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2009年12月29日 (火)

空中遊泳

P1040517 本日で仕事納め。この一年間、お世話になりました。また來年も宜敷くお願ひ致します。

 さて、今年一番の出來事が暮れも押し詰まつてから起きました。ツェッペリンNT号のトワイライトクルーズに乘船したからです。全長75米、乘客10人乘り(他に操縦士2人)のヘリウム瓦斯で飛ぶ安全な飛行船は世界にまだ3隻しかない爲、觀光、學術調査等もっと利用してしかるべき乘物でせう。

P1040584 桶川のホンダ・エアポートから時速凡そ75キロ、上空500米で航行。大宮、池袋、上野、淺草、兩國、業平では眼下に聳え立つ建設途中のスカイツリー。完成すると航空法により近寄れないさうだから貴重な姿が見られた。
 そして、この日は日本晴れ。何処迄もよく見える。房総半嶋が前方左手に、右手奥には横濱ランドマークタワーがぽつねんと見える。シートベルト着用サインが消えてからは、ゴンドラ内を歩くことも可能。但し、ゴンドラの大きな窓はビニール製なので手を突かないで下さいとのこと。落下する可能性もある。一部窓も開けられ、冷たい外氣が心地よい風となる。
P1040617  そして、円の形の屋根の日銀、國會議事堂、有樂町、汐留の摩天楼脇に小さな自社ビルを發見。上空から見えるとは思ひもよらず大感激。その後、六本木ミッドタウン、ヒルズの脇を通過し、表參道、澁谷まで來ると、今度は何と自宅まで確認できた。義父、義理母は庭から手を振つてくれたと後で知る。その時は見えず。そして、新宿の高層ビル街、中野を通り過ぎる邊りで日没となり、夕日を背景に富士山がくっきりと見える。
 1時間半の絶景を存分に樂しめた貴重な體驗であつた。P1040649

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2009年12月28日 (月)

十四代

 清酒の話ではない。十四代今右衛門の話。銀座、和光並木ホールで行はれた「色鍋嶋 今右衛門の世界展 -名窯のたゆまぬ歩み-」へ行った。
 この日は十四代ご本人のギャラリートークもあり大盛況。秀吉に連れられて來た陶工が窯を開いてから、鍋嶋藩の庇護の下赤繪專門技師として大名の贈答品を造つてゐたのが、維新後注文が無くなり、器そのものから一貫生産する窯元になり、戰前は宮家や大金持ちからの注文で成り立つてゐたさうだ。
 それが、戰爭に負けると高級品は賣れなくなり、廢業まで考へて細々と續けてゐたところ、大企業からの注文が入りやっと息を吹き返したと云ふ。苦難の歴史はお客樣あつての工藝故、多くの方に支へられてゐることを強調されてゐた。

 十代や十一代の優れた作品を寫し、新たな味を加へて新しい十四代らしさを加味した作品も並び、十四代は江戸時代に背景畫に使はれた「墨彈き」と云ふ技法を現代の食器に活かしてゐる。いつかは1つ欲しい器が澤山あつた。まづは先立つものを貯めねばなりませんね。

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2009年12月26日 (土)

美味

Kamo 今年はすきや連のお陰ですき燒ばかり食べた氣がする。淺草のちんや、淺草今半、ホテル・ニューオータニの岡半、それに7月に京都三條の三嶋亭と相當な量の和牛が腹に納まつた譯で、それが加重の原因か。
 その分、佛蘭西料理を食べる機會は意外とない。そこで友人と連れ立つて滿を持して食べに行くことにした。勿論、基督降誕祭の前でなければ、お店も忙しいばかりできちんと對應してくれないので、平日のランチである。場所は神樂坂、一本入つた靜な通りに在る一軒家のレストラン「ラ・トラス」。何の前情報もなく、何となくで選んだが、こんなに旨いとは驚いた。

 久し振りに逢ふ友人とワインを酌み交はし、美味に舌鼓を打ち、ゆったりとしたいい時間を過ごすことができた。メモを取つて料理報告するのを目的としてゐなかつたので、細かいことはすっかり抜け落ちてゐる。繰り出される料理の數々の鹽加減から火入れまで絶妙なのだ。大好きな鴨料理だけ寫眞に撮らせて頂いた。ロゼ色に輝く肉と肉汁を使つた重たくないソースが滿腹になりつつある胃にも優しい。デザート、プティフール、エスプレッソ迄大いに滿足した。

 實は豫約を入れた後で、ミシュランの一つ星を取つた店だと知った。靜かに落ち着いて食事ができれば何処でもよかつたのだが、ミシュランもあながち莫迦にはできない。白金の縁取りの磁器や四角い器等最近の流行は器にも現れてゐた。また、行ってみたい。


 

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2009年12月25日 (金)

愛すべき畫家をめぐる物語

 謹んで基督降誕祭のお祝ひを申し上げます。すき燒店では全然關係がなく、この不景氣によ自宅過ごす人が増えたやうですね。歐米なら家族で過ごすものですが、正月前に實家に歸へる人も少ないことでせう。

 さて、23日までやつてゐた「ロートレックコネクション 愛すべき畫家をめぐる物語」展を觀に文化村ザ・ミュージアムへ行った。1987年だったか、西伯林のノイエ・ギャラリーでロートレックの一大回顧展があり、世界中からポスター、油繪だけでなく、相當數の素描畫が公開され、非常に強く記憶に殘つてゐる。それ以前も80年代半ば迄にミュシャやシェレと並んで、世紀末商業ポスターの展覧會が開かれて足繁く通ったので、親しみのある作家だ。倶樂部のポスターやベルランのメニュの表紙や文字等随分と真似させてもらった。まだ手描きだった時代だから、幾度も鉛筆で描いては直し、ペンで清書して複寫して切り貼りして原稿を作り印刷したもの。

 今回の展覧會はロートレックの交友関係に注目し、師匠、影響を受けた同時代の人物、交友のあつた畫家等の作品も一緒に飾られ、ベル・エポックの時代がくっきりと浮かび上がるよい展覧會だった。然も、驚くことにロートレックの生家、ボルドーのマルメロ城美術館から作品を借りた他、その殆どが國内の蒐集家から借りたものばかりであった。京都工藝繊維大學、サントリーミュージアムの他、最も多いのが川崎市市民ミュージアム。此処には三浦コレクションとして収藏された作品が多いやうなのだ。今度行ってみないといけない。

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2009年12月24日 (木)

贋作

 誘はれる儘に歌舞伎學會と云ふものに出席した。お目當ては、昨年寫樂の肉筆畫發見と騷がれた《假名手本忠臣藏》の「二段目圖」扇面が贋作の可能性があると云ふ新藤 茂先生の講義。

 鑑定で真筆と認めるのはよいが、本物と証明されたというのはおかしくはないか、
 比べるべき本物が少ないこと、
 東洲齋冩樂の「齋」の字がこの時代に珍しくこれだけ「齊」となっていること、
 この年代は既に「東洲齋冩樂」ではなく「冩樂」だけの版畫が多いこと、
 書き込みに不自然な点が多いこと、
  例へば五代目松本幸四郎は鉤鼻と顎が特徴あるのにそれが出てゐないので、四代目と間違へてゐる、
  二段目の科白があるので歌舞伎に詳しい人らしいが何時書き込まれたのは
 判らないが扇にしてからだと不自然(筆書きの際に折り目で引っ掛かる筈)
  加古川本藏と戸無瀬が婚約者同士小浪と力彌を引き合はせようと云ふ科白だが、繪の女性は小浪
 本蔵と小浪が立ち姿でいるのも二段目としては不自然
 他の寫樂の版畫の部分を集めるだけで似た繪が描けること、
 加古川本蔵の髷の形は現在の形と違ふが、過渡期であつたのでこれは判別材料にならない
 娘小浪の髪飾りが少なく娘ぽく描いてゐないことや、家紋の位置が不自然、
 赤ではなく黒い着物は二色刷には他に例もあるがおかしくはないか、
 本藏の手にもつ扇子の端が赤、刀の鞘も赤は解せない…

等多くの疑問點を擧げられ、本物と斷定するのはどうかという提議であった。反論する人もあつたが、非常に説得力のある説明である。今後の行方が知りたくなる。

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2009年12月22日 (火)

文樂鑑賞教室

Utiiri 年に一度、東京で行はれる「文楽鑑賞教室」へ友人を誘つて行った。大夫、太棹三味線、人形の遣ひ方等の説明に簡單な粗筋説明がされ、休憩後に《假名手本忠臣藏》から先日寺子屋で聽いた大序の後、2段目を抜かし、下馬先進物の段、殿中刃傷の段、鹽谷判官切腹の段、城明け渡しの段のみ演じられた。前半の一部分ではあるが触りとしてはとてもよい選擇。演者にとつてもよい勉強になるのだらう。若手中心で、普段はできない役も附くやうだ。

 始大夫の太くで大きな聲はますます安定してをり、津國大夫も聞き取り易く、津駒大夫は切腹の段を通しで熱演してくれた。文樂で聽くのは久し振り故、中村座の歌舞伎を思ひ出す。師直の憎々しげなところ、實直な若狭助と鹽谷判官、そして驅け附けて來て後、青竹で封印された城の表門の前で主君の家紋を提燈から切り取り、自刃した時の形見の刀を見て決意を新たにする由良助の思慮深さ等、よく表現されてゐました。
 〈城明渡しの段〉は殆どが三味線だけで、最後に「はつたと睨んで」しか語りがありませんが、それが却つて劇的な効果を生むのですね。城から遠ざかる樣子も背景がバタリと前に落ちて遠景になるところも好きです。忠臣藏は何度聽いても感銘を受けます。

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2009年12月21日 (月)

文樂12月公演

 《近江源氏先陣館》と《伊達娘戀緋鹿子》を國立劇場で聽く。
 前者は大阪冬の陣で真田信之&幸村兄弟が敵味方に分かれて戰つた話を鎌倉時代に移した作品。後者は八百屋お七の振り袖火事を題材に、戀人の爲に火事でもないのに半鐘を鳴らして夜中に木戸を開けさせる話。勿論、今で云ふ騷亂罪の爲死罪。

 今回の前半最後〈盛綱陣屋の段〉は千歳大夫がますます聲だけ熱心で情が傳はらず、駄目であつた。文字久大夫は錦糸に支へられて、何とか無事語り終へた感じ。後半〈火の見櫓の段〉では豐松清十郎の娘お七が可憐で、櫓を登るのに雪で滑る樣など人形の方が却つて現實的に見え、十月に觀た福助の方が樣式美に彩られてゐた。

 傳統藝能情報館では「新歌舞伎の世界」展が開かれていた。明治以降の新しい歌舞伎の潮流を分かり易く展示。短編映畫も上映され、展示物だけに頼らない展示がよい。

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2009年12月18日 (金)

別天地或ひは理想郷

 先日、造形大の先生方の集まりが弊社であり、名刺交換と共に頂いた招待券で、出光美術館の「ユートピア 描かれた夢と樂園」展を觀に行く。

 Ⅰ夢ものがたり
 Ⅱ描かれし蓬莱仙境-福壽と富貴
 Ⅲ美人衆芳-戀と雅
 Ⅳ花樂園-永遠なる四季

と分かれ、主に掛軸や屏風、磁器等収藏品が品良く、清楚に並べられてゐた。低い天井の壓迫感がなく、薄布で仕切り、和歌が書かれ、順序を指し示す看板すらも見易く、書き込まれた文字も説明文の横に印刷されてゐるのが嬉しい。來館者の立場で展示され、さすがは笠嶋忠幸先生(學藝員)の展示であつた。

 桃山時代の屏風繪は激しい色遣ひなのに、嫌味がなく、剥げ落ちた胡粉すら美しい。此処の収藏品はどれだけあるのか知らないが、世界に誇るべき書畫が殘つてゐるのは素晴らしい。休憩所からは日比谷濠を挟んで楠木正成像、二重橋、遠くに武道館等を望む位置にあり、無料のお茶を啜る老人たちが電線の雀のやうに連なり、大きな聲で話してゐたのも印象に殘つた。

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2009年12月17日 (木)

職権亂用

Sinkoku 1800(寛政12)年6月17日の午前から翌朝迄の凡そ20時間を描いたプッチーニ(1858 - 1924)が描いた歌劇《トスカ》。佛蘭西革命により一時は共和國制が開かれたものの、羅馬(ローマ)は再びナポリ王黨派の支配下となり、妹マリー・アントワネット(1755 - 1793)の敵を討つが如く、ナポリ王妃マリア・カロリーナ(1752-1814, マリア・テレジア10女)は徹底的な粛清彈壓を加へてゐた。6月10日に警視総監になつたばかりのスカルピアは元共和國領事アンジェロッティの脱獄を知り、トスカを操り探し出さうとする。

 嫉妬深いトスカは教會でマグダラのマリア像を描く戀人カヴァラドッシが浮氣をしてゐたと吹き込み、それを糾す爲にアンジェロッティを匿つてゐる筈のカヴァラドッシの所へと行かせる。そして、政治犯と女としてのトスカを一石二鳥で手に入れやうとほくそ笑むスカルピアが憎々しげでないといけない。マレンゴの戰ひで佛蘭西軍を追ひ返したと云ふ一報が届けられて戰勝を祝ふミサが行はれる前で、スカルピアは野心を語る第一幕終幕部分の迫力たるや、他に比べるものがない。

 今回の新國に於けるアントネッロ・マダウ=ディアツの演出は迫り出しを巧く使ひ、瞬く間に祭壇が背景に現れたのが素晴らしかつた。ジョン・ルンドグレンのスカルピアもなかなかよい。カヴァラドッシ役のカルロ・ヴェントレよりも男前なので、冷酷無慈悲な感じがよく出てゐた。かう云ふイヤな奴が居るから善人が引き立つのだ。

 バスのルッジェーロ・ライモンディがこのバリトン役に挑んだ映畫から〈テ・デウム〉

 そして、脱獄囚が見附からないとなると、カヴァラドッシを隣の部屋で拷問の末、聞き出してしまふ。その〈拷問〉場面

 その後トスカに殺されてしまふのだが、スカルピアの存在感は光る。現存する建物での物語の展開は、現實の雰圍氣を壊さずに、歴史劇として見られる装置にするのがたいへんだらう。第一幕の聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教會、第二幕のファルネーゼ宮殿(現佛蘭西大使館)、そして第三幕の聖アンジェロ城。この屋上から追い詰められたトスカは飛び降りてしまひ幕引きとなる。

 歐州に渡って劇場で覺へた歌劇故、細かい歌の意味は知らなかつたが、第二幕でスカルピアが夕食で飲んでゐるのが西班牙ワインだと初めて知った。字幕もよいものだ。
 フレデリック・シャスランの指揮はテムポもよく、ぐいぐいと劇中に飲み込まれて行く。主題が終はる毎にやや空白が生まれるのが殘念であったが、深い低音から高音まで東フィルから音を引き出し、熱演であつた。

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2009年12月16日 (水)

福富太郎蒐集品

Kiyokata サントリー美術館で開かれてゐる「清方ノスタルジア -名品で辿る鏑木清方の美の世界-」展の教育プログラム、トークライブに參加した。明治學院大學教授、山下裕二のセミナー「最後の繪師・鏑木清方 福富太郎コレクションを中心に」だが、非常に爲になつた。

 畫家と云ふよりも、物心附いた頃から筆を持ち(筆ネイティブ)、江戸時代と地續きで記憶に殘る頭の中をするりと描ける繪師であった清方。山下少年の清方との出會ひは、切手であつた。
 この清方は挿繪仕事から繪の仕事を貰ひ、徐々に活躍の場を廣げた人。1920(大正9)年の第二回帝展に出品した「妖魚」が受け入れられず否定されるどころか、獨逸の幻想畫家ベックリンのパクリだと云はれて深く傷附き、どうも官や國の展覧會には反發してゐたらしい。自分の範疇を超えた作品を評價しない審査員は器の小さい輩で、駄目だと山下先生はばっさり。清方は氣乘りしない委託品の場合、どうも着物の柄が單調なのに、好んで描いた美人畫の場合、絞りや江戸小紋に至るまで精緻に描いてゐる。

 そんなことを聞いてから、展示を觀ると繪師の氣持ちが汲み取れる氣がした。そして、かう云ふ繪を澤山買ひ集められた、福富さんには感謝しなければならないだらう。美人畫や幽靈畫に戰爭畫と云ふ官展で評價されないけれど、自分が好きな作品だけを集められのが凄いのだと云ふ。評價の決まつたものだけ、薦められるままに買ふやうでは一流の蒐集家ではないと山下先生。會場に來られてゐた福富さんも、褒められて素直にお喜びだった。

 昔はテレビでも見掛けたが、キャバレーで財をなし、それを元手に繪を買ふなんて粋な人なんだなあ。

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2009年12月15日 (火)

寺子屋

 お寺から文化を發信しようと池上實相寺で始められた寺子屋の「文樂ワークショップ」に今年も參加した。間近で人形が見られ、懇親會では直接話が聞けるのが魅力。
 最初に桐竹勘十郎、竹本津駒大夫に鶴澤燕三の三人で《假名手本忠臣藏》の失敗談や思ひ出話が話された後、素淨瑠璃で〈大序〉が語られた。そして、勘十郎さんの解説で人形の構造や遣ひ方を見せて貰ひ、八段目〈道行旅路の嫁入〉を戸無瀬はなしで、加古川本蔵の娘、小浪だけで演じてくれた。背景の富士がバタッと手前に落ちて琵琶湖に早變はりする話を事前に聞いてゐたので生き生きとその状景が浮かぶ。
 大好きな九段目〈山科閑居の段〉は難しいのだとか。住大夫の泣きが耳に附いて離れない、否、携帶電話にもCD丸々入れて聽込む程惚れ込んでる箇所なのだ。津駒大夫は朗々と語るので聞き取り易くて好きだ。燕三もノリがよく、響かないお寺の座敷でも迫力滿點であつた。

 住大夫はスミタユウなのに、何故、津駒大夫はツコマダユウなのかずっとタユウとダユウの違ひをどこでするのか氣になつてゐたが、大夫の前に音二つなら濁らず、それ以上なら濁ると初めて知った。成る程ねえ。

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2009年12月14日 (月)

オイル燒

OilyakiOkahan レストラン協會の納會がホテル・ニューオータニの岡半で開かれた。28名が入つて丁度の40疊位の座敷に卓子と椅子と云ふスタイル。お通しの後、牛肉の佃煮が出て、オイル燒。これは結構油が飛ぶので弊社では厄介ものなのだが、此処ではそんなことは全く氣にせず、仲居さんが上手くレアで燒いてくれた。卸し醤油で小さっぱり頂ける。續いてサラダがあり、鍋を取り替へて、主菜にお待ちかね「すき燒」である。

 玉葱や麩が入るものの割り下が辛口仕立てなので、甘くはならないところが、さすがである。春菊はなく三つ葉と云ふ違ひもあり、實に愉快。どうして、かうも色々すき燒にヴァリエーションがあるものかと思ふ位、微妙に違ふのがいと樂し。ご飯は玉子掛けご飯にして召し上がつて下さいとの案内があり、さうして頂いた。飯が美味い所爲かぺろりと食べてしまつた。赤出汁、香の物を一緒に頂き、最後の水菓子には大きな苺が2つ。心尽くしのサービスも心地よかった。見習ふべき點が多く、大いに勉強になつた。

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2009年12月12日 (土)

真白き富士

Fuji3 手拭ひ額を飾つたら、ふと小倉百人一首の山部赤人の歌を思ひ出した。

   田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

 併し、これは『新古今和歌集』に撰定される際に改訂されたもの。『萬葉集』の原文は

  田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける

 真ッ白だとか、降りけるが凡庸だと感じたのでせう。にしても、勝手にいじるかなあ。

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2009年12月11日 (金)

試用依頼當選


ブログネタ: 『【ナレッジストック】シリーズ』モニターキャンペーン参加数

 ナレッジストックシリーズの中から「ツインリングノート(A4普通横罫 )」と「メモパッド(5mm方眼罫)」の2種類の試用依頼(モニター)に當選した。  樂して澤山文字を書きたいので、筆壓を掛けずスラスラ書けるのを理想とする爲、文房具は五月蠅い方なのだ。果たしてこのノートを使つてみると…

 この「ツインリングノート」はミシン目が入りすぐに切り離せるのもよく、二つ穴が最初から開いてゐるのでそのままファイルに保管することもできて至極便利。そして、輪護謨が附いてゐるので途中に紙を挟んでも抜けないのがよい。但し、その爲にノート自體が撓むのでそれが氣になる。その上、普段メモ代はりに使ふノートはA5版の8.5粍幅と云ふ太い罫線のもの故、このA罫7粍は太い萬年筆でサラサラと書くには細過ぎる。
 紙は後ろ寫りの割としない中性紙なのかよいが、通常のボールペンでは引っ掛かり、ゲルインク型ボールペンが一番書き易いが自分には柄が細いので合はない。同じサイズ乃至は半分のA5サイズで8.5粍罫が欲しい。

 一緒に附いて來たメモパッドは方眼故、圖形も描き易くてよい。但し、こちらは裏が粘着性ではない爲附箋として使ふにはセロテープか糊を必要とするのが難點。

 自分のやうに五月蠅さ型でなければ、十分に使用に耐えるどころか、非常に好まれるだらう。

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2009年12月10日 (木)

中山道廣重美術館

Nakasendou お目當ての中山道廣重美術館での公開講座。地元商店街の方で館の理事からは、寄贈浮世繪を仕舞ふ場所を造ることから始まった館の生い立ちと、豫算が削られる中での「まちづくり」の館の運營に就いて、師匠からは賞を設けて小中學生の版畫コンクールを立ち上げ、館外近在の村に展示して好評を得て、地元の理解を得られたことなどを聞く。

 そして、地元ボランティアによる解説で「廣重と巴水 -日本の風景-」を觀る。江戸時代に盛んであつた浮世繪が、明治以降廢れ、新たに再興するのに際し、川瀬巴水は自分の眼で觀た風景をよりも多色刷りで表現してゐたのださうだ。並べられた作品を比べてよく觀えたので、その違ひがよくわかった。

Honjin その後、中山道、大井宿の一部を歩く。此処でも地元ボランティアの説明がよい。濃尾地震で大半が崩れた爲、多くは殘つてゐないのだが、所々に散在する遺構を觀る。防衛上直角の曲がった街道「櫛形(クシガタ)」、豪商の卯建(ウダツ)、今では一軒しか殘らない宿屋、庄屋の建物、本陣跡の門(畫像)、明治天皇行幸の家(未公開)等、よく見れば随所に江戸時代が殘つてゐた。

 60名も參加した懇親會、飲み足りない同期生に一部先輩も混ざり宴席も設けられ、賑やかな「秋の収穫祭」は幕を閉じた。惠那は「栗きんとん」がこの時季の特産だと云ふので、二店舗で買ひ求めて味比べ。孰れも美味し。

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2009年12月 9日 (水)

何これ

Spoon 造形大の課外授業に參加する爲、岐阜縣惠那市まで來た。早めに到着して一緒にランチを食べようと思つてゐた車の関西組の到着が遅れ、先生お勸めの鰻重が食べられず、壽がきやの290圓ラーメンになつてしまつた。然も、このラーメンスプーンは何ですか?どうやつても食べ辛い。
 ところがこのスプーンは「ノリタケ」と、意匠家の共同制作で作られたものらしい。通になると、スルリと麺と汁が一度に食べられると後で耳にしたが、どうやっても食べにくい。利用者の氣持ちを考へて考案したのか疑問。

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2009年12月 8日 (火)

拝む

Fuji 今年は夏以降幾度も西へ旅立ったが、今までずっと拝むことのできなかった富士山。この日は久し振りに暖かな上、くっきりと新幹線から觀えました。

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2009年12月 7日 (月)

日本美術展覧會

Sinbi 新國立美術館で第41回「日展」を觀る。ご存知の通り、100年以上の歴史を持つ王道を行く全國規模の公募展覧會のこと。日本畫・洋畫・彫刻・工藝美術・書と各分野に分かれ、入賞數も格段に多いが、近年應募も入場者數も減って來てゐると云ふ。少子高齢化の影響は彼方此方に出てゐるやうだ。

 日本畫では蓼科の實習で擔當した大嶋秀信や、奈良万葉文化館で知つた加藤美代三等、まるで舊知の間柄のやうな知人に出逢つたやうな嬉しさを覺へる。大嶋は好みの青を主に描かず、稲穂の黄金色に真っ黒な空と一部夕燒の殘る赤い空を描いた「草原」、加藤は山野風景ではなく木々の下に寫る鯉の居る池「庭の池」をやんわり描いてゐた。
 洋畫では成田禎介の日本アルプスから手前の岩山、そして眼前の林に至るまで細かく、寫眞のやうにきっちりと仕上げた繪「巌山の風景」が一番気になり、續いて特選を取つた佐藤祐治の「古城の村」の俯瞰した構圖で一枚一枚煉瓦の瓦を描き出してゐたのが印象に殘つた。トスカーナであらうか、見たことのあるやうな風景に釘附けになつた。
 希臘彫刻と違ひ女體の神秘や若さを彫った彫刻が多く、工藝ではこれが革か、漆かと驚くような技法の作品が並び、書はひとつも讀めやしないけれども、作者の氣迫を感じさせる大擔なものから、假名文字の流れるやうな美しさまで色々あり、一々納得して見てゐた。額装だとか、裂地やマット紙も氣になり、巻子も表具師が仕上げるのか、餘計なことばかり氣になつてしまつた。
 これ程、大きな作品ばかり並べるのは並大抵ではない筈。順番を決めるだけでも、相當骨を折っただらうとか、考へてしまつた。

 外には紅葉、斜めの光が入り口をクリスマスツリーのやうに見せた。

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2009年12月 5日 (土)

親父たちの對談

 昨日發賣された雑誌『dancyu』のすき燒特集に弊社すき燒今朝も出て參ります。雑誌表紙も巻頭も寿司特集ですが、後半は「すき燒劇場」と題した特集です。四代目の私の父が對談に加はつてをります。横ちょに座つて一部始終をちんやの住吉さんと聞いてをりました。それが文章になつて、なかなかよく出來てゐます。伊勢重、江知勝、ちんやの細かい作り方の違ひに、松阪の和田金、京都の三島亭も出て來てなかなか賑やかな紙面。お勸めします!

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2009年12月 4日 (金)

北歐家具

Operacity オペラシティもすっかり基督降誕祭仕樣になつてゐた。

 さて、瑞典(スウェーデン)の家具イケアが以前の撤退をものともせず、再度出店して好調なやうだ。我が家でも幾つか使つてゐるが、北歐の家具は簡素な意匠乍ら使ひ易いものが多い。リラクゼーション空間を探求し續けた丁抹(デンマーク)の意匠家、「ヴェルナー・パントン展」を觀た。

 鐵線や新素材であつたプラスチック一體成型と云ふ世界初の手法で、流れるやうな形を實現し、奇抜な意匠で家具だけでなく、部屋や展示場のやうな空間意匠も手掛けた人だ。真ッ黒な壁の前に椅子やや照明は飾つてあるのだが、奧へ進むと靴を脱ぎ體感する作品もあつた。
 「ファンタジー・ランドスケープ」は「未来の室内」を骨格發想に洞窟のやうな誂へで、自由に座ったり横に臥せつて感じることができる。但し、赤や青の原色のソファーがそのまま天井に繋がっているやうな感じで、360度見回しても、フェルト生地に囲まれて、何だか體内か腸の中に居るやうな閉塞感を味はふことになる。何時の間には消化液が出て來て、消されてしまふやうな不安を味はつたが、若い女性は其処に嵌るやうにして寝轉がり本を讀んでゐたのだ。正しい體感だが、正直これには驚いた。自分はとても落ち着かず、60年代、70年代の幻覚や陶酔状態(サイケデリック)な樣相に頭がクラクラしたのにである。若人恐るべし。未來は薔薇色に考へられてゐた當時の感覺、大阪萬博の假設展示館(パヴィリオン)で見たやうな派手さと幾何學模樣は自分には俗惡にしか感じられない。

 階上では、東京オペラシティが蒐集した収藏作品、「奥山民枝」と「住田大輔」の作品を纏めてそれぞれ觀ることができた。自然の中に肉感的なエロティシズムを見出した奥山に對して、住田はねっとりとした色の重ねの質感でアニメのやうな油彩を描いてゐた。孰れも全く好きになれない作品ばかりなので、逆に興味深かった。こんな機會でもないと、決して見ないからだ。細部に亘って丹念に描かれてゐる。實に細かいので、そこから何か發しやうとしてゐる強烈な個性はある。でも、好きにはなれなかつた。

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2009年12月 3日 (木)

新維納樂派

 新國で新演出のベルク作曲、歌劇《ヴォツェック》を觀る。貧困に喘ぐ兵士ヴォツェックが、内縁の妻マリーがマッチョな鼓手長と關係を暴き、云はば痴情の縺れから殺人を犯すと云ふ、今でも何処にでもありさうな粗筋である。ゲオルク・ビューヒナー(1813-1837)の戯曲にベルクが無調で曲を附けてをり、耳慣れない不協和音や半ば叫ぶやうに歌ふ「シュプレヒシュティンメ」が異樣だつたが、今や21世紀にもなると違和感がない。20世紀前半の古典として聽ける。

 初めて耳にしたのは、1984年であらうか、獨逸文化會館でオペラ映畫連續上演したことがあり、その際にロルツィンクの《皇帝と船大工》、ワーグナーの《タンホイザー》と《マイスタージンガー》と共に、通って觀たのが最初だらう。ませた學生であつたが、更にベーム指揮のLPを買ひ、頭の中が解れて絡み合つた糸のやうになり乍らも必至に聽いたものだ。そして、迎へたベルク生誕百周年の1985(昭和60)年に、若杉弘指揮の歌劇と小澤征爾指揮の演奏會上演と兩方聽いてゐる。手堅く纏めた若杉と、赤く異樣に光る月と歌の入らないオケだけの箇所だけが際立って上手だった小澤共々印象深い。それ以來、一度も聽いてゐなかつたが、案外記憶は確かなもので、細かい所も覺へてゐたし、存外に獨逸語が歌よりも聞き取り易いので吃驚した。

 今回の上演はミュンヘン國立歌劇場と共同制作され、クリ-ゲンブルクの同じ演出が二つの歌劇場で觀られる。不氣味に太った大尉のヒゲを剃る場面は、空中に浮かぶやうに天井の高くて、お小水のやうな黄色い染みがあちこちにでき、奧に高窓のある地下室のやうなところから始まる。そして、それが後方に移動すると、全面に水を張った真っ黒な舞臺が登場し、ピチャピチャ音をたてて人が移動するのが更に陰鬱さを増す。ヴォツェックで人體實驗する醫者はコルセットで身體を固め、兵士仲間や酒場の客は髪が抜け、白塗りの死人のやうであり、伊藤潤二の恐怖漫畫か、ティム・バートンの惡趣味映畫か、ゾンビのやうな惡夢を見させられてゐるやうな異樣さが附きまとふ。手前の水場はそのまま、兵舎にも酒場にも、勿論沼地にもなるのだが、その後ろにはヴォツェックが唯一の拠り所とする家庭が常に浮かんでゐて、全く隠さないのは重々しい雰圍氣を増してヴォツェックが狂氣に驅られて行く樣をよく現してゐた。逃れられない現實、家族を養はねばならない重荷、浮氣が氣になる内縁の妻。

 明るさのない、絶望感だけが廣がる中、唯一、ヴォツェックとマリーの子だけが終始部屋の中に居て、冷靜に回りを見て現實を把握し、最後にマリーの死體が上がったことを知らされた時、普通は原作通り木馬に興じて痛々しさを強調するが、今回の演出ではナイフと人形を手にしっかり前を見据えて、「ポッポ。ポッポ」とだけ歌ふのが強烈であつた。ハーフなのか、子役の中島健一郎は輝いた目としっかりとした演技が立派だった。ヴォツェック役のトーマス・ヨハネス・マイヤー、大尉役フォルカー・フォーゲル、鼓手長役のエンドリック・ヴォトリッヒ、マリー役のウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイ等主役人と醫者役の妻屋秀和は好演。

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2009年12月 2日 (水)

十周年

 ベルランで幾度か演奏して戴いたことのある、「藝者絃樂四重奏團」が10周年を迎へた。見目麗しき、藝大出身の同期の絃樂奏者たちが折々集まり、演奏を續けられたのは素晴らしい。弊社、すき燒今朝の座敷でCDのジャケット撮影をしたこともある。

 藝者として演奏する際は、本名ではなく源氏名で通す。春奴、雪之丞、紅玉、晶の織りなす響きはとても心温まるもの。オーチャードホール・ビュフェを會場に開かれた十周年記念パーティーでは、珍しくモオツァルトの絃樂四重奏曲第二番を皮切りに、スライドショウを間に挟み、タイユフェールの曲から濱田省吾であつたり、幸松肇編曲の〈ちゃっきり節〉であつたり、獨自の個性が現されてゐた。普段、演奏をお願ひした時比べて、肩の力を抜いた、演奏そのものを樂しんでゐる風であつた。これから先も、ずっと活躍して欲しい。十周年おめでたう。

Music絃香


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2009年12月 1日 (火)

韃靼人の踊り

Tama1 先日の休みの午後、娘が出演する吹奏樂の演奏を聽く。私學なので、學校の講堂に小學校から大學迄の各吹奏樂團が揃ひ、各々得意の演目を披露してくれた。もともと、聖歌隊で人數不足を補ふ爲に借り出され、私の附く燒刃の指導で何とか樣にはなつたが、舞臺上でほんたうに音を出してゐたのか甚だ疑問。本人は樂しさうにしてゐたのでよしとしよう。

 中學は三年生が抜けたとは云へ70名の大所帶、高校は40名と自分が所屬してゐた頃の倍以上の人數がゐる。そして、大學生四年生が就職活動で引退した爲、やや心許ない編成であつた。個別にとても上手な人が居るものの、ボロディンの〈韃靼人の踊り〉では、木管の獨奏が指が回らずくっきりした音が出ず殘念であった。

 そして、この日の晩、大學オケの演奏會でも偶然〈韃靼人の踊り〉が奏でられた。一日にして違ふ編成で同じ曲を耳にするのは初めてであった。併し、贔屓を抜きにしても、我が後輩たちの演奏はとても立派で、心の籠もった音を樂しんで出してゐた。特に、〈韃靼人の踊り〉のオーボエやクラリネットの獨奏が自分の腕前を聞いて欲しいと云はむばかりに、難しい箇所をいとも簡單にさらりとやってのけ、技巧を誇示するでもなく、全體に埋没するでもなく、しっかりと主張してゐるのがよかった。

 最初のシュトラウスⅡの〈かうもり〉序曲は輕やかで飽くまで維納風、低音の支へがよく音の釣り合ひが素敵。メインのラフマニノフの交響曲第2番は複雑な管絃樂法に苦戰せず、そつなくこなし、浪漫的で重厚な音を響き亘らせてゐた。アンコールにはチャイコフスキイのバレヱ《眠れる森の美女》より〈ワルツ〉。我々が現役の頃はこんなに上手ではなかつた氣がする。多摩センターのパルテノン多摩を一杯にした聽衆は遠くまで足を運んだことを後悔せずに歸へることができた。

畫像は驛前の電飾。
Tama2

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