜊くんたちと、歸へりの澁滯中「海螢」前で。

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2009年5月13日 (水)

まどさん

 連休まで、銀座の教文館ウェンライトホールで「まどさん100歳展」を觀る。童謡「やぎさんゆうびん」「ぞうさん」「ふしぎなポケット」「一年生になったら」等で知られる詩人まどみちをが11月16日に百歳を迎へるのを記念した展覧會。丁度、「一緒に歌ひませう」と云ふ企劃に娘が出演する爲、應援がてら出掛ける。

 臺灣総督府で働いてゐたのだが、投稿した童謡が北原白秋の目に留まり、それから本格的に書き出したと云ふ。然も、現在も創作活動は衰へを知らないと云ふから驚きです。
 詩集だけでなく、繪本に細密畫も描き、多彩なまどさんを見習ひたいものです。展示の仕方等、學藝員の立場で見て成る程と納得するところもあり、勉強になりました。

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2009年5月12日 (火)

寫メール・エクスプレス

 茂木で行はれたMotoGP日本GPに際し、トーチュウ(東京中日スポーツ新聞)WEBサイトでは、「寫メール・エクスプレス」と題して、寫眞附携帶メールでの讀者記事を募集してゐました。豪華賞品に釣られて、2日間に怒濤の7本も記事を書いて送ったgramophonでした。

 無課金フリー・コンテンツ故、誰でも見られます。
http://f1express.cnc.ne.jp/ → 左バナーの「WGP 日本GP特集」 → 「写メール・エクスプレス」

 [ 2009/04/25 ] 二日目午前中
 [ 2009/04/25 ] キッズ・ピット・ウォーク
 [ 2009/04/26 ] 雨のメイン・ストレート
 [ 2009/04/26 ] サンラータンメン
 [ 2009/04/26 ] 125cc表彰台
 [ 2009/04/26 ] 250cc表彰台
 [ 2009/04/26 ] 裕紀リタイア

記事一覧では前の方の記事が讀めません。一番下の記事を開き、その前の記事を探して頂くと全部讀めると思ひます。


 後日、「優勝賞」を戴きました! 

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2009年5月11日 (月)

美味

Shiroyama 茂木觀戰で一番困るのは宿です。近場に殆ど泊まれる場所がなく、ここ數年定宿にしてゐるのが、笠間の割烹旅館「城山」です。家族經營の氣安さ、行き届いた掃除に真心籠もる料理、薔薇の花の浮かんだ大浴場等、ホッとさせてくれる宿故、また行きたくなります。だいぶ酒を呑んだ故、ご飯は遠慮する筈が、餘りにおいしさうな筍ご飯を前に、とても叶はずつひ完食。

 例年9月開催であつたのが、今年は4月でしたから、料理内容も全く違ひとても樂しめました。次回は日動畫廊でも觀にのんびり來たいです。

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2009年5月 8日 (金)

舞樂

200904190930000 天皇皇后陛下御結婚50周年記念及び天皇陛下御即位20周年記念「春期雅樂特別演奏會」招待状を戴き、皇居東御苑内に在る樂部へ。天氣もよく開門前から並び、開場から暫くして這入れた爲、舞臺下手奧、昨年の玉砂利ではなく一段高い欄干後ろの最前列に着席。

 今回は「舞樂」だけなので、舞臺には舞人4人が順繰りに上がり、規則正しい動きで鉾(ホコ)を振り、太刀を回し、足踏みをして舞ひます。〈太平樂〉は左方の舞故、中國系の舞樂で、ペルシア邊りの影響も受けたであらう、唐の時代の派手な甲冑が素敵です。兜を被り、獅子頭や象や鯉の飾り肩喰(カタクヒ)、まるでロック歌手のやうな鬼の面のベルト(帶喰ひ)、弓のやうな意匠の魚袋(ギョタイ)、籠手(コテ)、脛當(スネアテ)、肩當(カタアテ)、矢を納めるヤグナイ、太刀と鉾と豪勢な衣裳は15キロにもなるのだとか。

 聞き慣れてゐないのと、緩急の違ひもよくわからず同じやうな旋律がずっと曖昧模糊としたまま續くので、自然の風音のやうな感じです。但し、集中して展開を期待してしまふと變化に乏しく退屈になります。足踏みをして邪神を踏み附けたり、空を切り邪氣を拂ふやうな呪術的な意味合もきつとあるのでせう。お祝ひの席には欠かせないらしい。

 後半は右方の舞故、朝鮮系です。〈八仙〉は崑崙山(コンロンサン: 現在のパミール高原邊り)の仙人が化けて新曲を舞ふ設定です。甲(カブト)に烏のやうな濃緑の面の口には鈴が附き、鯉の刺繍に網が掛かつた衣裳が不思議です。曲調も鳥の鳴き聲のやうな笛の音が續き、明らかに右方とは別ものです。

 1300年も前の曲や踊りが受け嗣げられてゐる不思議。我々とは時間の感覺が全く違ふ古代人の優雅さを感じました。

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2009年5月 7日 (木)

能舞臺

200904181449000 昨年同樣、表参道に在る青山銕仙會(テツセンカイ)研修所に薩摩琵琶奏者、友吉鶴心とその門下生の研修會へ。
 
  お弟子さんの演奏による〈猿蟹合戰〉〈HIINA〉〈敦盛〉は日頃の寝不足が祟って所々寝入つてしまひました。きちんとさらい、よ~く練習してあることは理解できます。とても立派なのですが、まだ自家薬籠中のものとなつてをらず、技量を發揮して聞き手に氣持ちが傳はる高みに至つてゐないやうな氣がしました。

 ここ何回か耳にしてゐる門下生の方々が皆それぞれ研鑽を重ねてゐるのでせう、努力が確實に表れてゐました。こちらが勝手に見聞きしてゐる方々の中で

 西園富士子による〈城山〉は、腕も上がり聲に張りがあつて格段の旨さが加はり、こちらが吃驚。上手になつたことが理解できたのが嬉しい。こちらも學ばせて頂いてゐたのですね。

 丸山恭司による〈湖水乘切〉は、だいぶ太られたのか聲が太く聞き取り易くなりました。但し、まだ高音が出ず、ややもすると一本調子となるので殘念。それを乘り越えると、大化けするかも知れません。

 逢坂譽士による〈羽衣〉は安心して聽けました。語りの中で山場の作り方がやや不足してゐるので、場數を踏むときっと貫禄も附くことでせう。

 最後に鶴心に丸山、逢坂が加はり、橋本治作曲、お囃子も入つた〈嶋の爲朝〉。師匠たる鶴心の細やかな演じ分け、描寫の際の合奏による深み、お囃子による盛り上がりと普段と違つた醍醐味がありました。但し、琵琶らしくなく、どちらかと云ふと三味線風な扱ひとでも言つたらよいのか、派手派手なのが面白かつたです。

 師匠鶴心さんの技量はさすが別格なのですね、彼方此方に餘裕があり、たっぷりと聞かせてくれました。今回は演奏者の成長と共に、聞き手の自分も耳が肥えたことが分かったことが大進歩です。

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2009年5月 1日 (金)

浮世繪

 先日、浮世繪專門の太田記念美術館へ。「日本の女性の美」を主題としたものをやってゐました。退色を防ぐ爲、薄ぼんやりとした明るさですが、目が慣れるとよく見えます。表装を習つてゐるお陰で、軸の表装に着物生地が使つてあつたり、真ん中の繪以外を觀る樂しみも生まれました。實に面白い。伊藤深水の若い頃の作品も光った個性があり、成る程と思はされます。

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