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2010年7月 6日 (火)

足元の寶探し

Gaien1 京都造形藝術大學と東北藝術工科大學の外苑學舎(キャムパス)開校記念企劃(オープンイベント)に參加した。初ッ端を飾る特別談話會は面白かった。

 外苑學舎開校の挨拶では、「生きる」をテーマとする東北藝術工科大學では、土に携はれるやうに農業にも取り組み始めたと松本學長が話し、京都が彌生を代表するとすれば、山形は土の匂ひを代表する縄文なのだと。教授と學生たちで上手に枝豆を育てたところもまれば、ほったらかしの雑草ばかりに見える畑もあつて個性が出て面白いらしい。

 演臺の背景に書かれた「藝術立国」の文字から、日本的なものを「和風」と云ふが、和は全く異質なものが集まり、他を認めつつ、調和を生むもの。聖徳太子が唱へた「和を以て貴しとなす」からずっと、平和の思想であり、絶妙な釣り合ひを生むものだと千住學長(京都)が語る。話がとても上手。この外苑の土地は近代化の象徴となった明治天皇を祀ってあり、學徒出陣壮行會が行はれた所であり、これから平和を打ちして行くのに相應しい場所なのだとも。昨年、最後のレポートに「明治神宮の森」を書いたので、自分にとつてもとても大切な場所となつた。

 さて、榎本了壱デザイン學科長(京都)が司会を務め、いきなり國際電話。ロス・アンゼルスから電話で參加した秋元康副学長(京都)は現場で覚えて来たことが多いので、自分の学生たちにはプロの仕事に触れさせていると現在の取り組みを紹介後、東京に芸術家が集まる場所が要ると外苑キャンパスの必要性を説明。

 宮島達男副學長(東北)は人の營みには技術が欠かせないと言ふ。あらゆる技術を使ふ爲に、授業では必ず最初にヌードを描かせる。最初の二分間は局部に目が釘附けになるかも知れないが、根源的な感動がある。 人體を知るのは他者を理解する第一歩なのだ。

 小山薫堂企劃構想學科長(東北)は「日常の幸せの積み重ねが一番の幸せ」となり、豐かな生活となる。小さなことに氣附く大事さ、幸せを見附ける企劃に就いて學ぶのだと。

 辻仁成教授(京都)は日本は豐かになったから、實は自殺が多いのではないか。テレビ、ネット、講義と皆一方通行がいけないのではないか。人間とは何かと云ふ問ひ掛けをして行きたい。教へるのではなく、問答を通してお互ひに學びたいと。

 そして、千住學長の突然の閃きにより、鍵言葉が決まる。「足元の宝探し」!

 夜中に社員を使つて捻り出した議題は、あっさり30分前の打合せで否定され、どこまでも自由に進める千住さんの力の源は「自信」なのだと、氣附いたと小山さん。

 ネット環境が整ひ、誰もが發信できる世の中は情報に溢れてゐるが、その限界もはっきりした。現實行動をしなければ、五感は全く傳はらないし、得られないもの。通信教育だけでよいのか、行動を起こして行くことが重要なのだ。かうして新學舎で、全ての人にアートを、感動を共有できる場を提供する。

 人間こそはすべてアートなのだ。畫號やハンドルネームを使ひ分け、幾つもの自分の顔をもてる時代。ネットで遠くを照らす人間燈台に拘ると、足元を照らせなくなる。自信を持ち、全ての枠組みを取払ひ、自分らしさをひねり出して行く。足元に寶はないかも知れないが、自分で見附け出し掘り出して行かう。

そんな、話でした。千住さんがカラオケでマイクを放さなかったとか、小山さんの事務所でパンやを經營してゐるなど、面白い話は澤山あつた。


 

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