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2011年6月21日 (火)

コジ

 新国立劇場の歌劇期間(シーズン)も今月で終はりを迎へる。ダミアーノ・ミキエレット新演出による《コジ・ファン・トゥッテ》を觀た。「女は皆かうしたもの」と云ふ題が示すやうに、物語は二人の親友が、友人の哲學者にそそのかされて戀人姉妹のそれぞれの貞節を試す爲に軍隊へ行ったことにして、變装して戻りお互ひの相手を口説いたら、二人とも心變はりしてしまつたと云ふもの。通常なら種明かしが終はると、誰でも浮氣はするもんだで輕妙な笑ひで幕を閉じるが最近はそのまま怒つて別れるのが流行つてゐるやうだ。

 ミキエレットの演出の舞臺は亞米利加の(?)キャンプ場。小山があり沼があり、真面目な感じの青年たちが不良ぽいバイカーになって戻って來るのは樂しい。さもありなんと云ふポップなキャンプ場の雰圍氣はよく出てゐたが、宮廷歌劇のモオツァルトを期待してゐた人にとつては許し難い暴擧と感じたことだらう。併し、衣装に既製服で充分だらうから、お金も掛からないだらうからいいのかも知れない。

 今回は震災の影響でだいぶ歌手の變更はあつたものの、6人の合奏(アンサムブル)は程良く、まとまってゐた。ミゲル・A・ゴメス=マルティネスの指揮は全體にのんびりしてゐるものの、矢鱈伸ばすかと思へば突然「イン・テムポ」で激走したり緩急の差が激しい。エッティンガーのやうな疾風樣式だとグイグイと引ッ張られて、劇の中に入り込むのだが、そこまでの力はなく勿體なかつた。特に、グリエルモ役のアドリアン・エレート、ドン・アルフォンソ役のローマン・トレーケルは演技もそつなく説得力があつた。デスピーナ 役のタリア・オールも、コケティッシュな道化役ではなくて、人生經驗豐富な女性として浮氣をそそのかす感じも新鮮であつた。

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