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2009年8月31日 (月)

美専車

Bisensha 美術品の輸送には専門のトラックが使はれます。美術品専門搬送車、略して「美専車」と云ふのを初めて知りました。今回の實習最後に見學です。
 ウレタンや毛布でくるんでから固定し、庫内には空調が完備され、空氣バネ(エアーサスペンション)を利用して、美術品を守り、學藝員も同乘する特別席もあり、非常に手の込んだ造りをしてゐました。かう云ふのを使ひ、美術品は移動してゐたとは。
 の搬送の専門家集團は實は展示も任されてをり、収藏庫からの作品の出し入れ、箱から出し、ワイヤーで吊すところまでしてくれる蔭の立役者でした。展覧會には見えないところで、大勢が関はつてゐたのですね。

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2009年8月28日 (金)

擔當作品

 割り振られた作家の解説及び作品解説を仕上げる。併し、2人の先生からなかなか許可が出ない。客觀的な事實のみで印象を書いてしまつては、來館者に先入觀を與へる爲、慎重にならざるを得ない。幾度も赤ペンが入り、やっと完成。10月12日(祝)まで、康耀堂美術館で觀ることができます。是非、蓼科へお出かけください。

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2009年8月27日 (木)

展示計畫

Plan 實際の展示を考へ、1/50の縮尺で展示案(プラン)を用いて、同縮尺の繪を配置して樣子を觀る。これはその模型なのですが、入り口から寫眞機を向けると、ほんたうの會場のやうな現實味のある風景が見えますね。
 此処に至るまで、各班で意見を出し合ひ、投票により決めます。決選投票で我々の案は破れはしたものの、皆で選んだ案を完成させる充實感は何物にも代へ難いものでした。今更乍ら、チームワークの大切さを實感。

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2009年8月26日 (水)

片附け

Photo 3日間、京都で作品の取り扱ひに就いて學び、班別に分かれてリーフレットを作成しました。我々の案は惜しくも決選投票で落ちたものの、自信をもつて人に見せられるものが仲間とできました。そして、最終日の午後、そのままバスで一路茅野へ移動。

 翌朝から、蓼科に在る「康燿堂美術館」で實習です。此処は2001年(平成13)に佐鳥電機社長の個人美術館として開館し、會長の死後、2005年(平成17)に京都造形藝大學に寄贈された故、大學の持ち物となつてゐます。中庭にはテラスが在り、カフェで珈琲も頂ける贅澤な造り。我々は日本畫擔當故、A展示室へ。前日までの展示の片附けを、日通美術さんの邪魔にならないやうに氣を附け乍ら、指示に從ひ運びます。大きな作品は矢鱈と重ひので吃驚。これは二つ折りにして仕舞ふところです。
 幾度も注意されたのは、人間の怪我は治るけれども、作品は直りません!丁寧な上に丁寧な扱ひを心がけなければなりません。髪の毛が触れないやうに、息を掛けないないやうに、素手で触ることもなく、慎重に運びました。
Photo_2

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2009年8月25日 (火)

歴史の舞臺

Itiriki 京都市内を歩くと、そこかしこに歴史の舞臺となつた場所に行き當たります。《假名手本忠臣藏》で大星由良介が酔つた振りをし續ける茶屋「一力」は今も祇園に在ります。四條大橋を渡り、暫く歩くと角地に他を寄せ附けない威壓的な建物なので直ぐに判ります。いつかは此処で食事をしてみたいものです。
 そして、京都と云へば幕末の新撰組も忘れられませんね。伏見の寺田屋はほんたうは違ふ場所であつたと云ふことも耳にしましたが、池田屋の跡地に居酒屋鎖店が入り賑はつてゐました。生憎と我々は20代前半から50代までの10名の學生たちで、30分待つても入れるかどうかと云ふので諦めました。その場所と云ふ力強さは感じました。
Ikedaya

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2009年8月24日 (月)

新しい母校

Unikyotoart 通信教育で學ぶ京都造形藝術大學の瓜生山校舎。通りからいきなりの大階段を上がると「人間館」と云ふ建物。この一階の講義室で三日間、罐詰めで面接授業(スクーリング)しました。
 晝食は學生食堂で安くてボリュームのあるセットを頂き、授業の後は同級生たちと大いに飲み語らひ、學生生活を樂しみました。

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2009年8月21日 (金)

町屋

Photo_4 京都は軟水故、柔らかい水を使つた酒藏が伏見に多くあります。併し、元を辿ると市内から移轉した造り酒屋も多いやうです。「堀野記念館」はキンシ正宗創業地の町屋と酒藏を殘したもの。1781(天明元)年創業と云ひますから、明治生まれの弊社など赤子のやうなものです。

 このキンシ正宗のキンシはてっきり、錦糸町の「錦糸」かと思つてゐましたが、「金鵄」から來てゐました。神武天皇の東征の際、弓弭(ユハズ)に停まつた黄金色の鵄(トビ)が光り輝き、敵軍を迷眩せしめたと云ふ故事に肖(あやか)つたのでせう。弓弭とは弓の両端にある凸形状の弦をかける部分のことです。

 さて、此処の井戸水は健在で、酷暑の中、幾杯でも頂けました。また、町屋での生活、お客さんのもてなしも座敷を替へて接待したことなど、面白くボランティアが解説してくれました。大火を守つた分厚い藏壁、歴史があると色々あるものですね。試飲をすると、京都らしい、少し甘みの強い優しい味はひです。隣では何代目かの娘さんが近頃、地麦酒も始めたとかで、こちらのエールも美味しかったですよ。

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2009年8月20日 (木)

お香

 京都へ來たら寄りたい場所がありました。着物を仕舞ふのに間に入れて、薫りを附けると共に防蟲効果のある「匂ひ袋」を買ふことです。松榮堂さんで、好みの匂ひを探して買ひ、ふと見ると奧には展示室が。植物を描いた力強いタッチで大膽な構圖の墨繪が飾つてあります。薄墨で暈(ぼ)かすところが少なく、迷ひのない筆運びに黒々とした筆跡が映えます。額装は簡素過ぎて物足りない氣もしますが、立派なアートとしての存在感が繪から感じられました。

 狭い展示室をじっくり觀て、ふと机奧にちょこんと座った和服の女性が居るので、何げに言葉を交はすと、何と作家さんご本人、中千尋さんでした。受附のお嬢さんかと思つて失禮してしまひました。今後の樂しみな畫家と知り合へたのは収穫でした。

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2009年8月19日 (水)

鱧尽くし

Hamo 京都の夏と云へば、盆地特有の張り附くやうな湿氣と酷暑ですが、風物詩とも云ふべき鱧を食べねばなりません。大阪の友人と堺萬さんへ。初めて食べる薄造りには感動しました。湯引きも梅肉でないところが素晴らしい。山葵醤油と酢醤油の小皿ごと凍らしてある心配り。一氣に冷えました。
 前菜から焼き物、自家製の漬け物、鹽昆布まで、美味い!千年の都の味はひだ、とひとり喜んだのでした。

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2009年8月18日 (火)

安倍晴明

Seimei 御所の豫約時間迄、晴明神社へ。詳しくは知らないが、ほんたうは大阪あべのに在る方が本宮で、縁のこの地にも建てられたらしい。
此処は源綱が鬼の片腕を切り落とした一條戻り橋の傍。人形浄瑠璃にした《増補大江山》でお馴染みだ。近頃の漫畫の所爲か、若い女性客で賑はつてゐた。五芒星(ペンラグラム)の入つた靈驗灼(あらた)かなる勝守りと油取紙を買ふ。

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2009年8月17日 (月)

御所

Gosho2Gosho1 前泊して豫約を入れて觀た京都御所。昭和天皇の即位式以來、使つてゐないやうだが、明治天皇は確かに此処で生まれ育つた場所である。人が住んでゐない爲、空虚な感じが寂しい。平安時代の寝殿造り、檜皮葺の屋根も修繕されてゐない箇所は如何にも襤褸(ボロ)なのだ。時の流れ、象徴天皇を考へさせる場所であつた。

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2009年8月 7日 (金)

面接授業

 明日から面接授業が10日まで京都であり、そのまま茅野で美術館實習が13日迄あります。9~18時まで教室罐詰めとなる爲、16日までブログはお休み致します。

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2009年8月 6日 (木)

くわいだん

 怪談(クワイダン)ばかりまとめて讀むと、どうもラヂオの周波數が合ふやうに波長が合ふのか、ハッとすることが増えます。誰も居ない部屋から聲が聞こえて來たり、目の端に何か見えたとか。只の氣の所爲かも、神經過敏となつてゐるだけかも知れませんね。

 最近讀んだ中ではひとりで百物語を行ふ強者(ツハモノ)がをりました。ねちっこくなくて、さらりとしてゐるのに、じんわり怖ろしい。お勸めです。

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 或ひは、災ひを呼び込まない爲にはどうしようかと云ふ本。だいそれたお祓ひと云ふより普段の心構へみたいな感じで書かれてゐます。

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著者:加門七海

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 でも、矢張り百話を一晩で續けて讀みたい方には…

九十九怪談 第二夜Book九十九怪談 第二夜


著者:木原 浩勝

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 これで、少しでも涼しくなればいいですね。自分の場合は涼しくなり過ぎる割に、ひとりでトイレに行けない、夜中に鏡が見られない、電氣を附けッ放しにするなど、とてもエコではなくなります。

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2009年8月 5日 (水)

キーヤン

Photo 京都での面接授業(スクーリング)を控へ、美味いものを食べたく調べてゐたら、東南亞細亞の臈纈(ロウケツ)染めのやうな、派手な金枠と大膽な構圖の生き物の壁畫を發見。それらは全て木村英輝と云ふ人が描いてゐた。汐留のカツクラへ行った折に、見たがそこのはヘンテコな繪の記憶しかないが、壁一面を覆ふ夥(オビタダ)しい動植物の群れに壓倒されてしまつた。漲(ミナギ)る生命力、躍動感に溢れる勇氣が貰へる繪である。

 實は先月行った時に早速、風呂敷は購入したのだ。丁度、掛け軸を桐箱に入れて持ち運ぶにも、すっぽりと包める大きさなのが嬉しい。續けて豹柄の扇子も!祇園佳つ乃の襖繪だと云ふ。實に愉快。
 今度は實際にどこかで見る時間が持てるだらうか。本の頁を捲(めく)るだけでワクワクする。オモロイ!すき燒今朝にも一枚描いて貰へないものか。また、ひとつ夢が増えた。


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2009年8月 4日 (火)

立體怪談

 昨夜は淺草の草津亭さんで、レス協の関東支部會あり。司會を仰せつかり、和服で盛装。これは實家で祖父の着物を發見した故、袖を通したところ、紗の羽織が涼しくてよし。
 先に美味なる會席料理に舌鼓を打ち、その後、人間國寶講談師、一龍斎貞水師匠の立體怪談を聞く。あの顔が恐し。されど、話だけでも怖ろしき筈が、音響、照明、お化けと餘計な効果が邪魔となり殘念。青白き光だけで十分。人殺しに至る人間の業こそ一番恐いものなり。

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2009年8月 3日 (月)

草鹿龍之介

 霞ヶ浦から羅府(ロス・アンゼルス)までツェッペリン伯號に乘船した海軍少佐、草鹿龍之介は自叙傳の中で、その印象を記してゐます。

  「飛行中の食事は大體豪華であつた。東京の帝國ホテルが丹精を込めて作つたものを、ドライアイスで包んだものを積み込み、これを料理室で適當に温めたり、若干手を加へて出した。酒も豐富であつた。私はラインワインを愛用した。全飛行を通じて快適であつた。エンヂンの位置が居住區より遠く、從つてその騷音も餘り氣にならず、震動は殆どなく、食卓その他の机には、一箇所も縁を高くしてないのが自慢であつた。」(『一海軍士官の半世紀』光和堂、1985新訂・増補版)

 羅府には1929年8月26日、05五時16分着陸。飛行時間、79時間03分、距離にして9,653粁(キロメートル)、平均時速122粁を記録し、氣温が高いのでやや水素瓦斯を抜き、無事に到着しました。

 ところが、この草鹿少佐は羅府に到着後、歡迎疲れが出たのか、急性肺炎に罹り入院する羽目となりました。明るい病室で、榮養のあるものを食べさせる療治は日本と違ひ、毎朝、決まって出される油臭いスープに閉口し、お粥に梅干しが食べたいと心細さを感じました。

 併し、手厚い看護により、三週間で退院し、「大洋丸」で同年10月11日に横濱へ歸着。東京へ戻ると、帝國ホテルの犬丸支配人から「料理に對する批評を聞かれたりした」(「ツェッペリン伯號飛行船での太平洋横斷」『日本民間航空史話』日本航空協會、1966年)が、何と應へたのか記録はありません。料理に興味がなかつたのでせう。

 この草鹿龍之介は古流武術の達人であり、その後も海軍航空畑を歩き、大東亞戰爭の初戰、真珠灣攻撃で「手練の一撃を加へれば殘心することなく退くべし」と云ふ理念に基づき南雲忠一中將に具申した爲、第二次攻撃をしなかつたことが、後々非難されます。
 また、終戰間近の天一號作戰(水上特攻)が出された際に、実行を渋る第2艦隊長官伊藤整一中将に対し、「一億総特攻の魁となつて頂きたい」と説得したと云はれます。これも、當時の帝國海軍の状況を端的に表してたとして有名になり、度々映畫の科白にも使はれますね。

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