嫉妬
2009年~10年シーズン幕開け、ヴェルディの《オテロ》を新國で觀る。ご存知シェイクスピアの『オセロ』が原作だが、そちらは讀んだことがなく、專らヴェルディばかり。然も、28年前にミラノ・スカラ座の初來日公演を觀て以來、劇場で觀るのは初めてと云ふ歪な戀人である。高校生の時に度肝を抜かされたので、その初日の實況録音放送をカセットに取り、暫く聽いたものの、レコードもCDも持つてゐない。
リッカルド・フリッツァの指揮する東フィルの幕開けから、記憶がずんずん蘇る。クライバーはかう盛り上げたとか、ドミンゴはかう歌つたとか、ゼッフィレルリの演出はどうであつたかと瑣末な事柄が次々と頭の中を驅け巡るが、その横で今鳴り響く音も十二分に樂しむことができた。
キプロス嶋にムーア人のオテロ(ステファン・グールド)率いるヴェネツィア海軍が戻るところから始まるが、その嵐の場面に稲妻が光り、まるでヴェニスのやうな装置に張られた水が波立ち、市民がこちらへ向かつて祈るのだ。スカラ座の時は背景に船の帆崎が揺れてゐたのと違ひ、オテロや武官が觀客席から下手オケピの上に掛けられた橋を渡り登場するのには吃驚。花火は飛び出すし、マリオ・マルトーネの演出の妙!
それからは出世街道で正直者の副官カッシオ(ブラゴイ・ナコスキ)に出し抜かれた旗手イヤーゴ(ルチオ・ガッロ)が惡の権化と化して、オテロに妻デズデーモナ(タマール・イヴェーリ)が不貞を働いてゐるとそっと嫉妬の炎を點す…。
中央にはオテロとデズデーモナの住まひが据えられ、それが一幕ではちんけな塔にしか見えないが、英雄であつたオテロが心理的に追ひ詰められて行くと、榮華の奧に潜む小さな自分の姿にも見えて來るから不思議。4幕では中庭に浮かぶ寝室のやうになり、光と蔭の中にくっきりと心理が浮かび上がり、とてもよかった。
今回は奮發して2階中央席。3階のやうに音が抜けず、やや籠もる感じ。グールドはやや聞き取り難いが恰幅がありオテロらしく、水路で水浸しになつて死ぬ最期が宜しい。ガッロはほぼ出ッ放しではあるものの、スマートな長身と相まって憎々しさ百倍。優男のナコスキも聲が通らないのが玉に瑕。急遽代役としてデズデーモナを歌ったイヴェーリは好演。演出上か、他の男に色目を使ふところもあり、きっとオテロの目を通して描いたのであらう。
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