« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月30日 (月)

一千人

 サントリーホールでアルミンク指揮の新日フィルのマーラーの交響曲第8番、俗に云ふ〈一千人の交響曲〉を聽いた。
 1910年にミュンヘンの博覧會會場での初演の際、ほんたうに出演者が1,000人を超えたことから興行主がこの名が附けたと云はれるもの。作曲者自身のマーラーの指揮で、管弦樂171名、獨唱者8名に兒童合唱350名を含む合唱團850名で全1,029人であつた。

 さすがに、赤坂にそれ程入らないものの総勢200人位は居たであらう。マーラーはメンゲルベルク(指揮者)に「宇宙が鳴り出すと思って下さい」と傳へやように、通常の管絃樂團の他にパイプオルガン、ピアノ、ハープ、チェレステ、ハルモニウム、ティンパニーは2人でそれぞれ3臺、それにマンドリン、そして客席通路からトランペットとトロンボーンも演奏する「バンダ」もゐて、確かギネスに乗る程の滅茶苦茶、大編成であつた。

 當然のことのやうに滅多にはやらない。大勢の出演者の練習も謝禮もたいへんだからである。自分も過去二回しか生演奏に接してゐない。早稲田大学百周年の折と伯林市誕生750周年の時に東伯林で聽いた二回だけ。一度に大勢が音を出す爲、フォルテッシモの大音響は凄まじい。交響曲の大スペクタルは他に類を見ない。

 マイクを使ひアンプで増幅しないので、耳が痛くなることもなく、どっしりと腹に應へる感じだ。併し、室内樂のやうな繊細な箇所もあり、獨唱の妙や、合唱の美しさも味はへる極上の佛蘭西料理のフルコースの感じだらうか。

 だからこそ、日本のオケの下手さも目に附いてしまふ。弱音でアンサンブルが亂れたり、木管楽器が抜け落ちたり、或ひは合唱の弱音が弱音ではなくメゾ・ピアノ程度で全然ピアニッシモになってなかったり、獨唱者の力量の差がありありと判つてしまふ爲、逆の意味でハラハラもする。さう云ふ引き算の要因を超えて、滿足感を味はえた。ほんたうに滿腹となり、90分間休みなく、演奏者も聽衆もよく頑張りました。

 2階後列なので、全景を見渡せた上、天井で跳ね返った音が渾然一體となり、抜群の音響であった。この感動は分け與へられないが、別オケの動畫でも如何でせう。

 冒頭

 終樂章フィナーレ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月27日 (金)

ウェイトレス

 レポートの爲の讀書がなくなつた分、またぞろ本の蟲が騷いで手元から本が離せない。相變はらず、歴史もの、ミステリー、ホラーは多いが、最近の本の中では平山夢明『ダイナー』ポプラ社、2009年10月が注目の一冊。決してお勸めはしない。

 樂して儲けやうと氣樂に危ないことに足を突っ込んだばかりに、プロの殺人者相手の會員制ダイナーのウェイトレスをさせられるオオバカナコ。「大莫迦な子」と呼ばれるのが嫌だつたと云ふ設定は笑へるが、そこで起きる狂氣は、唯一一般人のカナコにはひとつひとつが恐怖であり、殺しの描寫が湯氣が出る程生々しく、露骨でえげつない。讀み進むだけで、うんざりする程だ。それでも、カナコの運命、人としての成長も氣になり、ハラハラし乍ら結局、一晩で讀んでしまつた。

 『「超」怖い話』竹書房恐怖文庫シリーズ、『東京伝説』竹書房文庫シリーズ、『怖い本』ハルキ・ホラー文庫を讀み通した者には、お馴染みの惨殺場面かも知れない。どの本ももう一度手に取って讀みたくなるものは一切ない。生々しい描寫が腦裏にこびり附いて離れないからだ。寧ろ、忘れたい位なのに、また新刊が出るとつひ讀みたくなつてしまふ。完全に平山の術に嵌つてゐるやうだ。

ダイナーBookダイナー


著者:平山夢明

販売元:ポプラ社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月26日 (木)

柿取り

Kaki 毎年恒例の都内の實家での柿取り。今年は157個と昨年の半分以下であつたが、粒が大きく、このところの冷え込みで甘みが増してゐるから美味い。尤も昨年は400以上も附けた大豐作であつたことを考へると上々である。
 この日は温かく、子供たちも元氣に手傳ひ、弟が張り切って木登りをしてくれたお陰で、自分は並べるだけの單純作業。肥料もやらず、ほったらかしてゐるにも拘はらず、かうして毎年實を附けて、秋を樂しませてくれるのだから有り難い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月25日 (水)

久し振り

Photo_2 白耳義に居た時はほんたうに親身になつて世話をしてくれたので、恩返しなのですが、17歳の息子は親と一緒に歩くのも煩はしく、かと言つて本人は大人のつもりでも一人切りは無理ですから、原宿の古着屋にもお附き合ひ。更に漫畫の主人公商品が見たいと云ふので澁谷のまんだらけへも案内して、久し振りによく歩いた。

 夜は彼らの店で以前働いてゐた方の店「旬亭よこ田」へ。西部新宿線の井荻は我が家からは遠いものの、出來合ひのいい加減なものはひとつもない、丁寧な料理の居酒屋でうちの家族も交へて大いに昔話に華が咲いた。フランクフルトでの同僚は板前を止め、バレヱの衣装を製作してゐたり、そのまま板前を續けてゐる人の噂話やら、今回の旅行の話、昨年の伯林の話であつたり、昔の失敗談で大笑ひ。
 今年、初めて食した松茸ご飯の美味しいこと。かう云ふ店が身近にないのがとても口惜しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月24日 (火)

根津

Hantei 白耳義からの友人たちの東京での自由行動の日はまるまる案内を買って出たので、早朝の築地から、あちこち回る。晝食はホテル近くの根津の「はん亭」へ。かう云ふ建物好きな自分だけでなく、外人さんも大喜びであつた。
 晝食の定食3,150圓の内容は、前菜小鉢2品、八本のお任せ串揚げ、岩海苔のお茶漬けに昆布の佃煮、そして栗のアイスクリームと値段相應の上品で丁寧な仕事がよく、美味かった。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月20日 (金)

中央公會堂

Kokaido 大阪中之嶋には天井に天女が描いてある煉瓦造りの素敵な中央公會堂が在る。その地下で、京都造形藝術大通信學部の同期生と一緒に夕餉を囲む。綺麗に修復され、天井の高い私好みのレトロな雰圍氣ががよく、柱上の燈火は瓦斯燈であり、料理は近代佛蘭西料理であつた。

 秋刀魚のマリネのアミューズから始まり、ワインヴィネガーが食欲をそそる。前菜には赤海老と魚介のムースのファルス ロールキャベツ仕立て、牛蒡と西京味噌のクリームソース。地元を意識した仄かに薫る味噌風味がよい。そして五種類の豆のクリームスープはレンズ豆等が丁寧に磨り潰されて裏漉しされた滑らかな味はひ。そして、愛媛産鯛のポワレ 茸のプッタネスカソースは東京にはないはんなりとした齒應へに吃驚。
 そして、主菜の肉料理は二品からの選擇で、佛蘭西産マグレ鴨のロースト 花胡椒風味に林檎のクーリを添へてあつた。生憎と火を通し過ぎて固くなつてゐたのが殘念。最後の栗のモン・ブランは量が多く、ややうんざり。折角の最後の締め括りになる筈が重過ぎて疲れてしまつた。

Canard  苦心惨憺の末仕上げたレポートの話や歌舞伎禮賛話やら、文樂の樂しさやら、話込んでゐたら、もう新幹線の時間に迫り、見送りを受けて車中の人となつた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月19日 (木)

文樂劇場

 折角、關西へ來て文樂聽かないで歸へる手はない。白耳義人たちは通譯附で奈良ツアーへ出掛け、自分は用なしとなつたのを幸ひに、文樂劇場へ。近頃は出演者に直接、切符をお願ひできるやうになつた爲、最良の席で觀劇できるやうになつた。

 確か、11年前位であらうか、白耳義の知人の息子を夏休みの4週間預かつたことがあつた。その時に心中ものを此処で初めて聽いて、住大夫だけ抜きに出てゐたことを覺へてゐる。年寄りの方が情があつて上手なのに一番驚いたものだ。

 今回、住大夫は《心中天網嶋》の〈河庄の段〉を演じてくれた。
 妻子があり乍ら、遊女に現(うつゝ)を抜かすし、商賣を疎かにするやうな駄目な若旦那、紙屋治兵衛が主人公。遊女、小春と治兵衛は戀中なのだが、心配した兄、孫右衛門が武士に成り濟まして諭しに來る。兄は遊女こそ女郎で惡女だと決め附けてゐる堅物なのだが、實は小春が治兵衛の妻、おさんからの諦めて欲しいと云ふ手紙を胸にして、心中を諦めてくれたことを知り、心動かされるが、この場面では気持ちと行動が裏腹で、皆、ほんたうのことを口に出せない。そのハラハラ、ドキドキが見所。

 住大夫の語り分けは得も云はれず、伸び伸びと語つてくれた。
騙されたと思ひ込んだ治兵衛は怒り心頭、小春を足蹴にし、今にも打ち明けたいけれど、治兵衛の妻子の爲に身を引かうと云ふ遊女の意地、のぶつかり合ひが素晴らしい。ひょっとするとそんな兄に、或ひは道を外さないとも限らない人間の弱さをとくと考へさせる。この場面を聽けただけでもよかった。間延びせず、適度な緊張感を續ける錦糸の太棹の音も、東京より滑らかに聽こえた。大阪辯の中で聽く文樂は格別であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月18日 (水)

町屋

Mukade2Mukade1 京都の鰻の寝床のやうな民家を「町屋」と申しますが、これは豐臣秀吉の時代にできたさうです。間口の廣さで税金を掛けるのは勿論、戰國時代に荒れ果てた京都に聚楽第を建て、街區を分け、通り毎に商家を定めた壮大な都市計畫であつたのですね。現在、維持困難から手放したり、現代の詰まらない建築に走りがちですが、中には再生してレストランに生まれ變はつてゐる所もあります。

 新町に在る京・おばんざい懐石「百足屋」で夕食を頂きました。磨き抜かれた急階段、天井の高い二階の板の間に一人膳毎にゆるりと地麦酒や冷酒を傾け乍ら、昔の同僚話や獨逸での思ひ出話に華が咲きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月17日 (火)

六角堂

6kaku 白耳義へ戻つても今も生け花を續けてゐると云ふ奥さんの希望を入れて、六角堂を訪ねる。正しくは紫雲山頂法寺と云ふらしいがお堂の形から六角堂と呼ばれ、此処が生け花發祥の地とされる所。何でも聖徳太子が687(用明2)年(587)に四天王寺建立のための用材を探しに此処へ來た時に夢を見て、六角のお堂を建立したのが始まりだとされる由緒正しいお寺である。然も、六角堂の北側で太子が沐浴された池があり、この池の畔に僧坊が在ったことから「池坊」と呼ばれたらしい。

 池坊會館の3階の「いけばな資料館」へも足を運んだ。差程廣くない室内にお寶が並べられてゐて、池坊の歴史が分かるやうになつてゐた。併し、ぶんぱくの特別展でじっくり見てしまつた後だけに、自分のやうに生け花を習ったことのない人には何とも不親切な感じがして、見てもさっぱり解らない。ここから發信しようと云ふよりも、貴重な歴史的資料を見せてあげてると云ふ感じが殘念であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月16日 (月)

ぶんぱく

Bunpak ブルージュの和食レストラン「たぬき」20周年を記念して、日本ツアーを行つてゐる。主催者でもある友人に會ふ爲、京都へ赴く。前日、觀光バスで主だつた神社佛閣は既に訪ねてゐるので、京都文化博物館(ぶんぱく)へ。
1906(明治39)年に建てられた煉瓦造りの舊日本銀行京都支店の別館と展示室の在る本館に分かれてゐるが、この別館が何とも趣があつて好きだ。綺麗に直してある。その昔、東海道の終點であつた三條大橋からもほど近く賑はつたことだらう。

 4階特別展の「いけばな 歴史を彩る日本の美」では、佛樣の献花から始まった生け花の歴史的經緯がよく分かる見易いよい展示であった。

 3階の美術工藝展示室では「日本画展」が開かれてゐた。京セラとワコールの創業を記念して行はれた、1985年~86年の歐米5箇國巡回展「現代日本畫」を再現。康耀堂美術館で初めて知つた現代作家などの作品が並び、わざわざ行った甲斐があつた。見應へのする大きな繪が多く、減り張りのある展示で飽きずにじっくり觀られた。この館勤務の實習で世話になつた先生にも挨拶できた。

 2階の「歴史展示室」では、常設展で京都の歴史が模型などを使つて展示してあつた。色々工夫はしてあるものの、工藝専門會社に任せて造られた學藝員の熱意が稀薄な展示であつた。ジオラマやら人形など其処此処に工夫されているものの全體として見ると印象に殘らない説得力のなさが殘念。漆塗り?の解説板には触るなとか、
來館者が楽しめないのも考へもの。

 1階、飲食店の蕎麦は美味かった!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月13日 (金)

博一おめでたう

N504664_podioaoyamapreview_big 今年の自動二輪ロードレース世界選手権250cc級の年間チャムピオンに青山博一選手がなった。最終戰ヴァレンシアでは、11位迄に入賞すれば総合優勝であったものの、途中コースアウトするは、ライヴァルは轉倒するは、波亂に滿ちたレースだった。

 實は2001年の故加藤大治郎以來の快擧。「大ちゃんに少しでも近附きたい」と背番號74に一番近い73番を附けた2004年にホンダの奨學金を得て世界に挑んでから長かった。調子が良く、MotoGPから聲が掛かつても頑なに250ccの総合優勝を掴んでからと云ふ不器用なところもあった。
 初めて、2004年にホンダの壮行會で見た時は青二才であったが、記者の質問にも最初からきちんと英語で應へるなど、立派なところもあつた。嫌な顔せずにファンに應へてサインをし、弟周平の面倒も見て、よくぞ頑張った。來期のMotoGPも樂しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月12日 (木)

20年前

Brandtor 連日の報道を見るに附け、伯林に住んでゐた20年前に壁が崩壊したことを思ひ出す。當時のサッチャー英首相、ミッテラン佛大統領等も統一を望んでゐなかつたと云ふ秘密文書が出て來たりするだけに、感慨深い。あの時、あの場所に居たのだから。詳しくは「壁の上」をお讀み下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月11日 (水)

湯釜

P1040221 萬座温泉より自動車で15分程度、白根山を登ると火口に水の溜まった湯釜が見える。硫化水素を含んだ瓦斯が水に溶け、酸化して白濁した温泉と同じものらしいが規模が違ふ。今も活動を續ける火山故、頂上から500米内は立入禁止であった。
 そしてこの日の朝燒けの美しいこと。歸へりに草津位まで山から下りて來ると、紅葉も美しく、尾根毎に東山魁夷風の山肌であり、大觀のやうな林であり、觀山のやうな山姿であり、はたまた中國南畫のやうな風景が次々と現れ、ひとり繪を思ひ出して昂奮してゐたのだ。
P1040214

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月10日 (火)

萬座温泉

P1040189P1040212 そして、やっと萬座温泉に到着。海抜1,800米のこの温泉は先史時代から利用されてゐたらしい。現在も昔の噴火口より空吹があり、硫化水素瓦斯が出てをり、源泉へは立入禁止となつてゐる。
 硫黄の臭ひが漂ふものの、白濁したお湯は酸性で美肌効果があると云ふ。丁度、金繼ぎをして漆にかぶれた爲、丁度よかつた。
 今回は夏のビンゴ大會で宿泊券を當てたもの。家族4人の半分の料金で泊まれる譯で、期待せずに往つたが、紅葉も終はつた高原で乾いた寒い中お湯がよく、見晴らしもよく、疲れを癒すことができた。珍しく露天風呂は男女混浴で我が家のレディースたちと一緒に入り、お休みを滿喫した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 9日 (月)

浸み出る

P1040174P1040175 富士吉田や富士宮市にも在りし「白糸の瀧」が輕井澤にも在り。川の水が流れ落ちるのと違ひ、山肌の粘土層の上を流れる地下水が、高さ3米、幅70米位の間で湧き出し、白き糸の如く流れ出る樣より名附けられる。途切れることなく紡ぎだされる樣は豐かな自然なり。落ち葉すらも美し。近くの露天で買ひたる炭燒岩魚も美味。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 6日 (金)

瀟洒な洋館

P1040162 一泊旅行へ行く途中、舊輕井澤の奥を抜ける際、舊三笠ホテルへ立ち寄る。
 1906(明治39)年の開業當時、電燈、英國製タイルを張りたる水洗便所、絨毯等を利用した最先端の西洋宿籠なりき。1970(昭和45)年に癈業する迄使はれ、その後、輕井澤町に寄贈され、優雅なホテルの雰圍氣を傳へるやうに保存。國の重要文化財なり、修復され、往時の美しさが甦りたり。
P1040156 MHの模樣を彫り込んだカーテンレールカバー、煉瓦の暖爐、狹き寝臺、卓子と椅子、洋風箪笥等殘る家具類も美しきなり。但し、天井高く寒々く、快適ならざる住まひ也。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年11月 5日 (木)

帝國ホテルに展示

Teikoku 今週、月曜日から年内一杯、日比谷に在る帝國ホテル、タワー館地下1階「ラ・ブラスリー」前のショウケースに私のツェ伯號グッズが飾られてゐます。お近くをお通りの際は是非ご覧下さい。11月3日で開業120周年なのださうです。その記念としてツェ伯號關連のオリヂナルの物が必要となつたやうです。

  ツェ伯號内厨房、廣告用寫眞
  ツェ伯號で使はれたデザート皿と珈琲杯と受皿
  帝國ホテルが糧食を擔當した初日晝食献立表

 それに日本飛行船提供のツェ伯號模型が一緒です。自分の蒐集品を貸し出すのも初めてであれば、學藝員の勉強を始めて、自分で手掛ける初めての展示でもありました。置く場所を決め、並べて見ても釣り合ひが取れなかつたり、思ひの他時間が掛かりました。自分の蒐集品を白手袋をして並べてゐると、もう美術品相手と云ふ感じで身が引き締まります。
 今回、ツェ伯の料理の中から、「フォア・グラのパテ」「ビーフティー(ビーフコンソメスープ)」が再現された特別料理もあるやうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 4日 (水)

十三夜

Tenugui5YukaLump 先週の金曜日が丁度、十三夜であつたさうですが、すき燒「今朝」の手拭ひ額も紅葉から月に衣替へしました。アクリル板に反射して、餘計なものまで寫り込んでゐますが、林の上を雁が飛ぶ樣が粋です。
 さう云へば、二階部分の絨毯を取り替へ、壁紙も一部取り替へたので見違へるやうに綺麗になつてゐます。話の種に足をお運び下さい。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 2日 (月)

國立博物館

H2 展示入れ替へが迫る中、やっと「皇室の名寶-日本美の華」へ行く。國立博物館、平成館は噂通り大勢の人でごった返し、立ち止まるな、左に流れろと(實際には丁寧な言葉でしたが)、五月蠅いほど注意された。若冲の極彩色、永徳&常信のドデカイ「唐獅子屏風」から、昔教科書で見たやうな有名作品がひしめく、文字通り日本の寶でした。

 以前の國立博物館とは展示方法が違ひ、作品ケースも新調され、發光ダイオード(LED)照明の柔らかい光に替わり、説明文もバックライトの黒板白抜き文字が薄暗い館内で目立ち、見易く、靜かに見られる環境が素晴らしい。見窄らしい、只廣かつたのと違ひ、最先端技術の導入でより身近になつた感じです。
 この平成館1階の「日本の考古」には本物の土偶が誇らしげに飾られ、考古學への興味が沸くやうな展示も好感が持てました。

H1 その足で、そのまま本館へ行くと、これまた案内板も増えて、自分が何処に居るかわかるようになりました。作品群の中には、宗達の「扇面散屏風」であったり、青磁茶碗「馬蝗絆」など有名どころがずらり。

ランチ営業後に来て、瞬く間に閉館時間の17時となり、敢へなく退散。じっくり見ると、丸々一日でも足りませんね。夕闇迫る博物館は照明が當てられ、帝冠樣式が映えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »