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2010年5月14日 (金)

お染&久松

 文樂の舞臺は關西が多く、野崎觀音と云はれても全然ピンと來ないが、例の勝沼の葡萄を見附けた僧、行基手彫りの十一面觀音を本尊とした「慈眼寺」のことを指し、大阪から德庵堤を船で行くか、土手を行くかで賑はつたと云ふ。
 今月の文樂公演夜の部ではご存知《新版歌祭文》が掛かつてゐる。特に名高い〈野崎村の段〉は、丁稚の久松とその奉公先の油屋の娘お染との成さぬ戀を、周り人々の思惑を描くことにより筋が進む。「お染久松」の物語として有名らしいが、それすら知らなかつた。事前、住大夫のCDを幾度も聽いてゐるので、耳には慣れてゐたが素浄瑠璃ではなく、舞臺を觀るのも初めてであつた。
 その上、今回は〈野崎村の段〉だけでなく、後日談の〈油屋の段〉〈藏の段〉もあり、ほんたうに二人は心中をしてしまふ悲しい話がじっくりと味はえる。

 いつもはとてもがっかりさせられる綱大夫さんが元氣になられ、滑舌もよくなり、とても聽き易くて助かつた。勿論、住大夫師匠は、きっちりと演じ分けてくれる爲、目を瞑っても誰の科白か判る名人藝。事前に、錦糸さんから調子を變へる爲に途中で駒を變へると聞いてゐたので、じっくり手元を見たが何事もなかつたやうに取り替へて、とても滑らかであつた。錦糸さんだけはいつも安心して聽ける。
 今回、錦糸さんの連レが清志郎さんではなくて、龍爾さんも初めてで新鮮だった。若手も育つてゐるのだらう。 「團子賣」では、錦糸さんのお弟子さんの錦吾さんが他に引けを取らず、一糸亂れず立派に演奏してゐた。今後が益々樂しみだ。

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