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2010年1月29日 (金)

肉筆

 先週末に羽黒洞へ、六代目國政さんをお誘ひして「肉筆浮世繪展」を觀に行く。狭い店内に効率よく軸が掲げられ、實に見易い。絞りの生地や細かい着物の柄を丹念に描いてあり、遊女の格、紅を重ねて塗り、亂反射して玉蟲色になつた唇、虎繪が透ける絽の羽織、折り紙をして遊ぶ遊女、猫のやうな虎繪等樂しく拝見した。
 珈琲を御馳走になり乍ら、掛軸の裂(キレ)の話になると、それ程興味があるならと、わざわざ奧から「千姫像」を持ち出して、掛けてくれた。本田家の家紋があることから、秀頼に死なれ、再婚してからの繪らしいが、回りの布地に藤色の五七桐の内掛けを使った見事な作品であつた。繪に合はせて、布地面も同時代のものでないとしっくり來ないと云ふ。織り柄が美しい反面、凹凸があるので裏打ちはたいへんであつたらう。澤山觀ないと判らないことがある。

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2010年1月28日 (木)

脇坂家

Utiiri けふは舊暦の12月14日。赤穂浪士討ち入りの日である。
 私共、すき燒今朝の裏手に當たる汐留は、その昔、播磨龍野藩、脇坂家の上屋敷であった。1701(元禄14)年に淺野内匠頭が吉良上野介に殿中で斬り附けたが故、淺野家の居城、播州赤穂城を引き渡せねばならなかった。その際、幕府から受け渡しの役を仰せつかつたのが、この二代藩主、脇坂 安照である。その後1年半、新しく永井直敬が赤穂藩主として赴任する迄、赤穂城の在番を務めてゐる。

 この、脇坂家は、嘗て賎ヶ岳の七本槍(加藤清正・福島正則・加藤嘉明・平野永泰・脇坂安治・糟屋武則・片桐且元)の一人として勇名をはせた脇坂安治の子孫。脇坂安治は關ヶ原の戦ひでは西軍であつたが、東軍に寝返り、江戸時代に入り、老中を出すなど、幕府にも頼りにされたらしい。現在の摩天楼が聳え建つ前、汐留の遺跡發掘では、ゴミ捨て場跡から、動物の骨も見附かつたと聞く。脇坂さんも牛肉を食べたのであらう。

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2010年1月27日 (水)

スタッフアドバイザー

 會社の實務擔當者向けの雑誌『スタッフアドバイザー』に聯載を始めた。こちらの編輯部の方が私如きの文章でも良いと云ふので、「日本の食文化」に就いて書いて行くつもりである。初回の主題は「牛鍋」。すき燒との違ひや歴史、食べ方等、是非、お勤めの會社で定期購讀して頂き、讀んで下さつたら嬉しい。

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2010年1月26日 (火)

真白き富士

Fuji4 昨年修復をお願ひしてゐた佐藤耕寛の「撒水富士圖」が戻る。夏前であつたか、突然、床の間の天井板が一枚抜けてこの掛軸が破けてしまつた爲。順繰りに、床、壁、天井と直してゐるのだが、落下した箇所は點檢孔にもなつてゐて、釘一本でしか留められてゐなかつた。お客様のゐない時でよかった。

 根本さんにお願ひして軸装し直して貰つた譯だが、 以前、薄汚れてゐた際は氣附かなかつた頂上の雪の胡粉が映えて、見事に蘇つた。

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2010年1月25日 (月)

削る

Raclet レス協の賀詞交歡會には新任の觀光廳長官、溝端宏さんもご挨拶に見えられ、賑々しく行はれた。官僚ぽくない、なかなか面白い方で名刺交換もさせて頂いた。これなら、外國からの賓客も多く受け入れられるやうになるのではないか、期待が持てる。

 八芳園さんはだいぶ無理をして下さり、極上の立食宴會料理が並んだ。宮崎牛の包み焼きや、フォアグラをパン粉に胡麻をまぶして揚げたものが大根の煮物の上に載せられ、出汁の効いたタレで頂いたり、幻の魚と譽高いクエの姿にやら、打ち立ての饂飩もあり、務矢崎豚のしゃぶしゃぶ等、和洋山海の珍味を頂いた。

 珍しいのは、このラクレット(raclette)。乾酪(チーズ)の斷面を直火で温めて、溶けたところを茹でた馬鈴薯に載せて食べるもの。この黒い機械は專用の温め機で、黒い横棒の電熱で溶かす。ビュフェで見たのは初めてだ。食後に食べようと思ひつつ、挨拶回りをして會話が途切れると、料理を取りに行き、食べ食べしてゐる内にお腹一杯。デザートも、このラクレットを食べられなかった。瑞西(スイス)で口にして以來だから、惜しいことをした。

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2010年1月22日 (金)

江戸仕草

 すきや連で隣同士であつた、NPO法人江戸しぐさの副理事長、桐山勝さんの書いた『人づくりと江戸しぐさ おもしろ義塾』2009年、MOKU出版 を讀む。

 儲け過ぎて幕府に取り潰されないやうに、武士との折り合ひを上手にし、商人たちは商賣繁盛を目指し、日常の所作から生き方まで昇華した江戸仕草。一般庶民にとつては當り前のことであったが、今は忘れられてちっともできない。鎖國をしても國が豐かで繁榮した江戸時代に 「視聽言動思」が大事だと、學ぶ人の心構へを教へたと云ふ。まづ相手の人の表情を視て、意識して相手の話を聽き、言葉や振る舞ひにも氣持ちが表れるのだから注意して、人の道に外れてゐないかしっかり思ひを馳せねばならないと説いたさうです。
 今では挨拶すらろくにできない人も多いので、行く末が案じられますが、我々から變へて行かねばなりませんね。

人づくりと江戸しぐさおもしろ義塾人づくりと江戸しぐさおもしろ義塾


著者:越川 禮子,桐山 勝

販売元:MOKU出版
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2010年1月21日 (木)

退任記念展

 藝大退任記念展 「絹谷幸二 生命の軌跡」の最終日に何とか間に合つた。洋畫なのだらうが、日本畫のやうに金箔を使つたり、漫畫のやうに「あ」「あ」「う」「う」と感嘆詞が入り、「色即是空」のやうに經文も描かれ、パステルのやうな色鮮やかで躍動感に溢れて、ポップでもあり、面白い繪と造形物が並んでゐた。題材には戰爭が根底に描かれてゐるが、その上に佛樣が居たり、現在の混沌とした世界が描かれてゐる。それでも、何か希望を感じさせ、明るい色調は心の底から、ふつふつと喜びが溢れ出て來るやうな樂しさがある。

 ふと、見ると絹谷幸二、ご本人も居た。目が合つた途端に近寄つて來て、「ようこそいらっしゃいました」とご丁寧なご挨拶をして下さった。これはきっと、目立つヒゲの所爲かと小躍りしさうであつたが、他の人にも同じやうにしてゐたので、單なる勘違ひ(笑)。入口正面の立體作品「灣岸の悲劇の長井物語」はぶ厚い板を彫ったものに丹念に着色したものだが、「どれ位掛かるものなのですか」と尋ねると「いやあ、これはそんなぢゃありませんよ。切っては貼り、切っては貼りますので…」とのお答へ。

 若い頃の作品は暗い畫面に緑青色の線ばかりで、今の作風とは大違ひであった。以前、「美の壺」の「富士山」の時に描いてゐた「蒼天富嶽龍寶圖」2007が一番氣に入った。加藤大治郎のテーマカラーと同じ、ブルーを背景に、にょきっとした富士山とその手前に寶珠を握った龍が雲間に見える構圖が樂しい。現代美術は難解で敬遠しがちだが、どんな解釈も成り立ち、觀る人の自由に任せてゐるやうな懐の大きさがよかった。

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2010年1月20日 (水)

お祝ひ

P1000447P1000457 甥の二十歳の誕生日祝ひで招待を受け、家族一同參加。シャムパーニュで祝杯を擧げ。會席料理に季節を感じ、姪らとも談笑。お祝ひに同い年の1990年産のボルドーワインをあげた。やっと酒が飲めるやうになつたのだから、これからワインを仕込んであげようと思ふ。 

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2010年1月19日 (火)

應援團

 知人の作家や演奏家はワイナリー同樣、常々應援したいと思つてゐる。漆藝蒔繪作家の箱瀬淳一さん、李荘窯の寺内信二さん、同じく有田燒の14代今泉今右衛門さん、關の刀鍛冶、25代藤原兼房さん、義太夫三味線の野澤錦糸さん、薩摩琵琶奏者の友吉鶴心さん、提琴奏者の佐藤久成さん、それに最近紹介して頂いた浮世繪の六代目歌川國政さん、と随分と知り合ひも増えて來た。

 そんな自慢話はさてをき、今回は本の紹介なのだ。一度、山下裕二さんの話を聞いてから、日本美術の見方はすっかり變はつてしまつたので、赤瀬川原平さんとの共著を讀んでみた。來月、東博(東京上野の或る國立博物館を業界ではさう略すらしい)で開催される長谷川等伯の「松林圖」なんか没原稿を後の人が屏風に仕立てたんだとか、吃驚するやうなことが書かれてゐた。素人は素人らしく、前説明も知らず、理解するのでなくて感じればいいんだと素直で嬉しい。

 京都のお寺だって、修學旅行で子供が連れられて見たって、行った記憶だけ。一緒に行ったクラスの女の子が氣になつたりして、佛像なんか見てゐない。だから、40歳過ぎてから自分の意思で行くのがいいと云ふのだ。

 昨年、學藝員の勉強で随分と展覧會に通つたが、確かに、大人になつて、色々經驗を積んでから觀ると、感じ方がまるで違ふ。20代の頃は西洋ものなら、歐州在住の折に随分吸収し、何でも感動してゐたのが、30代になると、これ知ってる、あれと同じだと知識が先行してしまひ、全然樂しめなかった。それが、どうだらう。滅茶苦茶、樂しく、面白い。何でここまで細かく几帳面に描けるかと思へる伊藤若中であつたり、掛軸の實習で雪舟の「秋冬山水圖」の複製で親しみを覺へたものが、矢張り變は描き方であつたとか、さうであつたかあとつひ納得してしまふ。年明けに讀んだ本の中では一番のお勸めとなつた。

日本美術応援団 (ちくま文庫)Book日本美術応援団 (ちくま文庫)


著者:赤瀬川 原平,山下 裕二

販売元:筑摩書房
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京都、オトナの修学旅行 (ちくま文庫)Book京都、オトナの修学旅行 (ちくま文庫)


著者:赤瀬川 原平,山下 裕二

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2010年1月18日 (月)

ヒデワイン

Hidewine 白耳義の友人からの紹介で、獨逸はラインヘッセンで唯一ワイン造りをしてゐる淺野秀樹さんが訪ねて來られた。丁度、折しも「すき燒とワインの會」の日であつたので、お客樣とご一緒に試飲をすることになつた。

 經歴も面白いし、一度會つてやつて欲しいと言ふ、獨逸ワインの師匠、小柳才治先生が輸入してゐると云ふ奇遇。1980年代はキックボクシング選手をしてゐて その後、冒險の世界に飛び込み、95年には、シーカヤックにより單獨で北海道沿岸を73日間で一周したり、變はつてゐる。變人な部類の篩ひ分けられる自分としても、非常に興味を引いた。
 その後、自然と調和ができる 物づくりを目指し、2001年にニアシュタインの獨逸高品質ワイン醸造所組合(VDP)ワイナリーで研修生として働き、翌年、ラインラントファルツ州立オッペンハイム・ワイン醸造・栽培學校入學。
ラインヘッセン、ニアシュタインのバルター・シュトゥルブ氏に弟子入りし、學業と平行し乍ら、最高のリースリング・ワイン造りを學んだのだと云ふ。そして、04年にはシーカヤックにより南米最南端パタゴニア、ケープホーン遠征を達成するが、その爲卒業が一年延び、05年の春に卒業しWinzer(ワイン栽培&醸造)の免許を取得。獨逸では日本人として初めての「HIDE's WINERY」を開業してゐる。

 然も、借りてゐる1ヘクタールの畑には平均樹齢15年のリ ースリングが植ゑられてゐて、1ヘクタール當り約5,000立と収穫量を抑へ、全て手摘みで収穫すると云ふ氣の遣ひやう。そして、摂氏15度の低温で丁寧に醗酵させて、仕込んでゐると云ふ。

 ○2008年産 ニアシュタイナー・オルベル・リースリング・カビネット・トロッケン
  2008er Niersteiner Orbel Riesling Kabinett Trocken
  Alk. 10.0% RZ. 7.8g/l S. 7.8g/l
 これは、淺野さんの親方バルター・シュトルブさんの手掛けるワイン。南斜面の赤土板岩盤で育つたリースリング種は酸味がまろやかで、アルコール度數も低めなので氣樂に飲め、歐州の和食店で人氣あるさうだ。大人しい感じが、奥ゆかしくて日本的かも知れない。

 ○2008年産 ヒデワイン「639」ファインヘルブ
  2008er Niersteiner Hipping Riesling Spätlese ferinherb
  Alk. 11.0% RZ. 12.8g/l S.8.0g/l
 リースリング種を辛口に敢へて殘糖度をやや殘し、新鮮な酸味との釣り合ひを整へた白ワイン。毎年、同じ遅摘みにしても、天候により甘口になつたり、辛口に仕上がるのが面白い。然も、目立つやうに數字で表現するのも意表を突いてゐる。獨逸は勿論、英國でも「ロク・サン・キュウ」と發音させてゐるのだとか。後發のワイナリーとしては何でもやつてやらうと云ふ氣構への現れか、親方のよりこちらの方が斷然優れてゐる感じがする。

 ○2007年産 ゴールデン・ノーヴェムバー・シュペートレーゼ
  2007er Niersteiner Hipping Riesling Golden November Spätlese
  Alk. 9.0% RZ. 91.1g/l S. 7.8g/l
 完熟した葡萄だけを嚴選して収穫。二年掛けて瓶内熟成し、芳醇で果實味溢れた香りでまろやかな甘口ワイン。白砂糖を使つたすき燒の割下に負けないのには驚いた。ベタっとした甘味ではなく、どちらかと云ふとサラッとした甘口で、酸味の支へもあり、和食全般に合ひさうだ。葡萄果汁の甘味と割下は合はないだらうと、頭で決めてかかってゐたが、實際試してみると外れではない。色々試してみないといけないと云ふことだらう。大いに勉強になつた。

 淺野さんとは獨逸人氣質に就いて、伯林に就いて、レストラン「たぬき」に就いて、色々と話すこともできた。

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2010年1月15日 (金)

まるで紐育

 ミッドタウンでスケートをした。高層ビルの谷間はまるでマンハッタンのやうだと大笑ひ。貸靴込みで大人1,500圓と格安なのは、VW(フォウルクスワーゲン)協賛だからなのだらう。それ故、リンク中央に自動車が飾つてある。

 たぶん、30年振りなのだが、ちゃんと身體は覺へてゐて、何の躊躇ひもなく自然と足が動いて滑ることができた。自分からやろうとは餘程のことでないと言はないので、相當な運動音痴だと思はれてゐた節がある。今回のスケートで見直してくれたらしい。たまには親父らしい顔もしたいものだ。

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浮世繪の全貌

 たばこと塩の博物館で中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて「浮世繪百華」へ。
中大の所藏品と年末に觀た平木浮世繪美術館の収藏品が多く出てゐた。この會期後半では「浮世繪とは何であったか」と云ふ、ややしゃちこばった難しい展示。
 
 鈴木春信が「錦繪」を完成させ、西洋畫の透視遠近畫法を取り入れた浮繪ができ、情報媒體として浮世繪が使はれ、「繪解」としてそのまま繪を見るのでなく、裏に隠された意味を讀み取るなど、どんどん工夫が重ねられて行く樣子が順繰りに解る。重文作品が触れるやうな近い距離でじっくり見られたり、素晴らしい。

 だが、混んだ會場内を、全く興味のない小学5年生の娘に見せるのはたいへんだ。最初に鳥居清忠「浮繪劇場圖」がWiiの端末で各部所の説明が見られるのは樂しさうであったのも束の間、その後3枚も見れば、飽きた、暑い、疲れた、眠い、つまらないの連發。座ると途端に携帶ゲームを始めるので、決して座らせず、こんなことが描いてある、ここには平假名で何と書いてあるかと問ひかけたり、繪の樂しさを傳へる工夫は數々重ねる。但し、どこまで記憶に殘つたのだろうか。

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2010年1月14日 (木)

昭和の日本畫

 山種美術館開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念「東山魁夷と昭和の日本畫」を觀に行く。

 魁夷が東京美術学校で知り合つた仲間、皇居新宮殿の繪畫そして昭和の日本畫に館藏品が飾られてゐる。川合玉堂、横田大観、川端龍子、杉山寧、高山辰雄等著名人の作品が並ぶ。魁夷の繪よりも、福田平八郎の「筍」(1947年)の方が印象深かつた。

 此処は新しい美術館だが、やや狭く、一筆書きでは見られない順路は不親切であった。あっちへ行き、こっちへ行き、章立ての通りに觀るのはたいへん。目の前でじっくり觀るのはいい、だが全く動いてくれないので全然全貌が見えない。総作品52はやや少ないか。

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2010年1月13日 (水)

挿繪畫家

 地下鐡根津驛から程近い、東大彌生門の前、彌生美術館で生誕130周年「鰭崎英朋展」-明治・大正の挿繪界を生きる-を觀た。

 泉鏡花の装幀や口繪を描いた鏑木清方、小村雪岱は後に日本畫、舞臺美術と活動の場を廣げたのに對し、同じ鏡花本に携はつた鰭先英朋(ひれざき えいほう)だけは終始一貫して挿繪の世界だけに生きた爲、今ではすっかり忘れられてゐる。

 併し、鏡花の口繪の中で、劇的な場面を描いたら右に出るものは居ない。『續風流線』口繪のやうな繪は他にない。妖艶な美人畫、相撲の取組繪なども素晴らしい。瞬間を描く爲に終生冩生を欠かさなかった鰭崎。然も、新聞の連載小説は文章が間に合はず、作家が先に情景だけ速達の葉書で知らせ、それだけで描いても、きちんと物語に合ふから凄い。日々追はれる締め切りに合はせて、どんどん描くのはさぞかしたいへんであったらう。

 3階には「高畠華宵コレクション」の常設展示室があり、雑誌『少年倶樂部』の表紙繪や美人畫も觀られる。此処は、高畠華宵の描いた「さらば故郷!」に少年時代、深い感銘を受けた辯護士、鹿野琢見により創設された美術館である爲、作家との交流の記録と共に多くの原畫が所藏されてゐる。然も、著作権を所有してゐると云ふのだから、餘程深く親交があり、信頼されてゐたに違ひない。

 隣に併設されてゐる武久夢二美術館では、「竹久夢二と大正ロマンの世界展」-女性・流行・文化生活にみる新しい波-が觀られる。夢二の肉筆畫や千代紙の圖案、着物、楽譜の表紙など結構な數がまとめて展示されている。

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2010年1月12日 (火)

小村雪岱

 年が明けてから、埼玉縣立近代美術館をへ。北浦和驛から公園の真中へ3分。山下裕二さんお勸めの「小村雪岱のとその時代」を觀た。

 泉鏡花の本の装幀や挿繪を描き、歌舞伎の舞臺美術で戰前に活躍したマルチタレント。「昭和の春信」と呼ばれた小村雪岱(せったい)は忘れ去られてゐる。

 最初は資生堂で意匠をやり香水瓶を考へたりしてゐたのが、装幀になると見返しに意表を突く小説の場面を描いたり、着物の意匠も手掛け、美人畫はどれも同じやうな顔なのに飽きない。細面でゐて首の長い美人竹久夢二
ぽさを見出してしまふ。一轉して、歌舞伎の舞台繪は大道具で觀られないのはざんねんだけれど、小さな繪の中にきっちり無駄なく描かれてゐるので美術さんも助かったことだらう。おとなしい性格もあつて、斷はれずにどんどん仕事も舞ひ込んだのに違ひない。日本畫や浮世繪の素養があるからこそできる仕事もある。《心中天網嶋》の繪なんかもいいだなあ。

 各時代に分けた展示も見易く、當時の雑誌もふんだんに挿繪部分や見返しが開かれて見せてくれるので、とても親切。ミュージアム・ショップの本棚も關連本が多く並び、わざわざ行くだけの價値はある。お勸めしたい。

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2010年1月 8日 (金)

野田 惠

 正月休みに《のだめカンタービレ 最終樂章 前編》を家族を連れて見に行く。細かい所は漫畫やアニメーションとも違ふが大まかな筋は同じで、テレビの巴里編の後を描く。テレビ版の出演者が揃ふのが何だかとても懐かしい。

 然も、冒頭から維納の樂友協會代ホールでの演奏。映畫撮影の爲に貸したのは初めてだと云ふ。千秋役の玉木宏も指揮者、飯森範親にみっちり仕込まれたのか、俄然腕を上げ、あれなら千秋の下で演奏してもよいと思ふ程に。但し、サイト檢索してゐたら、偶像(フィギュア)まで賣られてゐるのはフジテレビの商魂の逞しさ故か。
 上野樹里の野田惠(のだめ)も板に附いたのか、天然なのか、感情の起伏の激しさを素直に表現し、コムピューター動畫を重ねて、あり得ない状景も實によく、漫畫ぽさを味はへる。

 音樂監修はN響のオーボエ奏者、茂木大輔によるので、手抜かりがなく、クラシックをよく知つてゐる人でも、全く知らない人でも存分に樂しめた。4月17日公開の後編が早くも氣になるところ。

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2010年1月 7日 (木)

41年振り

 正月の箱根駅傳では母校が8位に入賞し、41年振りに翌年のシード権を得た。晴れ渡つた寒空の2日の朝、7時半に品川驛に集合し、往路の應援をして來たので、その後が氣になり初めて放送を全部見た。贔屓の大學が出てゐない限り、別世界であつたのが、昨年は何十年振りの出場と出られたことに驚き、今度はシード権を懸けた戰ひだと云ふので、附屬小學5年生を持つ15家族が驅け附け、幟を持つて場所取りをし、配られた小旗を手に待つこと小一時間。8時に大手町を出走後、品川には20分過ぎには團子状で現れ、一瞬のことで寫眞も撮れず。天晴れ東洋大も素晴らしかったが、母校の入賞できるとは誰も豫想だにしてをらず、吃驚した。

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2010年1月 6日 (水)

宣傳

Hikawajinja 實家に家族一同が集まり、目黒區八雲の氷川神社へ。此処には曽祖父、二代目の藤森勝三郎が寄進した門柱が三ノ鳥居の手前階段横に在る。靖國樣式の三ノ鳥居が建立された前年、1920(大正9)年に整備された模樣。明治神宮がこの年に鎮座されたのに合はせたのかも知れない。
 此処は1817(文化14)年、既に奉納の記録が殘る舊衾(フスマ)村の鎮守の神社で、「癪封じの神」として知られて江戸時代は大いに賑はつたらしい。夏祭の際には素戔嗚尊 (スサノウノミコト) を祀ることから、「八岐の大蛇退治」を表現してた「劍の舞」が奉納されてゐる。
 ネットもテレビのない時代、大いに宣傳となつたことだらう。

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2010年1月 5日 (火)

再現料理

P1040770P1040773 年末にご招待を受けたラ・ブラスリーの帝國ホテル開業120周年記念傳統再現料理を戴いた。ツェ伯號にも載せられたと云はれる「フォア・グラのパテ」はさすが超一流ホテルの料理ならではの氣品のある盛り附けと野菜のピクルスやソースでさっぱりと頂け、「ビーフ・コンソメ」のビーフらしい薫りと奧深い味はひに唸つてしまつた。さすがなのだ。文句の附けやうもない。
 そして「帆立貝のグラタン」の後、メインの「シャリアピン・ステーキ」は牛肉の中でもランプ肉のイチボ(部位)のステーキで、玉葱エキスで柔らかくなった牛肉に鹽胡椒と飴色になるまで炒められた玉葱だけのソースが和風の味はひ。これはすき燒にヒントを得て、齒痛のバス歌手、シャリアピンの爲に開發されたもの。元祖だけに、洗練された味はひに、多くのグラスワインを揃へ、出しゃばらず、丁度よい具合に料理を運び何氣に氣を遣つてくれる素敵なサービスをしてくれた。また、一年の締め括りに相應しい素敵な晩餐となつた。

P1040780

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2010年1月 1日 (金)

謹賀新年

Turu

 明けましてお目出たうございます。本年もご贔屓の程、宜敷くお願ひ致します。讀者の皆樣にとつて、良い年となりますやう、お祈り申し上げます。

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