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2009年7月28日 (火)

新宿ゴールデン街

 新宿には、戰後、通稱「青線」と呼ばれる非合法な賣宿が多く軒を連ねた街が在り、私有地ばかりで警察も介入できない代はり、文化人が多く寄り集まった街であつた。そこを「新宿ゴールデン街」と云ふ。

 勿論、縁も所縁もなく、此処は長いこと異界の街でした。新宿文化センターへオペラを觀に行く時、足早に通り過ぎる怪しの街。まるで結界が張られたやうに、相手を寄せ附けてはくれません。全く受け入れてもらへさうにない恐ろしさ。或ひは上海裏町の阿片窟のやうな、麻薬と賣春のイメージが先行してたのかも知れません。

 山の手育ちの自分にとつては、子供の頃、歌舞伎町は最も危険な街で、子供は決して足を踏み入れてはいけない場所でした。晝間の映画館ですら、此処では見せてもらへず、日比谷へ廻り、やたら脅かされました。勿論、ゴールデン街は大人の酒場街であり、ドヤ街同樣別世界でした。

 學生になり、大量の本を貪り讀み出したところ、多くの作家や文化人が出入りしてた街だと知り、俄然興味は出たものの、何時までも、危險な香りのする異界であることには變はりありませんでした。それを知った友人が、何言つてんだか、一緒に行かうと誘つてくれました。

 蝉が鳴き出す頃から、ホラー小説ばかり讀み出すので、何か見たり感じたら嫌だと思ひ、鹽でお清めをし、籠目(魔除け)の手拭ひをもち、決死の覺悟で待ち合わせたのでした。

 薄暗い遊歩道を進むと、ゲートを左に見て、足を踏み入れた途端に空氣が變はります。怪しげでゐて、紫煙の立ち込める不穏な場末の香りが漂ひ、戰後の殘る路地ばかり。とある路地の細い狭くて急な、日本家屋のやうな階段を上がると、ママさんがぽつねんと一人カウンターの奧で煙草を揉み消し、すくッと立ち、力なく笑顔で迎へてくれました。けだるい雰圍氣に40年位前の「夜のヒットパレード」が映し出され、丁度、青江三奈がハスキーヴォイスを響かすところでした。

 勿論、想像してゐたやうな怖さなんて微塵もない、思ひ切り昭和なバーでした。昔から何も変へてゐない佇まひがレトロな雰圍氣を醸し出してゐました。然も、ありがたいことにちゃんと空調は弱いながらも効いてゐました。まだ汗は引かず、扇子で煽ぎ、注文してチビリと舌を湿らします。カウンターの淵が外れて補修したガムテープがこれまた外れ、足掛けバーですら斜めになり、まるで映画の一情景のやうな趣が却つて落ち着きます。画面の「ヒットパレード」に、梓みちよが出たら、同級生の力丸が出て來て吃驚。「こんにちは、赤ちゃん」のモデルであつたことを思ひ出します。父親の中村八大さんの伴奏で皆でほのぼのと歌ふ姿。昭和歌謡の世界にどっぷり浸りました。

 あッといふ間に緊張も解れ、ほろ酔い気分になりました。百聞は一見に如かず。行ってみるものです。煙草の煙が苦手ではありますが、あすこならまた行ってみたいと思ひます。

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