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2010年6月 9日 (水)

 新國でリヒャルト・シュトラウスの大作《影のない女》を觀る。1984(昭和59)年に來日したハンブルク國立歌劇場の公演を觀て以來の生オペラとなった。當時、レオニー・リザネク(1926-1998)の壓倒的歌唱力に平伏し、獨逸オケの底力を感じさせる大音響と繊細な室内樂的な響きに度肝を抜かされ、日本人には演奏不可能だと思つたもの。

 あれから四半世紀も過ぎれば、東京交響樂團とは云へ、技量も上がり、十二分に滿足させるだけの音質に向上し、素晴らしい演奏となつた。廣瀬大介さんの作品解説に拠れば「影が、子供を産む能力、母親となることのできる能力の象徴として扱はれる」ことを押さへてゐれば、象徴的な筋書きも理解できると云ふやうに、ホフマンスタールとの協同作業は、第一次世界大戰後の荒廢した世の中で、明日への希望をもたせた内容となつてゐる。

 靈界の王カイコバートの娘が人間界の皇帝の妻となつたものの、影を得られなければ皇帝は石になつてしまふことから、貧しい染物屋バラクの妻に富と若い男と引き換へに影を得ようとする。併し、人間の愛に触れて、誰も犠牲とせずに運命を受け入れようとする皇后に、カイコバートも心打たれて呪ひを解き、二組の男女が結ばれる話。

 ドニ・クリエフの演出は家と石垣が分解、壊されては前後左右に移り、再構築することにより、場面轉換の流れを滑らかにして、心理的な象徴の役割も持たせ、恣意的ではなく考へ抜かれたものであつた。但し、エーリヒ・ヴェヒターの指揮は凡庸であり、劇的な表現に乏しく譜面通りの演奏をしたに過ぎず勿體なかつた。獨唱歌手陣は遜色なくアンサンブルの良さを發揮してゐたが、その中では特にバラクの妻役のステファニー・フリーデの歌唱力は抜きにでて力強く響き渡り、豪華であつた。

 1919(大正8)年に維納(ウィーン)で初演した際は、フランツ・シャルクの指揮の下マリア・イェリッツァの皇后、ロッテ・レーマンのバラクの妻と云ふシュトラウス大のお氣に入りの歌手を配し、さぞかし素晴らしかつたことだらう。勿論、全曲はおろか抜粋すらないが、78回轉盤の短い演奏では片鱗しか伺ひ知ることはできない。併し、彼女らの歌聲には、そこはかとなく漂ふ維納の香りが見え隠れする。

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