« 金澤の臺所 | トップページ | アルマ »

2009年6月19日 (金)

幽靈

 先日、東京バレヱ團創立45周年公演《ジゼル》を觀に行く。實はバレヱはよく知らない。チャイコフスキイなら腐るほど耳にしたが、他はストラヴィンスキイとハチャトリアン位で全く聽いたことがなかつた。

 第一幕:  貴族の身分を隠して、ジゼルに近附くアルブレヒトは心を通はせるが、ジゼルに片思ひの村の青年ヒラリオンに身分を暴かれ、ジゼルは氣が狂ひ、錯亂の内に息絶えてしまふ。村人の非難されてアルブレヒトは追ひ立てられる。

 第二幕: 処女精靈となつたジゼルは、夜中に忍んで許し請ひの墓場へやッて來たアルブレヒトと出遇ふ。他の精靈たちにヒラリオンは死ぬまで踊らされて沼に落とされてしまふが、アルブレヒトの命だけは助けて貰はうと精靈の女王ミルタに懇願するが聞き入れて貰へない。アルブレヒトが最後の力を振り絞って踊るうちに、朝の鐘が鳴り、精靈たちは墓場へ戻り、ジゼルも別れを告げて消えて行くのであつた。

 井田勝大指揮、東京ニューシティ管絃樂團はやや弱音がでかいのだが、主張することなく、伴奏して舞臺を盛り上げる。割と單純な物語なので、粗筋が頭に入つてゐれば、何を表現してゐるのか判る。主役のジゼルに上野水香、アルブレヒトにフレーデマン・フォーゲルはさすがに抜きに出て、動きが滑らかで長い手足を生かした跳躍も美しい。初めて觀るので、どれ程素晴らしい技量なのか判斷は附かないが、幾重にも回轉を重ねたり、とてつもなく高く飛んだり、トウシューズで爪先立ちして、スルーッと真横に移動されると、ほんたうに幽靈のやうで吃驚した。當初、背景で真横に移動したのはてっきり臺車に乘つてゐるものと信じて疑はなかったほど。精靈なので、背中に小さな羽があつたり、西洋人らしい工夫も樂しい。併し、何となく泉鏡花の幽玄の世界を垣間見たやうな心持ちがして來た。薄ぼんやりした夜の墓場が舞臺故、第一幕の明るい葡萄の収穫祭を迎へた村とは對照的なのだ。

 そして、集團で踊る方々もビシッと揃つてゐるのも氣持ちがよく、視線が自然と主役へ導かれる。これが下手だと、その間違へた人ばかりが氣になつてしまふのだ。日本一の技量を誇るバレヱ團だけのことはある。公演後、すっかりその氣になつてゐるうちの娘たちは、まだまだバレヱは續けるらしい。ほんの一握りの一流を目指すのか、飽くまで趣味で樂しむのか、年に一度の發表會でも上手になつてゐるのが分かる。精々應援してやらう。
 
 近頃、レポートの所爲か、すっかり口語調になつてしまひ申し譯ない。

|

« 金澤の臺所 | トップページ | アルマ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/30133697

この記事へのトラックバック一覧です: 幽靈:

« 金澤の臺所 | トップページ | アルマ »