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2010年4月 5日 (月)

権力爭ひ

 新國の「東京リング」、ワーグナーの樂劇《神々の黄昏》最後のマチネ公演を觀る。指環四部作の最後を飾るに相應しい立派な演奏だった。

 アルベリヒの息子、ハーゲンこそが劇の中心であって、策略を巡らし、ジークフリートに忘れ藥を飲ませて、ブリュンヒルデとの仲を裂いて裏切らせて死に追いやり、最後に指環を得ようとするが、火葬の火によりジークフリートの遺體は燒かれ、ブリュンヒルデは後を追ひ、天上の神々の館ワルハラをも燃やし、ラインの乙女たちの起こした洪水により舊世界は破壊される。神々の支配した時代は終はりを告げ、〈愛にによる救濟の動機〉を高らかに歌い上げる。生き殘った人類に未來はあるのか、同じ愚を犯すのか…。

 キース・ウォーナーの演出は二度目なので、理解も深まった。ギービヒ家の居間に招き入れられたジークフリートが忘れ藥を飲むと、背景の羊の頭圖が二重冩しとなり、ハーゲンの策略の下に入った偽りの世界だと暗示する。ブリュンヒルデが居た炎に囲まれた岩山の家ごとギービヒ家に持って來られて、それが向きを變へると火葬場になる。狩りに使つた槍がそのまま薪になつたり、権力の放棄とも讀み取れる。表層だけではなく、その奧に潜む謎解きの樂しみがあつた。スーパーマン(ジークフリート)のS字のTシャツからブリュンヒルデのB字のTシャツになつてゐたり、ギービヒ家の當主、グンターは白いスーツで肩にGの文字、腹黒いハーゲンは黒で肩にHの文字など、誰が誰なのか理解させるだけでなく、そのイニシアルの記號化が尚更何処にでもある権力爭ひのひとつとして見ることもできる。

 エッティンガーの指揮は圓熟味を増し、前回の準・メルクルよりも荘嚴な感じが出て、重みと厚みを加へ、スピード感も出て、たっぷり歌わせ、それに應へるやうに歌手たちも最初から全力投球で歌ひ切った。主役のクリスティアン・フランツ(ジークフリート)、イレーネ・テオリン(ブリュンヒルデ)、アレクサンダー・マルコ=ブルメスター(グンター)、それにダニエル・スメギ(ハーゲン)は聲量もあり演技もよく、がっちりとしたアンサンブルが決まり、滿足の行くものだった。

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