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2010年4月29日 (木)

黄金週間

Kensin

Singen

本日より5月5日迄、すき燒 今朝 はお休みを頂戴致します。

謙信と信玄の川中嶋圖


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2010年4月28日 (水)

見納め

Sajiki2 愈(いよいよ)歌舞伎座も終はりである。本日の千穐樂、明後日の閉場式をもつて木挽町とも3年間のお別れだ。そんなに熱心なファンではないが、それでも年に數回は行つてゐただけに、何とも寂しい。
 昨夜は友人の招きで第三部を、下手の舞臺に一番近い「西一番」の桟敷で觀た。最初は視線も氣になり恥ずかしい氣もするが、普段でもはッと髭に目線を感じてゐるので、氣にならないどころか、芝居に集中できる。たぶん、一等席の前の方で觀た方が全部を見渡せるのだらが、桟敷のバランスはまた別のところにあつて、此処からの目線は舞臺で座る役者と同じなのだから、妙に臨場感がある。

 親子の情を描いた《實録先代萩》、江戸情緒たっぷりな《助六由縁江戸櫻》であつた。生憎、芝翫休場故福助の淺岡であつたが、抑へた演技と子役の上手さ、落ち着いた幸四郎に支へられて見事に演じ切つてゐた。
 歌舞伎十八番の内に入る市川家のお家藝「助六」は氣ッ風の良さが求められる。海老藏の口上はすっきりとしてカチりと決まり、現在望み得る最高の役者が勢揃ひした舞臺は艶やかであり、素晴らしいと云ふ以外に言葉も出ず、終幕に相應しい演目であった。

 まづ、酔つてしまひ足をもたつかせ乍らの花魁道中を品よくそそとして、花道を出て來る傾城、揚巻役の玉三郎の美しいこと。五節句を象つた豪華な衣装はさぞかし重いだらうに。妹分の白玉役、福助とは格の差を見せ附け、同じく傾城役の若手、松也、梅枝、巳之助、新悟、菊史郎は舞臺上から食い入るやうに玉三郎の一擧手一動を覺へやうとしてゐる真劍さもひしひしと傳はつて來た。
 憎々しげな髭の意休は左團次が引き締め、さすがは團十郎、見直した。普段の役と違ひ大きく見えるし、花道で蛇の目傘を使つた所作も落ち着いてをり、極上の藝を見せてくれた。一寸出て來るだけだが福山のかつぎ壽吉役の三津五郎も存在感があり、喧嘩をしかけるくわんぺら門兵衛役の仁左衛門や白酒賣りの菊五郎等、何と贅澤な役者たちだらう。中でも殆どアドリブの通人里暁役の勘三郎の臺詞には、あんたあ、成田屋の兄さんに似てるねえ、だとか、もう明日でこの歌舞伎座ともお別れだ、中村座を宜敷くと、おちゃらけた中にもしんみりさせ、大いに沸かせてくれた。子役からベテランまでのぶ厚い層があるからこそ、ここまで復興したのだらう。客入りの惡い寂しい時代もあつたと聞く。これからの3年間で、どれだけ若さを保ち、若手が勢ひを増すのか正念場とならう。

 桟敷では途中、注文したお辨當も届けられ、幕間に平戸間のお客を下に優雅に食べられる。但し、花道では必ず目の前で立ち止まるのが素晴らしいが、とても眩しい。その分、こちらまで役者の氣分に浸れ、近い所爲でお囃子の音玉も賑やかに、これ以上ない席であつた。ほんたうに良いものを觀せて貰った。昂奮醒めやらず、歸へりにワインを飲んで歸へる。


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2010年4月27日 (火)

愛の妙藥

 歐州では誰もが知る「トリスタンとイゾルデ」の物語に出て來る惚れ藥を題材とした、ドニゼッティの喜劇《愛の妙藥》を新國で觀た。

 美人で文字も讀める富農の娘アディーナは村の皆に「トリスタンとイゾルデ」の話をし、そんな惚れ藥でもあればいいと笑ってゐた。そして、遠くで見詰めてゐる心優しいネモリーノの好意を感じてはいるのだが、貧農のネモリーノは文字も讀めず、間抜けなところがある。そこへ、やる氣滿々の自信家の軍曹ベルコーレがアディーナに求婚をした爲、何とか阻止すべく、インチキな醫者ドゥルカマーラから「惚れ藥」を買ひ、藥の効き目が出る明日には、アディーナが自分になびくものと信じ切つてしまつた。

 併し、アディーナとベルコーレの結婚披露宴が開かれ、公証人も呼ばれたがアディーナは踏ん切りが附かず、まだサインをしない。効き目のないことに焦ったネモリーノはドゥルカマーラを捕まえて、惚れ藥を強請るが、金がないので、仕方なくベルコーレの誘ひを受け、現金を得る代はりに入隊することにした。すると、ネモリーノの伯父が亡くなり、莫大な遺産が手に入つたと知った村の娘はネモリーノの氣を引かうと皆が言ひ寄り、すっかり藥の効果が出たものと信じ切つてゐる。それを見たアディーナは驚くが、自分の調合した媚藥の所爲だとドゥルカマーラから聞き、入隊契約書を買ひ取り、二人は永遠の愛を誓ふ。ベルコーレは後悔するぞと言ひ捨て、ドゥルカマーラは自分の藥の効き目だと吹聽して立ち去り、幕となる。

 本を主題に、物語に溶け込めるやうにとチェーザ・リエヴィの演出は描き割りや椅子にも臺にも本が使はれてゐる。主人公たちはキッチュな髪の色に原色の服で、如何にもメルヘンのやうな仕上げで惡くない。華麗なタチアナ・リスニックのアディーナ、大きくもっさりとした感じを出したジョセフ・カレヤのネモリーノ、スマートで積極的過ぎるベルコーレを好演した與那城敬、そして狡賢いが憎めないドゥルカマーラのブルーノ・シモーネと役者も揃ひ、アンサンブルもよかった。併し、何かひとつ、かう樂しめない。パオロ・オルミの指揮は東フィルを手堅く纏めてゐるが、極めて中庸のテムポで劇的にならず、何か半端な感じ。真面目に譜面通り間違はずに輕快に彈いてゐるのは認めるが、今ひとつよそよそしい。オケが樂しんで彈いてゐないのだらうか。折角の喜劇らしさが押し出されて來ないのが、とても殘念であつた。

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2010年4月26日 (月)

近代能樂集

三島由紀夫原作の『近代能楽集』より「葵上」と「卒塔婆小町」を觀た。原作の能を現代風に三島がアレンジした一幕もの、美輪明宏の舞臺。2002年の再演の際は、相手役が宅間伸であつたが、今回の再演では子飼ひの木村彰吾なので、よそよそしさがなく、異樣な親密度で濃厚な舞臺となつた。

「葵上」はご存じ『源氏物語』の六條御息所の生霊が葵上を呪ひ殺す話が基となつてゐる。

かつては若い戀人、若林光と關係を結んだ六條康子だが、その後光は自分を捨てて結婚した爲、若い妻、葵に嫉妬して、本人の氣附かない内に生靈となつて葵を苦しめてゐた。夜な夜な病室を訪れる康子に看護婦たちも氣味惡がり、夫光も二度と會はない筈であつた昔の戀人の突然の訪問に訝しがる。併し、康子と話している内に嘗ての二人の樂しい日々が思ひ出され、瞬く間に康子に溺れそうになるが、そこに葵の悲鳴が響き、我に返る。

併し、光が目を覚ました病室には既に康子の姿はなく、電話をすると自宅で寝て居たと云ふ。すると、電話からではなく「そこに手袋を忘れた」と康子の声が病室に響き、光がコートと共に手に取ると、恍惚の表情を浮かべて康子の後を追ふのだった。電話口では康子がどうなったのかと尋ねるが、返事もなく、電話が切れると同時に葵はもだえ死ぬ。

30代でこの舞臺を見た時は醜い痴話程度にしか感じず、踏ん切りの附かない女くらいにしか思はなかつたが、かうして40代で觀るとまた、違つてみえる。多くを望み過ぎてもいけない、現在に滿足を覺へたのかも知れない。


そして、「卒塔婆小町」は小野小町に戀した深草少將へ100日通へば、思いを遂げさせると約束するが、100日目に病に倒れて添ひ遂げられなかった話が基となつてゐる。

公園のホームレスの99歳の老婆に煙草を貰ふ若い詩人が、昔話を聞き出す。自分には決して「美しい」と言つてはいけない。呪ひが掛つてると教へるが、笑って、そんな臭くてしわしわのおばあさんが美しい筈がないと應へる。
併し、まだ、小町が20歳の頃は絶世の美女として持て囃された話をし出す。小町に戀した深草少將が100日目に「美しい」と言つて亡くなり、それ以來、自分に「美しい」と言つてはいけないのだと云ふ。話に引き込まれた詩人が、それならば自分がその深草少將になってやろうと云ふと、邊りが突然明るくなり、何処からともなく現はれた燕尾服の男共とローブ・デ・コルテの女性たちに囲まれた美女がいた。これが小町なのか?
そんな小町を目の前にした深草少將に成り切った詩人は100日目にして思ひを遂げられる嬉しさと、これで手にして終はつてしまふ儚さとを思ひ、絶頂を迎へたところで「美しい」と言つてこと切れてしまつた。あれほど、駄目だと止めたのに。
警官によって、死人が確認され、連れ去られると、また、同じやうに老婆に煙草を求める若者が現はれるのであった。

手にするまでが樂しい。彼女を得た途端に覺めてしまふ人。美人に生まれたから、背を負わねばならない性。幾重にも同じことが繰り返される悲劇。

年を取った美輪さんだからこそ、その女性の深い悲しみが表現されるのだらう。その上、木村彰吾との二人の親密度合ひが普通とはまるで違ひ、愛情が滲み出てゐた。宅間伸の時は、ややよそよそしさが殘つてゐたので、今回は全く無理がなかつた。但し、客席の間を抜けて、六條康子の生靈が來るのではなく、病室奧に掲げてあつた打掛がするりと開いて出て來て、逆に光が客席通路を抜けて退場したり、やや演出も異なつてはゐた。

奇を衒はない、ベタな芝居だからこそ、臺詞も生き、大げさな舞臺装置も嘘ぽくない。おばさんたちのすすり泣く声も聞こえ、最後は三輪さんが一切衆生を救う觀音樣にも見えた。


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2010年4月23日 (金)

奇想天外

 府中市美術館へ「歌川國芳 - 奇と笑ひの木版畫」を觀に行く。東府中の驛から結構歩く。府中の森の奧に當たるので、かれこれ15分程度は歩いたか。丁度、散り際の櫻が綺麗であつた。

 さて、小綺麗な近代的な美術館である。二階には特別展示室と常設展示室もあつた。この國芳展では仕切を多用して、間仕切りに→を掲げて、順路も非常に見易い。作品解説も簡潔丁寧。よい學藝員がゐるのだらう。

 國芳は猫尽くしや化け物の浮世繪で有名だが、幕府の締め附けが嚴びしく、役者繪が描けなくなつたので、魚や猫、或ひは壁の落書きに見立てた作品はユーモアたっぷりで、その顔を見れば、誰かに似せて描いてあること位わかってしまふ。
 細やかな美人畫、大胆な構圖の化け物繪や物語の一場面が大判3枚綴りに描かれてゐて、迫力滿點だが全く怖くはない。實に愉快。

 1階では「長谷川繁」の公開制作49をやつてゐた。廊下側前面硝子張りの部屋の中で作家がひとり、もくもくと制作に取り組んでゐる姿を見ることができる。ややもすると動物園の動物にも見えなくもないが、こちらの視線は全く無視して、無心に取り組んでゐる姿がよい。
Photo_2

 明日から茂木の日本グラン・プリ。勝敗は如何に。


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2010年4月22日 (木)

寺子屋

Photo いよいよ、今月で木挽町も幕引きとなる。午後の部を花道のすぐ脇で觀る。三階とは全く違ふ臨場感。
 名作《菅原傳授手習鑑》から〈寺子屋〉には仁左衛門、幸四郎、玉三郎、勘三郎と當代随一の役者が揃ったので惡からう筈がない。昨年、辯慶では疲れ果てた幸四郎もここでは、病人の振りをした松王丸なので無理がなく、貫禄充分に演じてゐた。ここでは上方が舞臺となる故、矢張り仁左衛門が抜きに出て生き生きとしてゐた。

 それに對し、江戸情緒の生きた《三人吉三巴白浪》には、団十郎、菊五郎、吉右衛門とこちらも引けを取らない。たまたま偶然に出くわした「吉三」と名乘る泥棒で義兄弟の契りを交はす話。特に菊五郎の滑舌がよく、非常に聽き取り易い。併し、此処で一番輝いてゐたのは若い梅枝であつた。臺詞も少なく、大金を取られて殺されてしまふのだが、初々しく娘らしかつた。これだけのベテラン相手に全く引けを取らないのは素晴らしかった。

 そして、「藤娘」の藤十郎の艶やかな踊りで幕となる。名殘惜しさたっぷりと、ふと來月も觀たくなる。


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2010年4月21日 (水)

アートフェア東京

 今月初めに「アートフェア東京」へ行つたことを書きそびれた。東京國際フォーラム地下展示ホールで行はれ、、國内外138の畫廊が一押しの作家や作品を持ち込んで開く総合展示會。勿論、氣に入つたものがあれば買ふこともできる。
 アンドリュー・ワイエスのやうな透明感があり、冩眞と見間違ふやうな山梨備広の油繪、カラフルな色遣ひで商品パッケージのやうなRyu Itadaniの作品、キャンバスの縱横をずらして柳の枝の廣がりと、足下には池を表現した神戸智行の作品、漆繪の大澤拓也… 擧げて行くと切りがないが、新進氣鋭の作品の多くが見られた。
 古美術も子供の居る家庭では難しいだらうし、キッチュでポップな作品は飾るのに苦勞するだらう。外國語で一所懸命、商談してゐる人もあり、これだけの階層が一同に集まるのは日本だけかも知れない。歐米なら、きっとごく一部の金持ちだけだらうから。誰か弊社の壁に藤の繪でも描いてくれないものか。

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2010年4月20日 (火)

初めての出來事

Df2 今回の旅で初めて體驗したことに「ドクター・フィッシュ」がある。皮膚の角質を食べてくれる魚のいる生ぬるい水槽に足を突っ込んで待つ。つんつんと確かに自分の身體の一部が削り取られるのがよく分かる。こそばゆい感じもするが、妙な感じ。初體驗故、10分間だけであつたが、終はつてみると肌はツルツルしてゐるし、爽快感がたまらない。これは癖になるかも。

 そして、初めて「セグウェイ」なるものを運轉。簡單な説明の後、少し練習してコース内を走る。操作棒を前に倒すと前に進み、後ろに戻すと後退、左右に振るとその方向に回つて行く。土のコースなのだが、それなりに起伏もあり、いと樂し。勿論、有料でも物價の安い國だから氣樂にできた。

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2010年4月19日 (月)

南洋の結婚式

今朝、友人からの知らせで驚いた。火山灰の所爲で日本GP中止!
10月3日決勝戰に延期されたが、暫くは大混亂となりさう…
日程が發表になつた年末から、ずっと樂しみにしてゐただけにがっくり。
http://www.twinring.jp/motogp/release/

W1 さて、13年前にホームステイで預かつた白耳義人の男も31歳となり、中華系新嘉坡人と結婚するので、その式に呼ばれたのが今回の旅の目的。自分も15年前にかみさんと白耳義のブルージュで式を擧げた際に彼も學校を休んでまで參加してくれた返禮でもある。

 18時に擧式と招待状にあり、1時間前にはシャングリラ・ホテルへ到着。ロビーで記念撮影をしてゐると新郎が早すぎと言つてにこやかに來る。前々日に輪嶋塗夫婦箸とお祝ひの國産ロゼワインを渡したので、當日は指定通りの盛装で行った。
 さて、時間になつても全く始まる樣子もない。招待客は着席して靜かに待つだけ。30分位したら、新郎だけ前にその他親族が纏めて入場し、神父も知り合ひなのだらう、賑やかに始まる。異議申し立てはないか、誓ひの言葉は手の上の小さな紙を讀み上げ、誓ひの接吻はよく見えないだらうからと二度もさせ、客も大いに囃し立てる。日本の嚴粛なのと違ひ、温かさに溢れるもの。
 そして、やおらワインが配られ、各自自己紹介の時間となるが、英語で冗談が言へる譯でもなく、聞かれた問ひに一所懸命應へるので精一杯。新郎の家族はよく知ってゐるので、問題ないが、新婦側でも細やかな心配りを見せてくれるので、物怖じせず、樂しめた。かう云ふそつのないもてなしは素晴らしい。新婦の叔父はドン小西のやうな派手な服に赤い縁の眼鏡に丁髷であつたが、こちらのヒゲを見て日本の皇族の方ですかと冗談を言ふし、飲み物は足りてゐるかと、傍を通る度に聲を掛けてくれる。

W2 さうして、また30分位したら別室でいよいよ晩餐である。着席式のビュフェ故、好きなものを取つて來て自分の席で食べるもの。冷菜には寿司もあり、主菜は庭でコックさんが燒いたばかりの肉が並ぶが、場所柄燒きそばとチャーハンもある。一流のホテルだけあつて、どれも美味い。先程のドン小西と同じ卓子で、子供を持つ親同士氣さくに話せた。丁度、15歳になる息子が居るから、お宅の娘に引き合はせやうとの申し出。日本が大好きだと云ふオタクぽい男の子とぎこちなく握手するうちの長女。お母さんは寶石をあまり身に附けてゐないやうだけれども、嫁にくれば私のを全部あげるわとドン小西の妻。財力を見せ附けるのがよしとされる、かう云ふ処にも國の違ひが出る。併し、全然嫌味に聞こえないのが不思議。實にあっけらかんとしてゐた。

 お祝ひの席は何度立ち會つてもよいもの。たまたま、我々夫婦と結婚記念日が同じだと云ふことを新郎の父が話したので、大いに盛り上がり祝ひの盃を重ねた。そして、お色直しをしてケーキ入刀、スピーチがあつて、そのまま新郎新婦は出口で待ち、何となく解散。滅多にない經驗であつた。

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2010年4月16日 (金)

食事の時間

 新嘉坡動物園は日本よりも遥かに進んでをり、炎天下の下でも歩けるやうに所々に避難所のやうにして、動物が見られるだけでなく冷房の効いた小屋が幾つもあるから助かった。また、飽きさせない工夫が随所に見られ、餌やりの時間も掲示してあるので、その時間に行ってお金を出せば、實際に餌をあげることも可能だ。その際に園專屬冩眞家に冩眞を撮られて、後で買つて下さいと云はれる。勿論、氣に入らなければ斷はれるが、日本より安いし自分のデジカメでは決定的瞬間を逃すので、結局買ふこととなった。

 麒麟、カンガルー、象に餌をやる機會などさうざらにあるものでもあるまい。麒麟は黒い舌を伸ばして絡めるやうにして人參をさらひ、カンガルーは手で押さえるやうな素振りを見せて、鹿のやうに食べ、象は器用に鼻で掴むのはご存知の通り。なかなか面白い。

 また、朝8時半から10時の間なら、園内中央の食堂でオラウータンが食事に現れる。卓子までは來ないが、傍で食事をする姿を見ることができ、勿論一緒に冩眞も撮れた。そして、暑いので以前はなかつた子供の爲の水遊び場もできて、兎に角、飽きない。更に、園の外を半周巡る運河クルーズも加はり、益々賑はつてゐる。日本語表記もあつたが、行き先を書いた看板も矢印の先が動物の顔になつてゐるので、英語表示だけでも理解できる。動物の展示場は通りからは見えず、植え込み奧の通路を少し歩くと開けて処でやつと出會へるやうな工夫も素晴らしい。

 各動物の飼育小屋に出資者の名が入り、小さく宣傳もあつた。園内には他に米國系ピザ屋や鶏唐揚屋も入つてゐるので、さう云ふ類のファーストフード好きにはいいだらう。

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2010年4月15日 (木)

夕方の紅茶

Hightee 新嘉坡ではハイティも樂しんだ。こちらは肉料理も入つたもので、本來は夕方に紅茶と共に食べるもの。併し、現代の新嘉坡では午後のビュフェ形式のお茶の時間を指す。 週末は正午の部と15時の部があり、晝食の代はりとする爲、泊まったホテルの早い方に豫約を入れた。

 カナッペ状のものから、ラザニア、中華風揚げ物、サラダ、デザートまで種類も豐富で、見てるだけでも樂しく、自分で全種類食べ尽くせないのが殘念な位に素晴らしい。東京では休みの日と雖もあくせくして、ゆったりと時間が流れないが、此処では南洋の所爲もあるかも知れないけれど、兎に角、落ち着く。素敵な休日をありがたう。

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2010年4月14日 (水)

飲茶

Dimsam 新嘉坡では東南亞細亞の食べ物が安價で氣樂に食べられるのがよい。それも、ドリアンのやうに強烈な個性やチリソースのやうな唐辛子系辛味など、難しい食べ物もあるが外れが少ない。
 フード・コートやホーカーズ(屋臺村)のやうな処は格別、旅情もそそられる。中華街に行けば、中國各地の專門料理店も多く、まるでネズミーランドのやうな飾り附けが嘘ぽいのだが、皆商賣を營んでをり、本物なのだ。

 そんな中、飲茶を食べた。蒸し餃子、燒賣、小籠包等の蒸し物をワゴンに載せて押して來る店もあるが、此処「飲茶酒樓」は注文する方式だが、その他の單品料理も豐富で、色々と注文できる。もともと、午後のお茶の時間の料理なのだが、夕飯としても充分成立する。

 回りが中國語を話す所爲か、素材がよいのかどれを食べても美味い上に値段も安いのが嬉しい。布哇(ハワイ)や瓜姆嶋(グアム嶋)のやうな常夏の嶋もよいが、食べ物の良さでは新嘉坡が斷然よい。

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2010年4月13日 (火)

午後の紅茶

 前回、來てよかつたので、同じフラトン・ホテルで午後の紅茶を頂く。回りは日本人觀光客も多いが、三段のトレイに下からサンドヰィッチ、温かいパイ、そしてケーキと載り、紅茶と共に頂く。たまの贅澤故、シャンパーニュを最初に一杯頂いてから、お茶を飲み乍ら、優雅な一時を過ごす。これが本場英國だと格式ばつて疲れるし、日本のホテルだとペニンシュラでも頂けるが、狭い上におばちゃんがやかましくて落ち着いて頂けない。

 勿論、豫約して行った。こちらの下手な英語でも丁寧に對應してくれるだけでも、嬉しい。紅茶の數も半端ではなく、かなりの種類があり、ポットを飲み干すと、別のものは如何ですかと勸めてくれる。食べ物もなくなると、もう少し如何でせうかと持って來てくれるのがまた、素晴らしい。元は港近くの中央郵便局の建物をホテルに改装したもので、此処のロビーの天上は吹き抜けで恐ろしく高く、天窓から漏れる光も柔らかで、いいのだ。丁度、スコールの大雨の間、ゆったりと過ごすことができた。


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2010年4月12日 (月)

おめでたう

Shouya 日本時間の昨夜から自動二輪(バイク)、周回軌道競走(ロードレース)世界選手権MotoGPが始まった。第一戰は熱砂のカタールはロサイルサーキット。日中の暑さを避け、無駄に街燈を燈してるのもどうかと思ふが、近年は夜の開催。排氣量125cc級の小山知良選手が久方振りに9位入賞した。そして、この不景氣に合はせるやうに(開發に多額の資金がかからないやうに)、長い歴史をもつ250cc級が廢止され、今年から新設されたMoto2。これは排氣量600ccに皆同じホンダの4氣筒内燃機關(エンヂン)、タイヤもダンロップ社のみとなり、今まで以上に選手の力量が試される。

 優勝を期待された高橋裕紀選手が轉倒復歸ならず棄権するも、9番目から出走した富澤祥也選手(19)が何と初優勝。昨年、思ふやうな記録も殘さず、轉倒も多かった初の世界選手権挑戰であつた。たぶん、誰も氣にしてゐなかつた筈。それが、あれよあれよと最前列に出てからも、後續が二位爭ひをしてゐる間にぐんぐんと差を廣げ、4.656秒と壓倒的な差を附けた快進撃。素晴らしい。寝不足も吹ッ飛ぶいい走りだった。今年は全日本を走る中上貴晶選手(18)の好敵手(ライバル)として爭つたが、中上選手に1年遅れで世界に羽ばたき、明るい性格も外國人の班にも溶け込み易いのかも知れない。タイヤの減り具合など待った意に介せず、何も考へずに走った感じもするが、優勝できたのだからたいしたものだ。

 そして、迎へた最高峰MotoGPは昨年このサーキットで優勝した最有力候補のストーナーが轉倒棄権の爲、危なげなく我らのヴァレが優勝!5年振りの開幕戰優勝となつた。今年は背番號の年齢になつただけに、餘計に應援にも力が入る。25日の茂木での日本大會では、彼の所屬するヤマハの應援席を豫約してある。
 昨年、250cc級で年間優勝を遂げ、今年からMotoGPに進歩した青山博一選手は辛うじて10位入賞なら、大いに健闘したと云へやう。たまにしか國際映像に映らないのが殘念であった。來週末がもう待ちきれない。

地上波(日本テレビ) 4月19日(月) 2:15~3:15

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2010年4月 9日 (金)

亞細亞大陸最南端

 橋が架かり陸續きと云ふ意味で、新嘉坡の南の行樂嶋セントーサの濱邊の人口嶋が、亞細亞大陸の最南端に當たるらしい。このパラワン・ビーチはやや水が濁るものの、白い砂濱は人も少なく氣持ちいい。其処から無料乘合路面車(トラム)に乘り、ビーチの梯子をする。嶋の東の濱タンジョン・ビーチは一般車の駐車場に近いが食事をする処もなく、レストラン建設中故か、もっと人が居ないのでのんびりできる。殆どうちの家族で砂濱を獨り占めできる至福感。唯一在るバーの若いウエイターが氣さくに注文を取りに來てくれるので、つひカクテルなんぞ頼んで、リゾート氣分を滿喫した。海水はかなり温かいが、沖から打ち寄せる冷たい水と複雑に混ざるので、所々身體の箇所により温度差があるのが面白い。
 新嘉坡へ來る際にプールと海に行けるところとの家族の注文にきちんと應えられたのも嬉しい。


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2010年4月 8日 (木)

水面下の世界

 新嘉坡の南、行樂嶋セントーサへ向かふ。港驛から以前はケーブルカーで行ったので乘り場へ向かふと消えてゐる。?。モノレールSENTOSA EXPRESSが開通して廢止になつたらしい。入嶋料だけでモノレール代は要らないと云ふ合理的な制度。ケーブルカーは高かったので、きっと赤字になる前に役割を終へたのだらう。

 最初に向かったのは「水面下の世界(アンダーシーワールド)」。
 此処では日本語解説を借りて聞き乍ら歩く。まづ、水槽内で魚に触れられる場所があり、續いてエイに餌やりができるのだ。有料で餌を買ひ、指に挟み、水槽に手の平を滑らすやうに入れてゐると、すぐに見附けてパクリと手の甲の方に飛び出た餌を食べて行く。その際にエイの口元と腹が触れるのが、氣色惡いが樂しい。こんな經驗は滅多にできるものぢゃない。

 そして、その隣の水槽では真空状態で水を引き上げてゐる爲、途中に穴があつてそこから餌をあげられるのだ。地下の展示では、ベルトコンベアーに乘つて水槽のトンネルを一回りできる。外では桃色海豚(ピンクイルカ)のショウもあり、なかなか樂しめる。よく考へられてゐるものだと、感心した。


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2010年4月 7日 (水)

帝國海軍水交社

Gwphotel 實は3月後半一週間、舊昭南嶋、新嘉坡へ家族を連れて旅行に行つてゐた。友達の結婚式參列の爲であった。宿泊したのは舊帝國海軍水交社、卽ち現グッド・ウッド・パーク・ホテル。1900年に獨逸人社交倶樂部として開業し、その後ホテルとなり、第二次世界大戰中は帝國海軍將校の宿泊所となつた由緒ある低層ホテル。ラッフルズは高額な上に餘りに觀光客が押し寄せて(自分も行ったが)落ち着かないし、他の米系ホテルは高層ビルディングで面白くも何ともないので此処にした。半年以上前に豫約を入れた時に、クレジットカード引き落としとなつてゐるので、今回宿泊費は前拂ひの所爲か、使つた金額にびくびくしないで濟んだ。

 豫約では本館裏手の高層タワーの2室、2階部に寝室、1階部に居間兼食堂に厨房附の豪華な部屋であつたが、繋がつてはをらず、小さな子供連れ故、本館1階の接續部屋に變更して貰ひ、安心して寝られた。中庭のプールは館内中華レストランやテラス席から見られて恥ずかしいと考へたが、泳いでみると、何のことはない全然氣にならなかつた。從業員も皆にこやかに挨拶してくれるし、快適。伸び伸びと滯在できるホテルはほんたうに氣持ちいい。また、泊まりたい。
Pool2 

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2010年4月 6日 (火)

インバル

 マーラーの《少年の不思議な角笛》と密接な関係のある交響曲第3番 ニ短調を久し振りにエリアフ・インバル指揮の都響で聽く。アルト獨唱、女性合唱、兒童合唱、舞臺裏にはポストホルン(實際にはトラムペット)、小太鼓、ハープ2臺にタムタムやササラまで必要な上、凡そ98分の長丁場だからか上演の機會も極めて少ない。前回と云ふか初めて聽いたのは、小澤征爾指揮、新日フィルを墨田トリフォニーホールの柿落だった。溜めの少ない、さらりとした小澤の指揮が氣に入らず、感動しなかつたのでよく覺へてゐる。

 何年か前にインバルのマーラーの9番は最前列であつたので、とても疲れたが、今回のサントリーホールは2階席中央の後ろの方なので、全體を見渡せ、音が渾然一體と混ざるので抜群であつた。1986年の5月にフランクフルト響のマーラーの7番の演奏會後、樂屋出待ちをして自筆署名を貰つた時はまだ細かったインバルも、一時の超ふとっちょから、ややスマートになって、指揮の輕快感が戻つて來た感じ。74歳、いよいよ巨匠の仲間入りか。

 第一樂章冒頭はアニメ「銀河英雄傳説」の各場面を思ひ出す、華々しくも重厚な音に驚いた。1980年代前半、ベルティーニ時代の都響は下手だけれども、勢ひだけで押し切るやうなオケだったのが、何時の間にか上手になつてゐた。間違ひも少なく、管樂器の息切れしない、頭から最高の音を奏でてくれた。オケ後ろの二階席で歌ふメゾ・ソプラノ、イリス・フェルミリオンの聲も真っ直ぐ届き、深淵な世界へと誘ふ。

 O Mensch!
 Gib acht!
Was spricht, die tiefe Mitternacht?…

 おお人間よ!
 よおく聽け!
 深い真夜中は何を語らずや?…

 この一年間、學藝員資格取得の爲に努力を重ねてこと、新しい友人との出逢ひ、色々なことが走馬燈のやうに巡り、締め括りに相應しい壮大な繪物語を見た。ゆったり目のテムポに怯まず、果敢に挑戰した都響に拍手を送らう。ホール全體を包むマーラーの響き。世界が鳴ってゐる。心豐かに血湧き肉躍る大昂奮。厚くなる思ひに、眞ッ直ぐ歸へること能はず、友人とシャンパンの杯を空ける。至福の時間をありがたう。


 

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2010年4月 5日 (月)

権力爭ひ

 新國の「東京リング」、ワーグナーの樂劇《神々の黄昏》最後のマチネ公演を觀る。指環四部作の最後を飾るに相應しい立派な演奏だった。

 アルベリヒの息子、ハーゲンこそが劇の中心であって、策略を巡らし、ジークフリートに忘れ藥を飲ませて、ブリュンヒルデとの仲を裂いて裏切らせて死に追いやり、最後に指環を得ようとするが、火葬の火によりジークフリートの遺體は燒かれ、ブリュンヒルデは後を追ひ、天上の神々の館ワルハラをも燃やし、ラインの乙女たちの起こした洪水により舊世界は破壊される。神々の支配した時代は終はりを告げ、〈愛にによる救濟の動機〉を高らかに歌い上げる。生き殘った人類に未來はあるのか、同じ愚を犯すのか…。

 キース・ウォーナーの演出は二度目なので、理解も深まった。ギービヒ家の居間に招き入れられたジークフリートが忘れ藥を飲むと、背景の羊の頭圖が二重冩しとなり、ハーゲンの策略の下に入った偽りの世界だと暗示する。ブリュンヒルデが居た炎に囲まれた岩山の家ごとギービヒ家に持って來られて、それが向きを變へると火葬場になる。狩りに使つた槍がそのまま薪になつたり、権力の放棄とも讀み取れる。表層だけではなく、その奧に潜む謎解きの樂しみがあつた。スーパーマン(ジークフリート)のS字のTシャツからブリュンヒルデのB字のTシャツになつてゐたり、ギービヒ家の當主、グンターは白いスーツで肩にGの文字、腹黒いハーゲンは黒で肩にHの文字など、誰が誰なのか理解させるだけでなく、そのイニシアルの記號化が尚更何処にでもある権力爭ひのひとつとして見ることもできる。

 エッティンガーの指揮は圓熟味を増し、前回の準・メルクルよりも荘嚴な感じが出て、重みと厚みを加へ、スピード感も出て、たっぷり歌わせ、それに應へるやうに歌手たちも最初から全力投球で歌ひ切った。主役のクリスティアン・フランツ(ジークフリート)、イレーネ・テオリン(ブリュンヒルデ)、アレクサンダー・マルコ=ブルメスター(グンター)、それにダニエル・スメギ(ハーゲン)は聲量もあり演技もよく、がっちりとしたアンサンブルが決まり、滿足の行くものだった。

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2010年4月 2日 (金)

やっさん

Yassan
 實は修了式の前泊にしたのだが、それは獨逸時代の元同僚と食事する爲だった。お子さんの卒業祝ひと認知症のお母さんの看護疲れを癒してやらうなんて、おこがましいが愚痴くらいは聞いてあげられると思ったから。

 できれば祇園に在る有名店に行かうと、開店時間の30分前に行くとまだ並んでゐなかつた。そこで八坂神社までお參りして戻ると既に2組4名の男性が待つてゐて、その後ろに並ぶ。寒いでせうからと、開店5分前にカウンターに奧から順繰りに詰めて座らしてくれた。

 さう、それが知る人ぞ知る肉割烹の「安參」。怖い小母さんが居るとか、ルールを知らないと怒られるとか、色々噂は聞いていたが初めてだと知ると、きちんと食べ方や注文の仕方も教へてくれたし、お店のやり方に從つてゐれば、全く問題ないどころか快適に頂けた。たぶん、勝手に冩眞撮るとか、自分の我が儘を言つた輩が叱られたのだらう。

 最初にお通しとして白菜の漬け物が出て、まづレバー、生の刺身!これはその日の來客全員分はないので早い人でも2人で一皿。燒肉屋なんかでは、怖くて食べたことがなかつた。恐る恐る口にすると、此処のはほんたうに一枚薄皮を剥いだ表面のよいところだけなので、文句なしに美味い。舌の上でとろけると云ふのはかう云ふことを指すのだらう。噛んでると甘味が出て來る。たっぷりの青葱と辛子に、やや甘い醤油タレだけなのに、全くの新しい世界を知った。來てよかったの一言。

 そして、ツンゲ(牛舌)、赤身、湯通ししたマーゲン(胃)だとか刺身が一通り出て來て、それからやおら燒物や煮物が注文できる。何故か獨逸語なのが嬉しい。サラダを食べ、牛舌の鹽燒きを食べたら、もうお腹一杯になつてしまひ、名物の煮込みもの迄手を出せなかつた。ワインも豐富だが、2人では飲み切れないので次回に樂しもう。此処はお勸めする。


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2010年4月 1日 (木)

懇親會

 京都での懇親會は新風館の「TAWAWA」で行はれた。元は「京都中央電話局」であつた煉瓦造りの建物の外觀を殘し、中を綺麗に改装して今風の店が入り中庭では何か演奏會のやうなこともできる施設だった。なかなか、洒落たことをしてくれるのは、さすが京都だと思ふ。

 ワインを酌み交はし、お喋りばかりしてゐたので、味を云々する資格はないが、大勢入る會場と飲み物や料理があるだけで充分だった。丁度料理を取らうとしてゐるところを撮られてゐた。

 懇親會は先生や先輩方も出席下さり 姉と慕ふ方の名調子の司會で進み、プロジェクターが接續できなかつたことなど全く問題なく濟み、途中ビンゴ大會でも大いに盛り上がり、無事終了。勿論、そのまま二次會、三次會へと突入したが、すっかり解放感に包まれ翌朝は二日酔ひでした。
 

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