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2010年10月29日 (金)

 先日、母を連れて「L'AMOUR 美輪明宏音樂會<愛>」へ行つた。昭和の流行歌とシャンソンを中心にしたもので、世知辛く乾いた世の中だからこそ、潤ひが必要だと、叙情的な歌ばかりを集め、妖艶な世界で歌ひまくる。

 御年75歳でも歌つて踊れるのは常人を越えてゐる。併し、さずがに氣色惡い氣もして、落ち着かないものだが、自身の浮き沈みの激しい人生から學んだことを語り、見返りを求めない、與へ續ける愛を歌で表現して行く。その内に、ずるずると美輪の術に嵌り、第一部の終はり、自身の作詞作曲した「金色の星」「愛の贈り物」を聽く頃には、すっかりその世界に浸たつてしまふ。

 美を體現するの異端者だからこそ見える世相であつたり、異端者としての辛さをバネに愛を求めるのではなく、與へるものだと、繰り返し語る。人の所爲ではなく、些細なことに感謝する心があれば、世の中の見え方が違ふのだと。

 美輪の獨唱會を「魂の浄化」と表現した人がゐるが、おばちゃんたちの拍手喝采、スタンディング・オベーションに應へ、妖魔の幻惑か、アンコールで「愛の賛歌」を歌う姿は金色の吹雪の中に立つ慈愛に滿ちた觀音樣のやうに見えた。今後も迷へる現代人、衆生済度を救つて欲しいものだ。

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2010年10月28日 (木)

新作

Jiku6 表装を習ひ初めて一年半。やっと六作目が完成した。今回はかなりてこずり、4箇月も掛かつてしまつたが、各々の速度で氣樂にできるので有り難ひ。

 前回は無地の裂(キレ)に筋入りを學んだのだが、今回は裂一枚を全體に使ひ、上下の柄合はせをする袋表具。一番最初、裂を裏打ちする際に細心の注意で布目を真ッ直ぐにした筈であつた。ところが二週間經つて乾いたら、端がかなり歪んでゐた。その時ならまだやり直しができたが、ええい、儘よと、そのまま作業をすることに。

 作品だけだとやや印象が弱いので、水色の裂で筋入れをして、作品を囲む。額のやうな効果が出たが、総裏をする際には、紙と裂の伸び具合が違ふ爲に皺が入るは、一筋縄では行かない。最初の躓きは、作品横の柱に出て、だいぶ斜めになつてしまつたが、これを戒めにしよう。賣る譯ぢゃなし、義母の描いた繪手紙なので、義母に献呈。

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2010年10月27日 (水)

ドイツワインのテスト

Pruefung 日本ドイツワイン協會聯合會事務局長を仰せ附かつてゐる爲、ドイツのワインや文化に詳しい人に與へられる呼稱資格試驗の問題作成から關はり、試驗當日は司會進行を行つた。裏方を經驗して、初めて知つたが、これはもう受ける方が全然樂なのだ。勉強したら、それだけ結果に反映されるが、主催者となると間違ひや滯りはなくて當たり前なので、係一同一丸となつて働かないと必ず支障が出て來る。

 今回は幾度もお手傳ひをして下さつてゐる熟達役員さんたちのお蔭で、滯りなく終へることができた。急遽、獨逸大使館から參事官がご挨拶に參られ、會長、名譽會長は對應に大童(オホワラワ)となり、一人會場を仕切ることとなっつたものの、あたふたする割に昔から本場だけに強いのと、かう云ふ役回りが増えた所爲か、始まる前は受驗生より緊張してゐたのに、マイクを前にすると、案外落ち着いて話すことができた。

 痛恨の極みは、事前に幾度となく繰り返し確認したにも拘はらず、出題に間違ひがあつたこと。誤植や回答に當たる番號がなかつたり、冷や汗ものであつた。大勢が受かつてくれると嬉しい。
Pruefung2


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2010年10月26日 (火)

創業180年

Kagai1Kagai3Kagai2 弊社は明治生まれの創業130年を迎へたばかりだが、上には上が居て、大阪北濱の「花外樓」さんは創業180年、天保年間に生まれたと云ふ。大川沿ひなので、幕末は尊皇の志士たちが舟で逃げられたとか。此処で開かれた大阪會議の際に、木戸孝允が「花外樓」と命名したと云ふ、傳統と格式のある料亭だ。
 確かに料亭は敷居が高いばかりかお値段も張るが、ゆったりとした空間で疊の上に丸卓子に六人が車座になつて座るのは心地よい。
 座興に澤千左子さんが地唄大阪歌を披露してくれた。芝居好きには堪らない〈五段返し〉、昨日觀たばかりの〈封印切〉の場流れる地唄、〈浪花の四季〉など、大阪らしい盛り上がりを見せた。古典藝能に親しむやうになつたお蔭で、飽きない。

 そして、篠笛の形をした器にぎっしりと子持若〆、鰻八幡巻、鈴子、甘海老、とんぶり、菊花和へ、サーモン博多が詰まり、小鉢には叩き芋に烏賊このわた 三ツ葉があしらへてあつた先附、毛蟹の煮物、九繪、伊勢海老、トロの造里はクエが絶品。凌ぎに甘鯛蓮蒸しが出て、梭子魚(カマス)の燒物、そして翡翠茄子、蒸し鮑、燒松茸、生雲丹に針生姜の強肴、飛龍頭に海老芋の炊き合はせ、そして松茸御飯に牡蠣蕎麦が出て、チーズムースに澁皮煮に果物と云ふ何とも贅澤な品々が卓子を賑はした。然も、旭川の旅館「扇松園」の女將と、これからワインを導入しようと云ふ「神戸たん熊」のご主人が隣で、ワイン談義にも華が咲いた。
 併し、かうも贅澤續きでお腹周りが氣になる。

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2010年10月25日 (月)

受講

 今回の來阪の目的はレス協主催の「經營者とお女將のトップセミナー」を受講する爲。

 映畫評論家の三木真理子さんはシネマトーク「映畫はコミュニケーションのツール」と云ふ題目で、1895年リヨンで産聲を上げたリュミエール兄弟の「シネマトグラフ」が、翌年には丁度リヨンに留學してゐた京都の實業家、稲畑勝太郎により持ち歸へられ、京都河原町で上映され、1897年には大阪、南地演舞場(現TOHOシネマズなんば)で木戸錢8錢を取つて、有料上映された爲、映畫と大阪は深~い関係があるとのこと。
 映畫は世相を映し、映畫ビジネスは時代を反映するので注目してゐて損はしない。見知らぬ世界や人生を疑似體驗でき、大畫面に廣がる風景は旅情を誘ひ、心に響く感動は豐かな感性を育むので、映畫を見て感じたままを語り合ふだけで、世代を超えてコミュケーション・ツール、即ち會話の道具になる。そんな内容でした。

 そして、もうお一人、今宮戎神社「えべっさん」の宮司、津江さんのお話は惠比壽樣は福の神であるが、福の字を分解すると「示」はお告げを表し、「畐」はふくらみのある器を意味し、音讀みは「フク」だが訓讀みでは「サキハヒ」となり、榮ゆ、盛り、生命力の充實を表してゐると云ふ。また、惠比壽樣は七福神と共に寶船に乘つてゐるが、唯一日本の神であり、元は漁業の神であつた爲、片手に釣り竿、片手に鯛を抱へ、海の守護ではなく、海から幸をもたらす神であつたのが、何時しか商賣繁盛の神に祭り上げられ、三國(天竺・中國・日本)の神樣が集まり福をもたらす、福の神サミットに出席してゐるのだとか。學者肌の先生らしいお話で、福は心の持ち方ひとつであり、目に見える利益や形だけではないこと、感謝の気持ちを持てば自ずと福が授けられると締めくくった。

 

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2010年10月22日 (金)

中之島

 レス協の集まりは午後故、午前中は京都造形の同期生が志願奉仕で案内人をしてゐる中之嶋に在る「東洋陶磁美術館」へ。舊安宅蒐集品を元に建てられた爲、自然光照明であつたり、和物は少し低く疊に屈んで作品を觀るやうな姿勢で見たり、随所に工夫が凝らされてゐる。
 こちらの生半可な知識に比べると友人の解説は的を射るもので、ふむふむと納得した。一口に青磁と言つても、實に色に幅があり、青に近いものからオリーブ色迄樣々な上、日本人好みと云ふものがあると知った。
 そして、部屋に入り、嗚呼これは美しいなあと思ふ作品の前で、單眼を取り出して、形を愛で、表面の色艶や文樣にじっくりと見入つてゐると、「お目が高い」と聲が掛かる。ふと解説を見ると前田家傳來の國寶や重文であつた。自分に審美眼が備はつたとは思はないが、有田、唐津、美濃と燒物を現地で觀て來た知識が大いに役立ち、素直に美しいと思へてよかった。

 Koukaidouそして、直ぐ向かひの中之嶋公会堂地階の倶樂部でオムライスを頂く。創建當時の雰圍氣が殘り、綺麗に化粧直しをされたこの食堂は一年振り。大勢で賑はつてゐる。高い天井が氣持ちよく、限定200食と云ふ名物も680圓と云ふ庶民價格。

Omurais
 そして、午後一番で同じく同期生が館長を勤める「除痘館記念資料室」へ。緒方洪庵(1810-1863)が種痘を始め、天然痘撲滅の礎を築いたことを、パワーポイントを使ひ、要領よく説明を受けた。適塾に通つた福澤諭吉が度々牛鍋屋へ通つたと『福翁自傳』に書いてあつたことを思ひ出す。目の前には1901(明治34)年に建てられた、まるで武家屋敷の「大阪市立愛珠幼稚園」や「舊緒方洪庵住宅」も僅かに殘り、江戸時代の名殘が見られる。

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2010年10月21日 (木)

大阪城

OcNakamura レス協の集まりの前日に、大阪城西の丸庭園内の芝生の上に假設された、文字通りの芝居小屋「平成中村座」の晝の部公演へ。二階下手の最前列故、よく見える。眼下の花道も迫力が違ふ。以前、淺草で觀た同じ小屋の〈山科閑居の段〉は仁左衛門(15代目)が光つてゐたが、今回は大阪に因んだ作品が主となる。

 《熊谷陣屋》は殊の外、熊谷直實役の橋之助(3代目)がよかつた。一の谷合戰後、須磨の熊谷陣屋が舞臺となる。「一枝を伐らば一指を剪るべし」と記した制札を受け、天皇家のご落胤である敦盛を助けるやうに義經から密命があつた。それ故、合戰では密かに敦盛を助け、身代はりに自分の子供の首を差し出し、世の無常を感じて出家すると云ふ話。長袴を捌いての大見得など、お家藝(芝翫型)が勇壮豪快に演じられてゐた。
 人形のやうに大人しく、品格のある若武者、義經役をそつなく演じた獅童、自分の息子が殺されたと知り取り亂す熊谷の妻、相模役を母の情を全面に出した扇雀、宗清役の澁い彌十郎と脇役もよい。狭い舞臺故、義太夫節もよく通る。

 《紅葉狩》は平維茂(コレモチ)(獅童)が更級姫に化けた鬼女(勘太郎)を退治する話。舞が中心となるが、馬上の人として現れる獅童の堂々とした立ち姿、時折本性を出し乍ら舞ひ踊る勘太郎も若若しく、減り張りのある踊りがよかつた。そして、幕切れには背景が開いて、大阪城が現れる、此処でしか成し得ない演出に拍手喝采。義太夫、長唄、常磐津と聲色の違ふ音曲がまた素敵であつた。

 そして、《封印切》。遊女梅川(七之助)を身請けする爲に、八右衛門(彌十郎)の惡態に彈みで公金の封印を切ってしまふ忠兵衛(勘三郎)。死罪は免れず、來世で結ばれることを誓つて死ぬしかない悲戀物語。文樂《冥途の飛脚》では親しんでゐるが、歌舞伎は初めて。

 七之助の艶やかさが一段と輝いてゐた。玉三郎の妖艶さに及ばないにしても、當代随一の若手女形だらうか。所作も美しく品がある。また、彌十郎の悪役振りは憎々しげでよい。そして、勘三郎のへなった優男がまた似合ひ、おちゃらけてゐたのが事態の急轉に腰が抜け、未練や親に對する詫びであつたり、身請けに對するお祝ひの中、どんどんと落ち込んで行く樣が見事であつた。《夏祭》の海老藏に比べると、大阪辯も淀みなく、天晴れ。わざわざ觀に行った甲斐があつた。

 さて、今晩と明日、皇居前の和田倉門噴水公園レストランで開かれる、在日獨逸商工會議所主催「ドイツワインフェスティバル2010」へ手傳ひに行きます。事前申し込みが必要ですが、見掛けたら是非聲を掛けてください。

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2010年10月20日 (水)

祝ひ膳

Kusa 岳父、傘壽のお祝ひ(80歳)に金田中「」を訪ねる。
 仕事柄、お附き合ひの會食も増えたのだが、此処はさすが料亭ならではの心配りが随所にあり、納得することしきり。前菜と雖も、細々とした山海の珍味が並び、酒の肴として完璧。文句の附けやうがない。將に季節を食らはんと云ふ趣がよい。萩や紅葉が敷いてあつたり、松茸、お初の河豚刺身など、器が運ばれる度に感歎の聲を上げてしまつた。見習いたものだ。

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2010年10月19日 (火)

TFTメニュ

 中學校の運動会は建前として、事前に並ぶのは禁止されてはゐるものの、朝7時に行くと既に列ができてゐた。それで居て、入場は順番通りではなく、一、二の三で走るので、どうかと思ふ。

Tft さて、ランチは久し振りに同じ敷地内に在る大學學生食堂で頂く。そこにあつたTFTメニュ!

 何ですかこのTFTとは。日替はりの内容らしく、オニオンコンソメ、サラダ、木の子のリゾットと、カロリーも少なめ故、これを選ぶ。學食如きで味の云々を言つてはいけない。低價格に徹してゐるのに、不味くはない。十分立派である。

 さて、意味が分からない儘では居心地が惡いので、後で調べたら、「table for two」、「二人の食卓」を意味してゐた。貧しい國の人と食事を分かち合はうと云ふもの。比較的カロリーの少なめな健康料理一食に附き、20圓の寄附金がこの「table for two」を通じて開發途上國の子供の學校給食になると云ふ。おお、食事をしただけでよいことしたではないか。

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2010年10月18日 (月)

ズボン役

 新國立劇場2010/11年のオペラ上演期間の開幕を飾るのはリヒャルト・シュトラウスの《アラベッラ》。ホフマンスタールとの最後の協働作業であり、《薔薇の騎士》よりも喜劇的な要素を増やしたと云はれ、1932年に完成し、國家社會主義獨逸勞働者黨(ナチス)が政権を取つた翌年にドレスデンで初演されてゐる。

 社交界の花形で貧乏貴族の長女アラベッラが家を救ふ爲に、男として育てられた妹のズデンカが姉の玉の輿を助けると共に、自身の戀を成就させる話。原作は1860年代の維納を舞臺としてゐるが、演出のフィリップ・アルローは1930年代の大恐慌時代、即ち初演された頃に時代を置き換へ、アール・デコ樣式の維納のホテルを青で飾り、舞臺とした。

 シュトラウスはつひ技巧を凝らせて、心情を鳴らしすぎるきらひはあるものの、第三幕で姉と偽つて初めて男性を相手にし、自らの假面を脱ぎ去り、女性として人前でズデンカが「パパ!ママ!」と叫び乍らネグリジェの儘、階段を下りて來るところに音樂はないのが非常に効果的であり、姉アラベラは婚約の印として一杯の水をもって降りて來る場面となると、氣品に溢れ、陶酔感に包まれる。圓熟した作曲の腕の見せ所となる。ウルフ・シルマーの指揮は激情に走らず、中庸を保ち東フィルを大いに盛り上げ、妻屋秀和はヴァルトナー伯爵を見事に喜劇の父親らしく演じ、ミヒャエル・カウネはちやほやされても性根の優しいアラベッラを歌ひ上げ、アグネーテ・ムンク・ラスムッセンは少年を演じねばならない乙女の揺れる心を可憐に表現してゐた。

 それに引き換へ森英恵の衣装は殘念であつた。演出に合はせて、樣々な青色衣装は確かに面白いが、今更こんな意匠しかないのか疑問に思ふものが多すぎる。夜會服にモーニングを着せたり、時代遅れな意匠が痛々しい程。平成の御代に相應しくない、がっかりさせられものばかり。アラベッラの胸に蝶のブローチを附けるのは許すとしよう、彼女の特徴でもあるのだから。それにしても、大地主マンドリカの意匠など、全くクロアチアらしさなど感じられない、單に中歐風ないい加減なものでしかない。觀客は、もうこんなので騙されはしない。過去の榮光に縋つた惨憺たるものであつた。

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2010年10月15日 (金)

御曹司

Lambo 先週末はマレーシアGP、けふはもう豪洲GPが始まつてゐるので、茂木の昂奮も薄れつつあるが、パドックで珍しい選手の自筆署名を頂いた。成績不振のルーカス・ペセックの代はりに、マッテオーニC.P.レーシングからMoto2に參戰を始めた、フェルッチオ・ランボルギーニ。かの名車ランボルギーニの創設者フェルッチオ・ランボルギーニの孫に當たる御曹司。この日本GPから殘り5戰を闘ふのだが、今回の結果は33位と奮はなかつた。パドック内假設小屋で偉ぶるところなど微塵もなく、ごく普通の選手であつた。御曹司の色眼鏡で見るのがいけないとは思ふが、好青年の19歳。ショーヤと同い年だと思ふと活躍を期待したい。


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2010年10月14日 (木)

王者

Vale3 骨折が完治してゐないのにこの走りは惚れ惚れする。パドック特設地區からだと第三角がよく見える。爆音を轟かせ、鮮やかに身體傾けて曲がる姿は美しい。

Vale6 決勝戰はアンドレアの追ひ上げも届かず、ケーシーの獨走であつたが見所は三位爭ひであつた。ホルヘと死闘を演じ、抜きつ抜かれつハラハラさせられるも、見事表彰臺を獲得した王者ヴァレンティーノ・ロッシ。

Vale5 シャンパンファイトもさぞかし樂しかつたに違ひない。こちらも、近くで見られたので一體感も一入であつた。熱の入つた競走を目の當たりできた感慨は忘れない。

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2010年10月13日 (水)

ヤマハ應援席

 さて、一昨日マレーシアGPでは、久し振りにヴァレが優勝を飾ったが、ブログでは相變はらず茂木の報告の續きをしよう。

大治郎應援席も樂しかつたが、表彰臺に近いヤマハ應援席はもっとよい。勿論、本命のヴァレの應援を大手を振ってできる。限定席故、應援記念品も多い。帽子、Tシャツ、旗に簡易袋まで附く。
 座席は大ちゃんブルーとは違ふ出資社フィアットの青色だらうか、皆が揃ひのTシャツなので、應援にも力が入る。

Yamaha1


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2010年10月12日 (火)

青山兄弟

Akamaru2  ヒロシ兄の應援に弟周平が驅け附けてゐるのかと思ひきや張りボテ。此処は中央廣場内の屋臺で周平が浪人時代にお世話になつた麺屋「紅丸」の出店。4月は突然の延期に仕入れた材料を無駄にしない爲、相當苦勞したと聞いたので、決勝戰のお晝は此処の名物「チャーシュー丼」を頂く。

Akamaru1 座席で落ち着いて食べられるのがいい。味のたっぷり染み込んだ煮豚とピリ辛のタレと漬物の相性もよく、あっと云ふ間に平らげてしまつた。

Sanra その他、選手應援料理は色々あるが、豫選ではカフェ・どんぐりでユーキ(高橋裕紀)の好きなサンラータン麺が附け麺版で登場してゐた。昨年の汁ソバも美味しかったが、こちらは汁の中も具材がたっぷりと入り、ラー油が辛くて唇が腫れるかと思はれる程で、これも美味。普段、刺戟的な辛いものは口にしないが、歩き疲れて腹ぺこであつた爲、美味しく頂いた。


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2010年10月 8日 (金)

笠間の宿

Siroyama1Shiroyama2Shiroyama3 茂木には宿泊施設が少なく、ここ數年は笠間の割烹旅館「城山」に泊まる。時間で男女が入れ替はる大浴場の浴槽に薔薇の花を浮かせるのは過剰サービスだとは思ふが、兎に角食事が旨い。孰れも外れがなく、朴訥な茨城の方のもてなしに心が安まる。季節感のある食材の數々、庶民的な笠間燒の陶器、丁寧な仕込みの味はひが口の中に廣がるだけでもほっとする。畫像以外にも甘海老と鮪の刺身、真子鰈の揚物、酢物等澤山出して下さつたが全部紹介できないのが殘念。
 たらふく食べたら、直ぐに寝て翌朝、少し早めに出發しないと邊鄙な駐車場へ案内されてしまふ。

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2010年10月 7日 (木)

樹冠飛行

Krane1 ツインリンクもてぎには里山保全の設備を整へたハローウッズと、森そのものを樂しむ施設が色々とある。もう子供騙しな幼兒向け乘り物に見向きもしない娘たちが唯一熱狂するのが、この「クラーネ」。木々の上からの眺めを樂しむと共に、新しい發見と一寸緊張感も味はつて貰はうと云ふ主旨。ワイヤーロープに吊り下がり、滑車を使つて降りて來るだけなのだが、途中猪や土竜(モグラ)の足跡、茸や昆蟲の話を聞き乍ら、久し振りに歩く林の中は大人でも樂しい。

Krane2 高さ20米を越え、長さ100米以上を渡るので非常に緊張する。途中、吊り橋を渡るのでさへ足がすくむが、それがまた快感でもある。晴れ渡つた空の向かうに日光や那須の方まで見渡せ、足下のレース場の騷音とは別世界が廣がり、實に愉快。茂木に行く機會があれば、一番にお勸めする。

Krane3


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2010年10月 6日 (水)

追悼

Shoya1Shoya2 ショーヤ(故富沢祥也)が彼岸に渡つてからまだ日が淺く、悲しみの癒えぬ間に、ショーヤ自身が待ちに待った筈の地元開催、日本GP。ツインリンクもてぎ内随所に追悼記念の品々や献花臺に大冩しの畫像が飾られた。君の笑顔は決して忘れない。既に意匠も決まつてゐた茂木特別仕樣のヘルメットがパドック内に飾られ、決勝戰前には追悼式が行はれて、Moto2級の永久欠番となった背番號48番がご兩親に返還された。そして、優勝した選手が48番を附けたヘルメットを遺族に寄贈したり、表彰臺にショーヤのTシャツを持ち込んで讃えたり、心温まる場面も多く見られた。どれだけ皆に愛されてゐたのだらう。

Shoya3


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2010年10月 5日 (火)

パドック

1251 月初めの雑務に追はれ、昨日は何も書けなかったMotoGP世界GP、第14戰日本グラン・プリ。心配された雨も降らず、秋晴れの茂木の朝は氣持ちがよい。火山の所爲で延期したので待ちに待った豫選の土曜日はパドックへ。早朝から準備に追はれて慌ただしい。オンガッタチームが125ccのマシンを並べて暖氣。これから始まると思ふとゾクゾクして來る。

Vale1 一昨年邊りから、選手を守る爲に假設柵が張られて近附き憎いが致し方ない。日本人の過度な盛り上がりで選手たちがレースに集中できないと苦情が來たのだから。我らのヴァレは人垣に囲まれて遠いが、にこやかに消えて行った。

Hirosi1 パドックで樂しいのは選手に自筆署名を得られること。ヒロシの周りもいつも人だかり。嫌な顔せずにサインするのもたいへんだらうに。自分もちゃっかり貰った。


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2010年10月 4日 (月)

祝賀會

 ホテルオークラで開かれた親父叙勲祝ふ會には、レス協、シエーン・デ・ローティスールの會、ライオンズ倶樂部に學友、庭球仲間、親戚と102名が驅け附けてくれて、おお賑はひであつた。
普段は霞が関ライオンズ倶樂部の例會で使ふ爲、ワインの持ち込みはロハにしてくれただけでなく、総料理長自らロースト・ビーフを切り分けるなど、ホテル側の誠意が感じられ、和氣藹藹と行はれた。柿傳のご主人の名司會もさすがであつた。


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2010年10月 1日 (金)

發見

 本日からMotoGP、日本グラン・プリの豫選が栃木縣茂木市に在る「ツインリンクもてぎ」で始まる。内燃機関の仕上がり、タイヤの選擇、選手動向… 氣になつて仕方ない。明日は早朝から驅け附ける。

101 先日、髪切りの歸へり道、青山の骨董通りで携帶型蓄音器HMV101が店頭に置いて有るので吃驚仰天。然も、燦々と太陽輝く硝子越しに!80歳に日燒けはないだらうに、よそ樣の品なのに氣になつて仕方ない。どう見ても、洋服屋であつて、装飾品扱ひなのであらうが、見た目は綺麗だし、説明書まで附いてゐる。同じ赤色の蓄音器は持つてゐるから、更々買ふ氣はないが、同慶の至り。飾りにしては、扱ひがぞんざい、商品なら一帶幾らの品か氣に掛かる。今度は營業時間に訪ねてみよう。

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