« 過去の記憶 | トップページ | 1958年 »

2010年9月15日 (水)

あこぎな

 三重縣津市東部一帶の海岸「阿漕浦」は伊勢神宮のに供へる魚の漁場として殺生禁斷の地であつたが、禁漁を破り度々魚を捕り、つひには見附かつて簀巻(すま)きにされて沈められた傳説がある。そこから、 度重なる、しつこくて、ずうずうしい樣や、義理人情に欠けるあくどいことを「あこぎ」と云ふのださうだ。

 文樂東京公演で聽いた《勢州阿漕浦》は、その傳説の漁師平治が母の病を癒す爲に矢柄(ヤガラ)を捕る話と、海底から失はれた寶劍を探し出し、田村磨の逆賊退治に役立てる話が絡む。
波間の描冩、刀を抜いて平治と治郎藏の立ち回りになるところなど、錦糸さん太棹が冴えて、初役と云ふ住大夫を盛り上げ、聽き惚れてしまつた。

 そして《桂川連理柵》は旅の途中、偶然遇った40過ぎの男が隣家の娘を庇ふ筈が、ふとした彈みで離れられない仲となつてしまひ、つひには心中してしまふ話。跡取りとは云へ養子であること、繼母のイビリ、大事な刀を盗まれたり、どんなに妻が力添へをしてくれても、追い詰められて行く長右衛門の苦惱に對して、丁稚長吉の能天氣な有り樣の對比が素晴らしい。嶋大夫が下世話な京商人をよく演じてくれた。住大夫の〈帶屋の段〉とはまた違つた魅力であつた。

|

« 過去の記憶 | トップページ | 1958年 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/36743843

この記事へのトラックバック一覧です: あこぎな:

« 過去の記憶 | トップページ | 1958年 »