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2009年6月30日 (火)

梅雨

Kasa 晴れたかと思ふと愚圖附いた天氣ばかりで嫌になりますが、手拭ひ額も模様替へ。蛇の目傘から清流に。少しは爽やかに氣分になりますか。もう一枚は昨年飾った「星合はせ」に。

Taki

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2009年6月29日 (月)

千穐樂

 土曜日の和蘭GPでは、MotoGP級のヴァレンティーノ・ロッシが通算100勝目、250cc級の青山博一が優勝して今期二勝目と慶事が續いたと思つてゐたら、石川遼選手の運をも見方に附ける力強い強打に驚きました。自分はゴルフもしないし、中繼放送も見ませんが、深夜の運動報道で脇に二度も反れて9打の後、立て直して深芝からポールに當つて入る快打で優勝。全英選手権出場権を自らの手でもぎ取った17歳に沸きました。

 さて、この土曜日は歌舞伎座さやうなら公演、6月晝の部。仁左衛門の一世一代の《女殺油の地獄》。皆から大事されてゐることをいいことに、好き勝手放題の油問屋河内屋の若旦那、與兵衛。仁左衛門の大當たりと云ふだけに、輕やかな大阪辯も心地よく、惡事を働き、家族、親族に大迷惑を掛け乍ら、どこか憎めない奴を熱演。
 これ以上の演技はないと云ふ程の集中力。もう二度と演じないと云ふ強い決意と、千穐樂で誰もがこれで見納めだと云ふ觀客の氣持ちがひとつとなり、凄まじい舞臺となつた。幕が閉じても殆ど誰も立ち上がらず、拍手の嵐に應へて、幕がもう一度開くと云ふ嬉しい珍事。友人の招きで初めての桟敷にも感激。一生に殘る大舞臺。嬉しいことの續いた週末でした。忘れられません。

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2009年6月26日 (金)

高砂

Photo この間、友人の結婚披露宴に呼ばれて、帝國ホテル「富士の間」へ。新郎は成田山新勝寺參道に江戸時代から續く鰻屋さんの若旦那で、新婦は從業員さん。ご挨拶の中で、自然とお附き合ひが始まったとのお話でしたが、大勢の人に囲まれて幸せさうでした。
 平日の夜と珍しい時間帶故、包むものも少なくてはいけません。レストラン協會の仲間も盛装してます。私は略式夜會服のスモーキング・ジャケット(タキシード)です。一時痩せすぎてガハガハだったものが、すっかり戻ってしまひ、今はピッタリです。業界関係者をお招きする時は料理や飲み物でケチが附かないやうに、相當氣を遣ったことでせう。新郎が大學卒業後、初めて就職したのがこの帝國ホテル内のなだ萬さんであったさうですから、原點に戻ると云ふ意味で此処を選ばれたのでせう。
 
 シャムパーニュで乾杯、鏡開きをした成田の清酒の樽酒、シャブリ・プルミエ・クリュ、ポムロールの赤と、なだ萬の和食のフルコースに合はせて美味しく頂きました。久し振りの豪華な結婚式に滿悦至極。末永いお二人の幸せを祈るばかりです。

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2009年6月25日 (木)

治部少輔

 金澤で治部煮に出遇つてから、石田三成の本を見附けて讀んでみることに。
 和田 竜『のぼうの城』小學館は行政官僚として秀吉の下で腕を奮ったことではなく、秀吉の小田原攻めに合はせて、忍城攻めを仰せつかり、利根川と荒川を堰き止めて、水攻めをしたものの失敗した話を描いてゐる。

 本屋の店先で評判良しとの札を見たのだが、石田勢2万3千兵に對して、僅か2千の寡兵で防いだところが面白い。然も、忍城を守る「でくの坊」を略して「のぼう樣」と慕はれる成田長親の不思議な魅力、家臣たちの個性的なところも魅力で、史實通りかどうか判らないが、痛快戰國繪巻として一氣に讀んでしまつた。映畫化に向く内容なので映像として見ると、面白いかも知れない。
 惡く云ふと奧行きがなく、會話が現代語なので違和感もあるが、話の流れや小氣味いいテムポで自分は氣にならなかった。歴史好きな女性を今は「レキジョ」と申すさうであるが、お勸めである。

のぼうの城Bookのぼうの城


著者:和田 竜

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2009年6月24日 (水)

2作目完成

Jiku2 やっと4月から取り組んだ表装ができ上がりました。今回は絹本(ケンポン)故、裏打ちの段階から注意深くやらないと、布地が曲がつたままになつてしまふ爲、だいぶ氣を遣ひましたが、併し乍ら、完成して見ると、貼り附けの段階でやや引ッ張られた所爲か、皺が目立ちます。
 義母の描いた作品に合はせて、布地も軸先も自分で選んで揃へたので、色合ひは抜群なだけに、技術のなさが目立つてしまひました。 ハ~、先は長いです。
 

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2009年6月23日 (火)

灰被り娘

 「シンデレラ物語」のオペラ版、ロッシーニの歌劇《チェネレントラ》を直譯すると《灰被り娘》となる。下女のやうに扱はれ、臺所の灰にまみれてゐることを指すらしい。

 新國立歌劇場の公演は、ポネルの演出故、安心して見られる反面、最近の奇抜なものに見慣れた目には物足りなさを感じてしまふ。その上、ロッシーニはコロコロと轉がるやうに装飾を附けた旋律(コロラトゥーラ)が随所に出て來るので、緩急自在に操れる指揮者と、主要登場人物のアンサンブルが噛み合ひ、明るい喜劇にならないと非常に退屈する。喜劇の方が演技力を求められる。

 男声合唱はまとまりもよく、さすがだった。デイヴィッド・サイラス指揮の東フィルは、可もなく不可もなし。もう少し疾風の如く前に進んで欲しかったが、まあ足を引っ張るでもなく、身構えてロッシーニを聞くもんぢゃないと云はれてゐるやう。

 チェネレントラ(シンデレラ)、主役がメゾソプラノと云ふのは珍しい。ヴェッセリーナ・カサロヴァは声質が重いので、衛星放送で見たチューリヒ歌劇場の《カルメン》のやうな氣性の激しい女性役は似合ふが、輕快感が賣りのロッシーニでは、彼女の良さも引き出されず、威嚴があり過ぎて浮いてしまふ。
 それに對して、理想の花嫁を求めて身分を偽って従者に扮したドン・ラミーロ王子役、アントニーノ・シラクーザは
演技はおとなしいが、第二幕の前半は彼のの獨壇場となり、途中詠唱(アリア)をアンコールで歌う程、美聲を艶やかに放ち、見事な高音で観客を沸かしてくれた。
 初めて觀る歌劇として、樂しめたが、カサロヴァの突き出た顎が一番氣になつてしまつた。


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2009年6月22日 (月)

アルマ

Sh アルミンク指揮、新日フィルをサントリーホールで聽く。マーラーの交響曲第9番の前に、妻アルマの作曲した歌曲《夜の光》が洋琴伴奏によりソプラノが舞臺裏で演奏される。師ツェムリンスキイの影響か、ウィーンの後期浪漫派から無調へ繋がる微妙な立ち位置が曲にも現れ、死を意識した9番に繋がって行く。

 事前に指揮者自ら解説を行つてをり、聽衆に寄り添った演奏會に好感を持つ。テムポ解釈の違ひはあるものの、第一樂章トラムペットのソリで音を外した以外、おおむね事故もなく無事終了。久し振りの生オケで聽くマーラーに感歎。

 但し、樂章の終はりは1分以上静寂が續いたのは立派であつた。併し、聽衆のマナーの惡さに辟易。1階平戸間B席、最後列の1列前の所爲ではあるまいが、演奏中にパリパリ音を立てて飴をしゃぶる。目の前のおばさんは背中に荷物を入れて、前屈みになつてゐるので指揮者が全く見えないばかりか、始終動くので、氣が散り最惡であつた。途中、注意しそびれた自分がいけないのかも知れないが、酷い。折角の演奏が臺無しであつたのが殘念でならない。

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2009年6月19日 (金)

幽靈

 先日、東京バレヱ團創立45周年公演《ジゼル》を觀に行く。實はバレヱはよく知らない。チャイコフスキイなら腐るほど耳にしたが、他はストラヴィンスキイとハチャトリアン位で全く聽いたことがなかつた。

 第一幕:  貴族の身分を隠して、ジゼルに近附くアルブレヒトは心を通はせるが、ジゼルに片思ひの村の青年ヒラリオンに身分を暴かれ、ジゼルは氣が狂ひ、錯亂の内に息絶えてしまふ。村人の非難されてアルブレヒトは追ひ立てられる。

 第二幕: 処女精靈となつたジゼルは、夜中に忍んで許し請ひの墓場へやッて來たアルブレヒトと出遇ふ。他の精靈たちにヒラリオンは死ぬまで踊らされて沼に落とされてしまふが、アルブレヒトの命だけは助けて貰はうと精靈の女王ミルタに懇願するが聞き入れて貰へない。アルブレヒトが最後の力を振り絞って踊るうちに、朝の鐘が鳴り、精靈たちは墓場へ戻り、ジゼルも別れを告げて消えて行くのであつた。

 井田勝大指揮、東京ニューシティ管絃樂團はやや弱音がでかいのだが、主張することなく、伴奏して舞臺を盛り上げる。割と單純な物語なので、粗筋が頭に入つてゐれば、何を表現してゐるのか判る。主役のジゼルに上野水香、アルブレヒトにフレーデマン・フォーゲルはさすがに抜きに出て、動きが滑らかで長い手足を生かした跳躍も美しい。初めて觀るので、どれ程素晴らしい技量なのか判斷は附かないが、幾重にも回轉を重ねたり、とてつもなく高く飛んだり、トウシューズで爪先立ちして、スルーッと真横に移動されると、ほんたうに幽靈のやうで吃驚した。當初、背景で真横に移動したのはてっきり臺車に乘つてゐるものと信じて疑はなかったほど。精靈なので、背中に小さな羽があつたり、西洋人らしい工夫も樂しい。併し、何となく泉鏡花の幽玄の世界を垣間見たやうな心持ちがして來た。薄ぼんやりした夜の墓場が舞臺故、第一幕の明るい葡萄の収穫祭を迎へた村とは對照的なのだ。

 そして、集團で踊る方々もビシッと揃つてゐるのも氣持ちがよく、視線が自然と主役へ導かれる。これが下手だと、その間違へた人ばかりが氣になつてしまふのだ。日本一の技量を誇るバレヱ團だけのことはある。公演後、すっかりその氣になつてゐるうちの娘たちは、まだまだバレヱは續けるらしい。ほんの一握りの一流を目指すのか、飽くまで趣味で樂しむのか、年に一度の發表會でも上手になつてゐるのが分かる。精々應援してやらう。
 
 近頃、レポートの所爲か、すっかり口語調になつてしまひ申し譯ない。

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2009年6月18日 (木)

金澤の臺所

Jibuni 金澤の臺所と云へば「近江町市場」だが、建物も改装され、15年前とは見違へるやうになつたものの、觀光客も増え、猥雑な市場の雰圍氣が失はれたのは殘念であった。この時、早めの晝食を香林坊の百貨店上「あまつぼ」で加賀料理を食べることに。これは〈鴨の治部煮定食〉。合鴨の薄切りを醤油仕立てで煮込み、片栗粉でとろみが附けてある。石田治部少輔三成との關係はなく、文禄の役で豐臣秀吉の兵糧奉公をした岡部治部右衛門がこの料理を考案したこと云ふ説があるらしい。〈簾麩(スダレフ)〉も入つてゐた。生麩を簾で巻いて作った平べったいお麩なのだが、表面のギザギザで一切れだけ故、最初は何か判らず口にして初めて麩だと理解。武藏が辻近くの「不室屋」で買つて歸へつたのは言ふ迄もない。以前、お湯を注ぐだけで吸い物に早變はりするお麩を買った所だ。近くの江戸時代から續く味噌屋でも味噌を買ふ。

Don 近江町市場に戻り、東京で滅多に見掛けない〈のど黒の棒寿司〉を舟樂で買ひ、早めの夕飯は「近江町市場食堂」で〈三寶盛り〉の蟹、鮪、雲丹の三點盛りを頂く。事前に調べて行った譯ではないが、晝時の行列を見た爲這入ったところ、納得の量に大滿足であつた。
 空港行きバスはお祭り故、驛からしか出發しないと云ふので、驛では珍しい〈烏骨鶏のカステラ〉を、評判を聞いたことのある〈加賀棒茶〉も買ひ、手荷物がすっかり重たくなつてしまつた。それにしても、地元にしかない食材の豐富な街だ。

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2009年6月17日 (水)

古(いにしへ)の響

Tikuonkikan 愈、本命の「金澤蓄音機館」へ。事前にメールで幾度も問ひ合はせた方は年配の男性だと勝手に思ひ込んでゐたら、可愛いお嬢さんであつた。館長、プロデューサーとも話ができ、じっくり隈無く觀て回る。思つてゐたより廣く、これなら獨自に特別展を開くだけの場所はあると確認の上、収藏品を確かめ、14時からのミニ・コンサートを聽き、16時からの館長自ら行ふ蓄音機聽き比べも樂しく拝聽した。雨に因んだ曲10曲を「クレデンザ」を使ひ、10名前後のお客さん相手に解説を交へて流してくれた。色々、苦勞の末に現在の形のなつたのであらうが、自分は決して使はない製作會社の鐵針であつたので、やや音の伸びが足りないのが殘念。熱心なファンに囲まれ、和気藹々とした雰圍氣はベルランの頃を思ひ出す。

Kanchou 聽き比べはエディソン、ラッパ、ポータブル、クレデンザ、HMV163、EMジーン、それに館で開發したCDの音を蓄音機の喇叭から鳴らす機械等、一曲までと行かずとも片鱗ずつとは云へ立派なもの。一聽の値はある。但し、回ってゐるところを見せる爲に蓋をしないのでやや雑音が多い。遠くで立って耳を澄ませた方が釣り合ひの取れた絶妙な音響である。お寶ザクザク♪、すべて可動するのが他と違ふところ。素晴らし。全部で540臺もあり、金澤市内で長年レコード店を營んでゐた八日市屋浩志さんの蒐集品が基となつて、現在は寄贈品も受け附けてゐると云ふ。それ故、レコード業界との結び附きもあり、色々なお話も聞けたのは大収穫。是非、立ち寄るべき所!

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2009年6月16日 (火)

美意識

 七五調で流れるやうな文體の泉鏡花が金澤出身だとは知らなかった。先日、神奈川縁の作家として、逗子に住んでゐたことは知ったものの、こちらにも関はりがあるとは奇遇である。
 文章だけでなく装丁や着る物や身の回りの物にも拘つた鏡花の作品や縁の品々が展示された小さな「泉鏡花記念館」。此処は泉鏡花の生家跡だと云ふ。表通りはお菓子屋なのだが、裏手へ回ると入り口が在る。この尾張町近邊は表通りは廣く、路面電車でも走つてゐたに違ひないと思はれる程の幅があり、まだまだ古い店が殘り氣持ちいい。直ぐ傍の佃煮屋で鮴(ゴリ)の佃煮を買ふ。輪嶋を思ひ出し、よいお土産となつた。

 この佃煮、ウェブでも買へると、東京に戻ってから知った。

https://www.rakuten.co.jp/tukudanotukudani/472335/

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2009年6月15日 (月)

四校

Renga_2 香林坊へ戻る途中、目に入るのは聯隊駐屯所か學校と思しき細長い煉瓦建築。見れば舊石川第四高校として使はれてゐた建物であった。中の半分は「石川近代文學館」と云ふ有料博物館だが、半分は「石川四校記念館」として、無料展示と共に貸教室をやつてゐた。

 長い廊下、高い天井が氣持ちいい。石川縣出身の作家、泉鏡花、室生犀生、德田秋聲等の交流、作品案内、が狭い教室を生かして、主題別に見易く展示されてゐました。階段の手すりにも歴史を感じさせる。かう云ふところで學べば成績も上がらうと云ふもの。
4kou

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2009年6月12日 (金)

衣装

 金澤は文化の奥行きが深い。市民が氣樂に參加し、樂しんでる雰圍氣がある。市内に住む友達(主婦)は友禪の手傳ひをしてゐると以前言つてゐたし、何か構へずに樂しんでゐる風である。
 21世紀美術館直ぐ横に在る「金澤能樂美術館」では、丸紅所藏の名品展を行つてゐた。総合商社丸紅の初代伊藤忠兵衛は繊維問屋から興した人であるが、昭和の初めに衣装意匠の研究の爲に能樂衣装を購入したのを切掛に蒐集活動が始められ、膨大な數に上る品々を所藏すると云ふ。光による退色や解(ほつ)れ、痛みもあるが暗がりの中で鮮やかに映し出される錦糸の數々。歌舞伎のやうな派手さはないものの、篝(かがり)火の中で映えるのでせう。
 加賀百萬石の前田の殿樣が守つた加賀寶生流の流れは今に受け繼がれ3階の研修室では子供たちが元氣に練習してゐました。

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2009年6月11日 (木)

ワクワク美術館

Poolo 小松空港からバスで降り立ったのは香林坊。そこから徒歩で5分、今一番注目を浴びてゐる金澤21世紀美術館へ。側面硝子の平べったい圓筒形の建物は開放感があり、可動式間仕切りで有料部分が分けられてゐる爲、展示内容によつて分けられる機能的な建築。然も、中は迷路のやうでもあり、共通券を買ふと何処でも見られる。

 現代美術は難しい、譯がわからんと思つてゐたのに、此処へ來ると、何が飛び出して來るかわからない期待感や、不思議に出逢へる昂奮、理解ではなく體感するものなのだ!と感じる。兎に角、樂しい♪開館5周年紀念展「愛に就いての100の物語」は何を言ひたいのかはわからんが、何だか訴へて來るものがある。映像であつたり、巨大な像であつたり、壁一面繪であつたり、譯はわからんが至って樂しい。モノによっては触ってもいい。

Pool  特にレアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》は一番人氣。上から見ると、水の中に人が居る???上から覗く、下から覗く。實に愉快。館内撮影禁止の筈が、一緒に居合はせた人がパシパシ、寫メを撮るので吊られて…。よい子の皆さんは真似をしないように。
 地下階の市民ギャラリーでの國際書の展示まで、隅々まで觀て歩く。是非、足を運ぶべき美術館だ!

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2009年6月10日 (水)

日歸へり

Haneda 先週末は急遽、金澤迄。朝5時半に家を出て、雨の羽田を出立、最終便で小松空港から戻り家の辿り着くと23時と云ふ強行日程。レポート用に蓄音機館で調べものでした。折しも百萬石祭とやらで、人出も多かつたものの、脇目も振らさず、真っつぐ美術館巡り。一日に五館は多いものの、充實した土曜日でした。

Tosiie たまたま神社を通りかかったら、大勢の人だかり。近寄ると、偶然お祭りの主役の登場に居合はせることとなりパシリ。どうやら前田利家役の役者さん。唐沢寿明?お祭りを前にお祓ひを受けるやうでした。
 

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2009年6月 9日 (火)

森鷗外展

Ogai 縣立神奈川近代文學館に『森鷗外展』を觀に行く。港の見える丘公園の奧に位置し、地下鐵終點元町・中華街驛より坂を登り、随分と歩かされた。きっと元町商店街から外人墓地へとそぞろ歩きをするといいのでせうが、こっちは中抜けの時間しかなく、額に大汗かいてやっと到着。

 常設展では横濱縁の作家、或ひは舞臺となつた作品の紹介があり、隣が特別展。自筆の原稿、手紙、書、友人からの書、後輩文人からの手紙、家族への手紙、人となりがよくわかる有意義な展示でありました。獨逸やヒゲと云ふ共通點もあり、勝手に文豪に親しみを覺へるgramophonでしたが、ツンとすましたやうで、家長としての重責、陸軍軍醫としての立場、子煩腦な父親であつたり、人柄が滲み出てゐました。

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2009年6月 8日 (月)

文藝誌

 『新潮』2009年6月號に中國人作家、楊逸の「すき・やき」が出てゐるのを聞き、讀んでみる。

 年の離れた姉の勸めに從ひ、田園調布のすき燒屋でバイトを始めた中國人留學生、虹智(こうち)が、窮屈な和服に慣れ、同じ大學に通ふ韓國人留學生、賢哲(ヨンチョル)に言ひ寄られるが、店長に泡心を懐く。そして、すき燒屋の常連さんとの人間模樣。

 外國人だから見える視線から、鮮やかに醸し出される、現代日本。好きだから、妬く女性の心の揺れ。結局、虹智は誰とディズニーランドへ行ったのだらう。

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2009年6月 5日 (金)

人形寫眞

 國立劇場で貰つたチラシを手に、河原久雄寫眞展へ。亡き吉田玉男さんの遣ふ人形を始め、只の人形の筈が、主人公の息使ひまで聞こえるやうな感じ。それと、人形しか寫つてゐないのに、主遣ひの顔が浮かんで來るから不思議。簑助さんの艶やかさ、和生さんの優しさ、勘十郎さんの嚴しさだとか人形を通じて出てゐる。

 寫眞機を構へてゐて、息するのも忘れる程集中することがあると、ご本人の辯。それで目も霞んで、一瞬寝てしまふこともあると云ふ。上手から撮った方がお好きだと云ふ通り、締まった表情が寫つてゐる。下手は出て來たばかりで、人形遣ひの氣持ちが前に出すぎてると云ふ。つひサイン本を買ってしまふ。人形なのに、主人公苦惱や、迷ひまで出てるのが、どうして寫眞で傳はるのか。奥が深い。

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2009年6月 4日 (木)

現代美術

 戰前の美術は觀てゐても素直に理解できますが、戰後の作品は作家が好きにやってるだけで、何を言ひたいのかちっとも分からないものも多い氣がして、餘り好きではありません。
 併し、「市民の應接間」として、誰でもが入り易い空間にして、然も無料域も増やし、氣樂に樂しめる美術館が金澤に在ります。未だ行ったことはありませんが、館長の本を讀むと、子供を巻き込み「次回券」をあげて、親兄弟、祖父母を誘って來る仕組みを作ったとか、常に發信してゐるのですねえ。
 然も、小學4年生を今も招待してゐるのだとか。それより小さいと興味を持たないし、それ以上になると異性が氣になるさうです。

 次のレポートは實在する博物館で企劃展示を考へるものなのですが、「人が集まる」と云ふのは何も美術館に限つたことではありません。飲食店も同じですから、勉強になります。

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著者:蓑 豊

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2009年6月 3日 (水)

趣味

 先週、保險會社が保險契約顧客向けに出してゐる雑誌の取材を受けました。「趣味人」の頁で取り上げてくれるさうです。
 「ではgramophonさんの趣味は」と訊かれる非常に困ります。思ひ附くままに擧げてみますと…

  飛行船: 中學の時に見た映畫「ヒンデンブルク」以來ずっと。 
  蓄音機と78回轉レコード: 古道具屋でSP盤を買った大學の頃から。
  オペラ: 高校の時に、維納歌劇場初來日に行けなかった、それから。
  文樂: 子育てが落ち着いて來たここ2~3年。
  MotoGP觀戰: 加藤大治郎が250cc世界チャムピオンになる2002年頃から。
  帽子: 冬はソフト、夏はパナマ帽子もここ10年くらい。
  漆器・磁器: 箱瀬淳一(輪嶋塗藝作家)さんや有田燒の「李荘窯」の寺内信二さんと知り合つてから。
  表装: 現在、勉強中。

 多趣味だと褒められることもありますが、家族からは嵩張るものも多いから、減らせと叱られます。蒐集品となると、ひとつひとつ積み重なったものなので、簡單に捨てられるものではありませんし、家族も巻き込んで旅行目的にしてしまつたMotoGP觀戰や、年に一度揃つて行く歌劇など、どうして減らせませうか。

 「すきや連」で句會も始まりましたが、短歌も嫌ひではないし、馬術や弓道なんからもしてみたいし。やりたいことばかりでいけません。氣が多いってことでせうか。 

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2009年6月 2日 (火)

評價

 現在、學藝員の資格を取る爲の通信講座を受けてゐますが、レポートを書く度に擔當教官から批評と共に採點されて歸へつて來ます。お陰樣で、今のところ不合格がなく、ホッとしてるものの、事後課題も書かねばなりません。これが結構たいへんで、休憩時間に積み上げた本を讀み、使へさうな箇所に附箋をし、人にわかるやうに書く作業は決して樂ではありませんが、努力が直接評價に反映されるのは嬉しいものです。

 さて、それはワインも同じで評論家が「良い」と太鼓判を押すと、突然流行り品薄になってしまひます。朋友、楠田浩之さんの造るピノ・ノワールは手鹽に掛けて造った素晴らしいもので、初ヴィンテージから飲んで應援してゐます。「世界一のピノ・ノワール」造りを目指して脱サラする前からの知り合ひですが、今回、英國の葡萄酒記者(ワイン・ジャーナリスト)のジャンシス・ロビンソンに、『ファイナンシャル・タイムズ紙』の論評(コラム)で取り上げられました。

 ロビンソンは「マスター・オブ・ワイン」と云ふワイン業界でも最も権威のある資格を有する批評家です。この資格は英語故か、日本人で持ってゐる人は居ません。堀賢一さんが幾度か受けたとワイン雑誌『ウォンズ』に書いてゐましたが、ワイン試飲問題は母国語で答えて良いのですが、どうもいい加減な學生がアルバイトで翻譯するらしく、詳しく解答する程駄目なやうだと嘆いてゐました。
 孰れにしても、英語圏では非常に権威のあるものですから、さう云ふ人から評價を得られたのは嬉しい限りです。弊社、すき燒「今朝」でも飲めますよ!

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2009年6月 1日 (月)

カリンニコフ

 後輩たちの演奏會で墨田トリフォニーホールへ赴く。新型インフルエンザ騷動で開催自體危ぶまれたものの、無事に行はれました。

 ドボルジャーク: 序曲《謝肉祭》
 ハチャトゥリアン: 組曲《假面舞踏會》
 カリンニコフ: 交響曲第1番ト短調

 新通 英洋指揮 青山學院管絃樂團

 何と玄人好みの澁いスラブ&露西亞ものでプログラムを纏めたのでせう。のっけから元氣よく、久し振りに定演に登場したと云ふ指揮者も乘りよく、前プロから手を抜かず、全力で演奏してゐるので清々しい。浅田真央選手のフィギュアスケートの演技で記憶にも新しいハチャトゥリアンの《假面舞踏會》のワルツはゆったりとしたテムポで、今ではすっかり女性の多いオケらしい優雅なもの。自分の持つCDとは曲順が違ふが熱も入り、ワクワクとした昂揚感に包まれる。

そして、貧困と闘ひ35歳で生涯を閉じたカリンニコフを知る人は少ないものの、昔から愛聽してゐた第1番。若い作曲家と世間知らずの野暮ッたさが出てゐるものの、第一樂章の主題がまた第四樂章に出るがチャイコフスキイのやうな執拗な粘ッこさはなく、大きく描いてゐました。近年希に見る上手な演奏に吃驚。一階18列は音に包まれ、心地よかったです。但し、二階席の先輩諸氏は金管が聞こえなかったとのこと。ホール全體を鳴らす迄には至ってゐないのですねえ。座席による違ひを如實に感じました。その後、OB會へ。

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