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2010年2月25日 (木)

相對死

 江戸時代に最も流行ったものに「心中」がある。この世で結ばれない二人があの世で結ばれると信じて情死することなので、ハッピーエンドの芝居となる。現實には埋葬もされず、非道い扱ひをされ、武士が一番大事にした「忠」の字に通じることから、江戸時代は心中と云ふ言葉自體を禁止して、「相對死」と呼ばせたらしい。

 現在の我々が知る最も有名なのが、近松門左衛門《曽根崎心中》だらう。今まで映畫、テレビでは觀てゐたものの、實際の文樂公演は今回初めて觀た。ご存知の通り、醤油屋の手代徳兵衛は大事な金を親友だと思つてゐた油屋九平次に騙し盗られ、馴染みの遊女、天滿屋のお初と心中する話。1703(元禄16)年に大阪、竹本座で初演され大當たりを取つたものの、暫く忘れられてゐたものを、1955(昭和30)年に野澤松之輔により脚色、新たに作曲されて蘇演されてから、文樂屈指の人氣作となり、海外公演にも必ず持つてゐかれる。短い時間で簡潔な脚本故、非常に解り易く、旋律も耳に入つて來易いのだらう。

 〈生玉社前の段〉を演じた英大夫は減り張りがよくなくて、くぐもって聞こえて聞き辛い。それに比べると〈天滿屋の段〉の切り場を演じた嶋大夫の方が抑揚があり、言葉が頭に入つて來る。お初は縁の下で打掛に隠した德兵衛に死の覺悟を尋ねると、聲を出せば皆に知られる爲、お初の可愛いらしい足先を使つて、自分の喉笛に當てて横に切るやうにして知らせる。そして、皆が寝靜まった頃合ひを見計らつて逃げるのに、行燈の火を消し、掛け金を外して扉を開けるのに、もたつくのでもう見てゐる方はハラハラしてしまふ。早く逃げて欲しいと、すっかり人形に氣持ちが入り込んでゐた。
 昨年文化功勞者顕彰を受賞した蓑助は、1998年に腦出血で倒れたとは思へない程、可憐でゐて寂しいお初を演じ、弟子の勘十郎の生真面目一本槍にも拘はらず、陥れてられて行き場を失ひ死を覺悟する徳兵衛を演じてくれた。

 そして、〈天神の森の段〉の津駒大夫は顔を真ッ赤にして聲を上げてゐるが、聽き取り易くて、情に訴へて來る。しんみりとした死の場面に連レの三味線が重なり、アルページオが激しく、却つて哀れさを際立たせてゐる。最期に刺して死ぬ場面を見せず、殺し直前で止める演出もあるが、今回は潔く殺し、帶を結んだ二人が重なり合ふところで幕。

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