« 関西の蕎麦 | トップページ | 名殘りの宴 »

2011年6月17日 (金)

高嶋屋史料館

Takasimaya1Takasimaya2Takasimaya3 日歸へりで大阪へ來たのだから、南へ足を伸ばし、「高嶋屋史料館」へ。此処の副館長が京都造形の學藝員の先輩に當たる爲、詳しく解説して下さつた。一昨年に泉屋博古館分館で開かれた「所蔵名品展」には前期後期合はせて足を運んだので、竹内栖鳳の《あれ夕立に》《ヴェニニスの月》等、記憶に新しい。

 呉服商から百貨店になつた三越、松坂屋のやうに創業300年以上とは違ひ、高嶋屋は1831(天保2)年に初代飯田新七が京都で商賣を始めてから150周年と比較的歴史が淺いのだ。明治13年創業のすき燒今朝と比べたら20年も早いのだが、百貨店としては後發だと云ふ。

 それ故に、國際的な博覧會に出品したり、ショウウヰンドーを設置したり、阪急に倣ひ南海線の終着驛に「大阪店」を開いたり、畫画商を通さず直接作家に作品を依頼する「美術部」を創設するまど、劃期的なことを次々と行つて來たと云ふ。東京日本橋の高嶋屋は何か高級な贈答品を扱ふ感じだが、大阪は庶民的な店造りを目指してゐるのださうだ。さう云へば、新嘉坡でもお世話になつた。個人の蒐集品のやうな統一感はないものの、百貨店がお願ひして作らせて名品がごっそり仕舞つてあり、まだ全てを把握してゐないらしい。
 東京店のポスターに三代目市川左團次の《矢の根》があつた。此処には一言も高嶋屋と書いてゐないが、當時の人は左團次の屋號が「高嶋屋」だと知つてゐるので、わざと描かなかつたと云ふ粋な計らひ。

 史料館の建物は堺筋に在つ舊松坂屋の建物で昭和15年だかのもの。珍しく回廊も備へ天井が高く、随所に古代希臘(ギリシア)以來の「アカンサス(葉薊)」の主題(モチーフ)が描かれてゐる。この東別館だけでも素敵なアールデコの建物。三階部分の歴史資料はポスターにしても、時代を反映してをり、非常に樂しい。來年だか再來年には「世田谷美術館」で高嶋屋展が開かれると云ふので樂しみだ。


|

« 関西の蕎麦 | トップページ | 名殘りの宴 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/40341820

この記事へのトラックバック一覧です: 高嶋屋史料館:

« 関西の蕎麦 | トップページ | 名殘りの宴 »