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2009年7月31日 (金)

ツェッペリン燒

Photo_2 1929(昭和4)年8月、日本飛び立った日の最初の晝食を再現したのですが、最後に驚きの一品を附けました。當時、東京市内で爆發的な人氣が出たと云はれる「ツェッペリン燒」です。鯛燒屋が擧って品物を替へたとの噂の燒き型を持つてゐるので、柳橋の梅花亭さんにお願ひして漉し餡入りで作つて頂きました。魚のやうに頭左にすると「ZEPPELIN」の文字が見えます。皮が多くて、餡が少なく申し譯ないと言つてをりましたが、どうして、どうして、美味でした。

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2009年7月30日 (木)

日本初の機内食

Lzmenu 昨夜の「ツェッペリン伯號の料理再現」は當初、飛行船と同じ20名樣を想定してゐたのですが、今週に入りあれよあれよと人數が増えて、35名樣の大盛況でした。

 人が増えると、器が足りない、グラスが足りない、とあちこち齟齬が増え、漸く準備萬端と思ひきや、始まると、料理が出て來ない、ワインが足りない等、大汗かきました。 ほんたうは携帶型蓄音器も持參して、當時の流行歌も掛けたかつたのですが、それも能はず。それでも、お客樣にはお樂しみ頂いたやうなので何よりでした。
 畫像は左がオリヂナル、右が今回、自分が作成したもの。かなり巧くできました。

Photo お客樣には和食器で箸をお使ひ頂きましたが、撮影用にオリヂナル食器に載せてみました。
ここに至る迄、構想、下調べ、蒐集と苦節10數年。幾多の道程がありました。

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2009年7月29日 (水)

80年前の料理再現

Zt< 1929(昭和4)年8月23日、日本を飛び立った獨逸の飛行船LZ127「ツェッペリン伯號」の太平洋上での最初の晝食を本日再現します。撮影用にはこのオリヂナル食器に盛り附けます。お斷はりしなければならない程の盛況故、朝からてんてこ舞ひしてゐます。

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2009年7月28日 (火)

新宿ゴールデン街

 新宿には、戰後、通稱「青線」と呼ばれる非合法な賣宿が多く軒を連ねた街が在り、私有地ばかりで警察も介入できない代はり、文化人が多く寄り集まった街であつた。そこを「新宿ゴールデン街」と云ふ。

 勿論、縁も所縁もなく、此処は長いこと異界の街でした。新宿文化センターへオペラを觀に行く時、足早に通り過ぎる怪しの街。まるで結界が張られたやうに、相手を寄せ附けてはくれません。全く受け入れてもらへさうにない恐ろしさ。或ひは上海裏町の阿片窟のやうな、麻薬と賣春のイメージが先行してたのかも知れません。

 山の手育ちの自分にとつては、子供の頃、歌舞伎町は最も危険な街で、子供は決して足を踏み入れてはいけない場所でした。晝間の映画館ですら、此処では見せてもらへず、日比谷へ廻り、やたら脅かされました。勿論、ゴールデン街は大人の酒場街であり、ドヤ街同樣別世界でした。

 學生になり、大量の本を貪り讀み出したところ、多くの作家や文化人が出入りしてた街だと知り、俄然興味は出たものの、何時までも、危險な香りのする異界であることには變はりありませんでした。それを知った友人が、何言つてんだか、一緒に行かうと誘つてくれました。

 蝉が鳴き出す頃から、ホラー小説ばかり讀み出すので、何か見たり感じたら嫌だと思ひ、鹽でお清めをし、籠目(魔除け)の手拭ひをもち、決死の覺悟で待ち合わせたのでした。

 薄暗い遊歩道を進むと、ゲートを左に見て、足を踏み入れた途端に空氣が變はります。怪しげでゐて、紫煙の立ち込める不穏な場末の香りが漂ひ、戰後の殘る路地ばかり。とある路地の細い狭くて急な、日本家屋のやうな階段を上がると、ママさんがぽつねんと一人カウンターの奧で煙草を揉み消し、すくッと立ち、力なく笑顔で迎へてくれました。けだるい雰圍氣に40年位前の「夜のヒットパレード」が映し出され、丁度、青江三奈がハスキーヴォイスを響かすところでした。

 勿論、想像してゐたやうな怖さなんて微塵もない、思ひ切り昭和なバーでした。昔から何も変へてゐない佇まひがレトロな雰圍氣を醸し出してゐました。然も、ありがたいことにちゃんと空調は弱いながらも効いてゐました。まだ汗は引かず、扇子で煽ぎ、注文してチビリと舌を湿らします。カウンターの淵が外れて補修したガムテープがこれまた外れ、足掛けバーですら斜めになり、まるで映画の一情景のやうな趣が却つて落ち着きます。画面の「ヒットパレード」に、梓みちよが出たら、同級生の力丸が出て來て吃驚。「こんにちは、赤ちゃん」のモデルであつたことを思ひ出します。父親の中村八大さんの伴奏で皆でほのぼのと歌ふ姿。昭和歌謡の世界にどっぷり浸りました。

 あッといふ間に緊張も解れ、ほろ酔い気分になりました。百聞は一見に如かず。行ってみるものです。煙草の煙が苦手ではありますが、あすこならまた行ってみたいと思ひます。

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2009年7月27日 (月)

獨走

N501772_250_7preview_big 昨日はMotoGP世界選手権、英國グラン・プリ。125cc級では赤旗中斷となるも、再開後5周で爭はれ、中上貴晶くんが堂々5位入賞し、雨用タイヤ装着を告げられるも雨は止み、路面が乾く難しい状況下、250cc級では青山博一が一周目から後續を引き離して獨走態勢に入る。後續集團の抜きつ抜かれつの縺れに、どんどんと差を廣げ、後半に入ると俄然アルベロ・バウティスタ選手の追ひ上げ激しく、周回毎に時間差が縮まり、あはや追ひ附かれるかと思ひきや、周回遅れの選手に挟まれ、時間を無駄にし、無理して優勝を狙ふことを諦めた爲、見事、青山選手が優勝を飾りました。試合運びの妙技、今期、三勝目、獲得點數最高位で3週間の休みに入ります。滿面の笑顔、嬉しさを全身で表現した、爽やかな優勝でした。

 それに比べると、王者ロッシは首位を保つてゐたものの、後半轉倒を期し辛くも5位。悔しかつたことでせう。好きな選手に氣持ちを入れ込みすると、一喜一憂たいへんです。

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2009年7月24日 (金)

親子體驗

 親子で樂しむ歌舞伎教室へ下の子を連れて行く。歌舞伎十八番の内《矢の根》と《藤娘》に解説が附と云ふもの。中村亀鶴が花道のすっぽんから迫り上がり、まづは一通り舞臺から鳴り物、衣装、小道具等説明し、演目の解説、立ち回りを見せてくれました。

 そして《矢の根》は、隈取りに車鬢(クルマビン)と呼ばれる「カニパンのやうな鬘(カツラ)」の曾我五郎(男女藏)、科白のない大薩摩主膳太夫(澤村宗之助)、夢枕に立つ兄十郎(亀鶴)と若手の出演です。曾我兄弟の仇討ちは江戸時代のヒーローものですから、殆ど超人扱ひ。荒事と云はれる派手な動きで演じるのは、正月に滅茶苦茶大きな矢の先を研ぎ、寶船の繪をその砥石の下に敷いて枕にし寝て、夢に出た兄を救出に向かふのに、馬に跨つて立ち去る場面です。然も、仁王襷(ニオウタスキ)と呼ばれる、横綱の締め縄のやうな襷を背負ひ、超人としての見せ場なのですねえ。

 踊りの美しい《藤娘》には、初挑戰の中村梅枝。真ッ暗な舞臺から一轉して明るくなると松に藤の花の絡んだ背景に、藤の花の精が踊ります。元は大津繪と云ふ漫畫なので、繪のやうに踊るのがよいのでせう。萌黄色、朱色の早變はり、藤色の振り袖になり、戀人とのほろ酔ひ加減を現し、更に赤い振り袖となつて、手踊りを見せ、最初の持ってゐた藤枝をかざして幕となります。初々しい梅枝の艶やかな踊りが素敵でした。

 娘曰く、馬で立ち去った後の五郎はどうなつたのか、踊りは着物は綺麗だけどテムポが遅くて眠くなったから、解説が一番樂しかつたとのこと。う~ん、小學5年生には些か難し過ぎたのでせうか。自分は六年生で祖母にせがんで《忠臣藏》を觀に連れて行つて貰つたのですが…。

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2009年7月23日 (木)

土用

Gaku1 暦の上では立秋迄の18日間「土用」に入りました。五行思想では、春に木氣、夏に火氣、秋に金氣、冬に水氣を割り當てゐますが、土氣がはみ出てしまひ、それを季節の變はり目に割り當てたやうです。颱風の季節でもあり「土用波」、夏バテ防止に鰻を食べる「土用丑の日」等、言葉も幾つか殘つてゐますね。

 今朝の手拭ひも換へ、SOU・SOUの伊勢木綿手拭ひ「白波」と、「向日葵」にしました。

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2009年7月22日 (水)

全くわからなかった

P1030290 大阪萬博の時、門を潜る前から、屋根をとび抜けた異型の「太陽の像」は見えてゐた。牛乳瓶の途中に顔があって、天邊にも金色の顔が眩しかった。テレビの宣傳で「藝術は爆発だ!」と叫んでゐたのが、懐かしい岡本太郎畫伯。墨西哥に打ち捨てられてゐた巨大壁畫「明日の神話」が澁谷のマークシティ通路に飾られ、最近俄然注目を浴びてゐる。

 表参道の骨董通りから一本入つた路地に「岡本太郎記念館」が在る。昨日書いたばかりの坂倉準三の設計による自宅兼アトリエが今では記念館となつてゐる。子供の頃は全然違ふ世界のあちらへ行ってしまつた變なおじさんだと云ふ認識しかなかつたものが、今の自分なら理解はできなくとも、主張を受け止められる。ヘンテコな彫刻やオブジェが庭にも、部屋にも所狭しと置かれ、アトリエにはキャンバスが理路整然と並んでゐる。只々、力強く存在して、来客者を見据えてゐるのだ。
 子供の城のオブジェ、飛行船の意匠、硝子瓶は我が家にもあった。今では同じヒゲになったけど、子供の頃は太郎作だとも気附かず、普通に使つてゐたのだ。それに気付いた衝撃。若い頃、巴里でピカソの作品に驚き、素朴な縄文火焔土器を愛した作家。時代を飛び抜けていたから叩かれたことも色々あつたことだらう。でも、やっと我々の感覚がそこに追ひ附いて來たのかも知れない。
P1030286

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2009年7月21日 (火)

汐留にもあった

 勉強を初めて、随分と美術館巡りをしてゐますが、汐留にも美術館はあります。電通の廣告に關する「アド・ミュージアム」、そして地味乍ら素敵な収藏品を誇るパナソニック電工の「汐留ミュージアム」。
 丁度、「建築家 坂倉準三展 モダニズムを住む 住宅、家具、デザイン展」をやってゐました。その方面には疎いので、どれほど有名な人か全然知りませんでした。コルビジェの弟子にして、シャルロット・ペリアンや民藝運動の方々との交流、戰後、高度成長期へと向かふ中、今も色褪せないモダンなデザインの家や家具。最先端は今も最先端のままだと云ふのが不思議です。

 それと、ルオーの版畫がひっそりと飾られた常設展示。太いマジックで描いたかと思ふ程、力強い作品から、作品集の挟まれた小曲集は紐を引ッ張るとCDが音を奏でます。さすが電器屋さんだけあつて、絶妙な照明が素晴らしい。作品が引き立ち乍らも、眼が疲れない展示は他の館でも是非、見習つて貰ひたいものです。

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2009年7月17日 (金)

夏祭

 歌舞伎座さようなら公演、七月夜の部へ。演目は「夏祭浪花鑑」と泉鏡花原作の「天守物語」。

 「夏祭」では海老蔵や獅堂の大阪弁がどうも下手ですが、成田屋(海老蔵)は大立ち回りのやうな派手な男役を得意とするので、喧嘩の場面での見榮や、諸肌脱いで入れ墨(布地に柄)に赤い褌姿は似合ひました。この上、科白が上手になれば、名人でせう。

 白鷺城(姫路城)の天守閣は100年以上、人が入らない魔界とされていたと云ふ「天守物語」。これは玉三郎の當たり役だけに、鏡花の幻想的な世界を繰り廣げてゐました。玉三郎は相變はらず美しく、その上、聲がさいのによく通ります。それに比べると、若手は息が多いのか、聞き取り辛い。實直な侍役は海老蔵には似合はないものの、横顔が如何にも侍らしい顔立ちなので雰圍氣が出ます。

 かうして、歌舞伎も連續して觀るやうになると、席によつてもかなり、感じ方が違ふことが判りました。それぞれの良さがありますね。この時は15列、真ん中横通路のすぐ前、1等席の一番後ろでしたから、舞臺がやや遠いものの全體を見渡すことができました。歌舞伎の舞臺はやや横廣なのですが、この寸法、もしかしてNHKホールも同じではないかと思ひます。それであすこはクラシックに向かいないのかも知れませんね。

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2009年7月16日 (木)

スクーリング

K4 翌日、學校の面接授業(スクーリング)では午前中、講義、午後は班別に各々の企畫展を發表し合ひ、ひとつに絞つて10分間説明(プレゼンテーション)を行ふと云ふもの。今までひとりで惱み、報告書(レポート)を書くのに苦勞して來たが、仲間と作り上げると、自分とは全く別の視點からの意見が出て、より高度な次元で物事が捉へられ、それを平易な言葉で發表できた。

 たまたま自分の「HMV蓄音器展」の企劃案が通り、徹夜で仕上げた資料を基に、誰にでも興味をもって貰へるやうな優しい言葉で表現。専門用語を使つてゐることも指摘を受けないと氣附かない程、自分は蒐集家であつた。携帶型蓄音器HMV102を持參したので、最初に音樂を奏で氣持ちを掴むことはでき、仲間のお陰で一票差であつたが最優秀作に選ばれた。

 生まれも育ちも、年齢も樣々な人が集まり、同級生として學食でランチを食べ、共に學ぶ醍醐味は通信教育ならではだらう。實に樂しかつた。そして、程よい疲れの中、新幹線ではぐっすりと眠れた。

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2009年7月15日 (水)

關西風

K2K3 晝食には三條の「三嶋亭」を訪ねる。弊社よりも7年も古い1873(明治6)年の創業。すきや聯で顔見知りになつた社長は生憎と買ひ附けの爲お留守であつた。木造家屋の暖かみのある建物がよい。靴を脱いで上がると、もう急階段であり、登りを下りをして、部屋に通された。

 ほぼ20年振りに逢ふ獨逸時代の元同僚との會食故、部屋をお願ひしてをいたら、坪庭に水の流れる素敵な座敷を用意して下さり、旅情を引き立ててくれた。勿論、割り下を使はない關西風すき燒の炊き方は興味津々であつた。

 掘り炬燵式で八角形の卓子の中央に電熱式の炉があり、そこにまた八角形の鍋を乘せる。最初に砂糖を適度に散らし、その上に早速極上の肉を載せ、いい音が響き出すと同時に上から味醂で合はせた醤油を掛ける。
 たおやかな仲居さんの動きは京都らしい風情でさすがである。緑の空芯の葱、お麩、玉葱などうちとは違ふ材料も入るのでとても樂しい。すき燒は各店それぞれの工夫があり、優劣ではなく特徴があつて面白い。
 酒も入り、昔話に華が咲き、とても賑やかに食事ができた。幾度でも訪ねたくなるサービスは秀逸で、見習はねばならない點ばかりだった。

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2009年7月14日 (火)

見せない工夫

K1 京都でのスクーリングを前に念願叶って「桂離宮」を拝觀。3箇月前に宮内廳に申込み、其の申込用紙と共に本人確認の上、やっと入場できるが、苔保護の爲、飛び石の上だけを歩くやうに細かく指導され、小雨の中解説附きで園内をぐるりと巡る。しっとりと濡れた飛び石や苔の風情がよく、梅雨時の瑞々しい美しさが際立つてゐた。

 當時は正門から這入り、お輿(コシ)を降り、薩摩藩から寄進された蘇鉄の前の東屋で一旦待たされ、それから移動するのだが、桂川の川の水を引き込んだ池庭は入り組み、全部が見渡せないやうに工夫され、各所に茶室が點在し、四季折々の木々の移ろひや月を愛でるやうになつてゐる。何とも風雅は佇まひであることはブルーノ・タウトの日記から知つてはゐたが、これほどとは。細かい遊びや工夫が随所に施されてゐる。そして、入母屋造りの御殿からは全てが見渡せる構造だ。月見臺まで施し、館の正面から昇る中秋の名月を樂しもうと云ふ發想も素敵。

 併し、考へてみれば現在の天皇のやうに公務で外出することもなく、御所に軟禁状態の江戸時代初期の宮家の唯一の遊び場でもあつた筈だから、可能な限り創意工夫でもして樂しむ以外に何ら心休まる場所もなかつたと思ふと不憫にも思へる。

Book忘れられた日本 (中公文庫)


著者:ブルーノ タウト

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2009年7月13日 (月)

眼鏡

 最近、どうもパソコン畫面の見過ぎの所爲か眼が疲れるので、1階の巴里ミキさんでPC用に眼鏡を作りました。裸眼でも1.0位見えますが、少し亂視が入つてゐた爲、一所懸命眼の中の筋肉を使つてゐても、段々ずれるやうです。と云ふことは老眼の始まりでせうか…。

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2009年7月10日 (金)

蒲鉾

Romance レストラン協會、關東支部の集ひで小田原へ。久し振りに乘車するロマンスカーは最前列が座席ではなく、普通の運轉席でがっかり。旅情を掻き立てられません。
 風祭に在る鈴廣さんを訪問。蒲鉾博物館では、材料、由來、實演が見られ、然も蒲鉾作り體驗ができます。練り物を板に載せるだけと安易に考へて貰つては困ります。熟練した技が必要な譯で、空氣を抜き箆(ヘラ)で塗るのですが、巧い具合には行きません。そして、細い竹筒に擂り身を附ける竹輪はその場で燒き、冷ませば直ぐに味はへます。こちらはそのままだとやや鹽味がきつく感じますが、温かいものを頂けるので感激も一鹽です。

 元は北条家に仕へた忍者集團「風馬一族」末裔の里であったこの村へ來た時は随分虐められたとか、蒲鉾一筋とは云へ、時代に合はせてドライブ・インを改装して市場のやうにしたり、移築した民家で「板わさ」を食べて貰ひたいからと蕎麦屋を始めたり、蒲鉾の廃材となる骨皮アラを肥料にして、近隣農家に配り、できた野菜や果物を買ひ取り、ビュフェ・レストランやジャムにして販賣したり、その工夫は多岐に亘り目を見張るものがありました。
KamaTikuwa


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2009年7月 9日 (木)

不折

Fusetu 弊社倉庫に眠つてゐた書の掛軸には乃木希典、曇華(第236世建長寺管長)、印刷ではありますが南洲(西郷 隆盛)など見附かりました。その中に、中村不折(フセツ)1866-1944 と云ふ人のもあり、どんな人なのか氣になつてゐたら、、『吾輩は猫である』の挿繪や題字を書いた人で、佛蘭西留學の經驗もあり乍ら、正岡子規と共に記者として日清戰爭に從軍するも、戰闘もほぼ終結し、することがないので中國、朝鮮半嶋を廻り、「書」に興味を持ったらしいのです。

 鶯谷に在る臺東區立「書道博物館」が中村不折蒐集品を展示してると知り、見に行きました。しっかりとした素描や油繪もありましたが、この人は石碑や佛像の拓本から書を學んだのですね。殷の時代の「甲骨文」から、青銅器、鼎に瓦、墓碑等貴重な品々もありました。習字はからきし駄目で、自分の字を毛筆で書くのも憚られますが、かうして並べて見ると、確かにハネであつたり、隷書、篆刻、中國4千年の樣々な漢字があるものだと理解できます。私も見習はないといけませんね。

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ミヨジ

 どの世の中にも、上下に挾まれ、無理難題に振り回される人がゐるものである。岩井三四二(イハヰ ミヨジ)の一聯の短編集は戰國時代の下級武士や大將の狭間で難儀する話ばかり。逡巡しても決心着かず、天下の行く末を見据えて家の大事と右往左往するものの、孰れの味方をすればよいのやら、戸惑ふことばかり。大將の名前しか歴史に記録されずとも、その下には多くの侍がゐたことを今更のやうに思ひ出す。
 秘策があればよいがなければ討ち死にするしかない極限の選擇。現代のサラリーマンでも、出処進退極まることもあるだらうし、決斷に迫られることは多々あるもの。同情し、固唾を飲んで結末を讀むと…。お勸めです。

難儀でござる (光文社時代小説文庫)Book難儀でござる (光文社時代小説文庫)


著者:岩井 三四二

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たいがいにせえたいがいにせえ


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はて、面妖はて、面妖


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2009年7月 8日 (水)

湊かなえ

 今年本屋大賞に輝いた、今一番本屋さんが賣りたい本、湊かなえ著『告白』双葉社、2009年 を讀む。娘を生徒に殺されたシングル・マザー先生の復讐劇なのですが、事件關係者それぞれの告白の體裁を取り、徐々に最高潮へと向かひます。中學生と云ふ少年法で守られた生徒の犯罪、いじめ、引き籠もり、復讐等、現代の暗黒部全てが入つてゐます。殆どが一人稱の語り故、それぞれの立場が鮮やか描かれ、讀者を惹き附けて話さない筆運びは壓巻です。ハラハラ、ドキドキと云ふ單純な感覺でなく、告白するその人に共感するが、次章では前に告白した人を侮蔑したり、負の感情が負の感情を増幅させ、厭~な氣分滿載。危うく通勤電車で乘り過ごすところでした。お勸めです。

告白Book告白


著者:湊 かなえ

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2009年7月 7日 (火)

損保ジャパン

 この間、保險セミナーを受ける。レストランでは食中毒、お客樣の衣服を汚してしまつた、お預かりした荷物を紛失したとか壊したと云ふ事例が多いが、どのやうな保險に入つてをけば對処できるのか聞く。疊の焦げとかは毎年起こり得るもので保險の對象にならないとか、自分がお客で高價な調度品を壊してしまつた場合、自動車保險に附随してゐる「個人賠償責任」が適用できるとか知惠を頂く。但し、初期段階で丁寧に扱はないとこじれることも多いし、後から理不尽な金を請求されても拂はないとか、食中毒が起きたらお客樣が保健所へ行って原因特定して貰はないと推測では保險が下りないとか、他にも色々勉強になつた。

 晝食後、損保ジャパン東郷青兒美術館へ。「没後80年『岸田劉生』肖像画をこえて」を見る。あの有名な薄気味悪い「麗子微笑」(1921)か、「麗子肖像(麗子五歳之像)」(1918)であつたか、有名な作品しか思ひ浮かばないが、後期印象派の影響から自己表現に至る肖像がばかり80点で人の顔を描くことで深化して行った様子がよくわかる。
 わざとグロテスクな技法から本質をあぶり出そうとした娘麗子の絵の変遷も實に面白い。「麗子十六歳之像」(1929)は至って普通の少女絵で驚いた。上野で見た原宿の土手の繪も思ひ浮かべると、一枚見ただけで決して作家を判斷してはいけないと思った。常設展のゴッホの「向日葵」もついでに觀る。1988(昭和63)年であつたか倫敦で賣却が決まり、も手放す寸前の二枚並べて觀たことを思ひ出す。それが今では此処に収まって、一度は故人の遺言で燒かれさうになつた逸話もあつて感慨深い。勿論、東郷青兒の薄ぼんやりとした女性像もあつた。

 職場へ歸へる途中、伊勢丹で偶然にも「長谷川潔と浜口陽三銅販画展」を見る。デパートの催事場故、全てに値札が附いてゐるが、いい繪の迫力は違ふ。すっかりお氣に入りとなった「アレクサンドル三世橋と佛蘭西の飛行船」はサイン入りで5,775,000円のお値段… は~ 。アトリエで見附かったサインなしで100萬圓くらいでしたが…。急激に認められて、どんどん値上がりしてゐるやうです。

 今晩はすきや連の集ひで、淺草今半へ。

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2009年7月 6日 (月)

高橋コレクション

 ほんたうに上野は藝術の山でしたねえ、あちこち美術展の華が咲いてゐます。上野の森美術館では「ネオテニー・ジャパン」と題して、この10年くらいに日の目を見た現代アーティスト33人の作品が並んでゐます。精神科醫・高橋龍太郎氏が収集した現代美術の中から、選りすぐりの80點が展示してあります。

 こまっしゃくれ不機嫌な面の少女を描く奈良美智、「ルイ・ヴィトンのお花畑」と云ふ題の六曲一雙に銀箔とプラチナに描いた村上隆の屏風、巨大山椒魚に美少女が横たわる會田誠の「大山椒魚」、束芋の和紙にインクで描いたヘタウマな繪、日本畫のやうに精密油繪で戰國時代と現代が渾然となつた山口晃の作品、イエスが抜けた「イエス」と云ふ名の最後の晩餐(小川信治)、「Human Lesson (Dress 01)」と云ふ小谷元彦の作品は双頭の狼が肩に來る毛皮のドレスであつたり、何だか判らないものの、壓倒的な作家の訴へる力が溢れてゐます。新日曜美術館やトップ・ランナーに紹介されたやうな現代作品をこんなに見たのは初めて。さすがです。

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2009年7月 3日 (金)

銘品

 東京都美術館でやってゐる「日本の美術館名品展」を「表装展」の續きに觀る。全國にこんなに名畫があるとは知りませんでした。美術史で習つたやうな人が澤山出て來ます。日本も捨てたものぢゃありません。いちいち、擧げてると切りがありませんが、藤田嗣治の「夢」は裸婦の回りに猫や猿、鼠等が並ぶ涅槃像のやうな印象、竹内栖鳳の西洋風な天女繪、ゴッホの若い時青の時代の作品、東郷青兒の若い時の作品等が氣になりました。こんなにお寶が地方に眠つてゐるのなら、見に行かねばなりませんね。

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2009年7月 2日 (木)

表装作品展

 カルチャースクールで表装を習つてゐますが、私の先生は「表導會」に所屬し、その上にまた先生も居て、都内のカルチャースクールに先生を送つてゐます。自分で掛軸を作るやうになつてから、日本畫を觀る目も變はり、回りの生地の選び方や組み合はせも氣にするやうになりました。
 この間、先生の作品を見に東京都美術館へ。東京表具教師内装文化協會主催故、腕自慢の職人さんの作品がずらりと並びます。技巧に凝った作りから、斬新な意匠、布地に拘つた作品、傳統的な品のあるもの、樣々です。10年くらいしたら、末席に飾れるくらいの技が見に附くやう頑張ります。

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2009年7月 1日 (水)

澁谷に大學?

 生涯学習概論の報告書(レポート)を書く爲に、地元澁谷のことを色々調べてをりました。澁谷區内で公開講座を開いてゐるのは、青學、國學院、國聯の3大學だけのやうでしたが、他にシブヤ大學と云ふのを發見しました。
 澁谷の街自體を學舎とした生涯學習を推進する特定非營利活動法人でした。ですから文部科學省下、學校教育法上で定められた正規の大學ではありませんが、何か面白さうな講座があるやうです。毎月第3土曜日にしか開かれませんが、先づは家頁から學生登録をし、3週間前から授業告知を待つて、メールで申込みの上、抽選で授業を受けられる模樣です。
 今はとても無理ですが、時間を作つて參加してみたいものです。

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