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2011年8月31日 (水)

鰻料理

Unagi 運河の發達したブルージュ近郊は鰻もよく捕れる。鰻を食べに行くぞと聞いて、娘たちはてっきり蒲燒だと信じ込んでゐたらしい。手先の不器用な人々が、鰻を開いて骨を外して蒲燒にするやうな包丁の技術はない。きっと昔からやってゐたのであらう。ブツ切りにしてハーブで煮込んだ緑の鰻(畫像)か、トマトで煮込んだ赤い鰻、またはバターで燒いた鰻、揚げた鰻程度しか種類はないが、これが脂がのって滅法美味い。勿論附け合はせはフリット。前菜に少し食べるもよし、主菜にたっぷり食べるもよい。

 ブルージュに行くと必ず立ち寄るダムの「シフォン」。渡歐直前に顔本(facebook)で「いいね!」を押してゐたので、現在の若社長には顔を知られてゐて吃驚した。此処は現金だけなのが玉に傷だが、氣樂な店なので何時行つてもよい。 

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2011年8月30日 (火)

上面醗酵

ZotZot2 ブルージュ市内には昔から麦酒造りをしてゐる半月醸造所が在る。以前はシュトラッフェ・ヘンドリクスの名前であつたが、所有者が變はり近年は輸出にも力を入れて増産してゐるので、近くを歩くだけで甘い醸造の香りが漂つてゐる。

 重勞働と危險から解報された現在の近代的な醸造に就いて、古い機器を見せ乍ら解説してくれる英語ツアーはなかなか樂しい。常温で短い時間で醗酵する爲、最後に酵母が浮ぶので上面醗酵と呼ばれるものが主體。日本の普通のビールはラガーと呼ばれる下面醗酵よりもコクがあり、味はひ深い。また、白耳義には自然醗酵によるラムビックと云ふ麦酒も殘り、數千種とも云はれる位銘柄が多い。どれも個性的だが、自分の好みは小麦を原料とし輕い白麦酒。

 こちらの屋上からは町がよく見渡せ、ツアー後一杯のご馳走がまた嬉しい。我が家は旅行に出ても食べ物の博物館ばかりだと大笑ひ。

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2011年8月29日 (月)

ポテト・フライ

Pommes ポテトフライを獨語では「ポメス」とか「ポム・フリッツ(Pommes Frites)」と言ふが、これは佛語の「Pomme de terre frites」のことで、馬鈴薯のフライを指す。英語では何故か「フレンチ・フライ」と云ふ。ところが、このフリテュール(蘭語)は白耳義發祥の食べ物であり、白耳義人には佛蘭西由來のやうに言はれてゐることが腹立たしいらしい。 觀光地ブルージュにわざわざ「フリット博物館」まで建てた位。

 此処では南米での馬鈴薯の食の歴史から、歐州にもたらされてからの食べ方、短冊切りにする機械、美味しい二度揚げのこと等詳しく紹介してゐる。

 そして、白耳義人はケチャップではなく、マヨネーズを附けるのが一般的。それにピクルスなんてものも別添へにすると美味い。

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2011年8月26日 (金)

猪口冷糖

 白耳義(ベルギー)の猪口冷糖(チョコレイト)は良質のカカオが採れるコンゴを植民地としてゐた所爲か非常に美味い。ブルージュ市内には何件在るのか知らないが、數軒毎に手作り猪口冷糖の店が並ぶ。特にプラリーヌと呼ばれる中に別のクリームやキャラメル、違ふ猪口冷糖が入つたものが美味。店先では1個から販賣してをり、小袋で購入するもよし、自分でグラムで選んで箱詰めして貰ふもよし。

 ブルージュの「チョコレート博物館」もなかなか樂しかつた。南米の呪術的な食べ物から、歐州に傳はつてからの飲み物としての猪口冷糖、板チョコ、プラリーヌ、そして實演も見られる。カカオ、カカオバター、砂糖の分量で甘口から苦口まででき、それに牛乳を入れるとミルクチョコレートになることがよく理解できた。融點が低いので湯煎して溶かし、型に流し入れて、冷蔵庫で急激に冷やすと固まり、簡單に枠から外れるのだ。

 但し、手狭な建物の中にぎっしり詰め込んでゐる爲、日本語の音聲ガイドを聞き乍らだと全然前へ進まないのが難點。當然、子連れが多く落ち着かないが、子供用のクイズに答えてシールを埋めると最後に出口でチョコを一片呉れるので喜ばれてゐた。

 國内では名だたる白耳義猪口冷糖が買へるが、自分の好みはレオニダス。オレンジの皮の砂糖漬けをチョコレートで刳るんだ「オランジェット」、お試しあれ。

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2011年8月25日 (木)

親子體驗

Oyako 國際觀光日本レストラン協會主催、夏休み特別企劃「親子體驗」に今年もすき焼今朝も參加。すき燒や肉食の歴史に触れ、お子さんたちに實際にすき燒を炊いて貰ひ、お母さんに食べて貰ふもの。
 例年の倍近い21名が參加下さり、熱心に話を聞き、一所懸命すき燒を作つてくれた。嫌ひであつた豆腐が食べられた、家でもやってみたいと笑顔の子供たち。手順が解り、ごった煮にならない工夫を理解できたとお母さんにも好評であつた。

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2011年8月24日 (水)

古都

Shorou1Shouro2 世界遺産にも登録されてゐる白耳義の古都ブルージュは世界中から觀光客が集まる。英語でブルージュ、佛語でブリュージュ、蘭語ではブルッヘ、獨語ではブリュッゲ、意味は「橋々」で、小さな運河が澤山在り「北のヴェネツィア」の異名も。

 13世紀にはハンザ同盟に加はり、金融・貿易の一大拠点とし榮へたのだ。裕福になった市民たちが自らの成功の象徴として鐘楼を建ててゐる。王樣や教會ではなく市民と云ふのが凄い。この組み鐘カリヨンが美しい調べを奏でるのがいい。
 15世記以降は土砂が堆積して大型船が入れず次第に衰退したことが、逆に街並みを保存することとなり、19世紀に運河が再開されてから、ジョルジュ・ロダンバックの『死都ブリュージュ』、それに基づくコルンゴールドの歌劇『死都』などに紹介されて以來、觀光地となつた。

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2011年8月23日 (火)

ブルージュの宿

Yado1Yado2Yado ブルージュでは友人に頼んで街中の歩き易く、雰圍氣のある宿「Nuit Blanche(眠れない夜)」に泊まる。ホテルではなくゲストハウスなので、言つてみれば朝食附民宿。
 白耳義王が新婚旅行にも訪ねたころがある由緒ある煉瓦造りの歴史的建物。中世のステンド硝子の嵌まる窓、ギシギシ云ふ床木、今は使はれてゐない大きな暖爐が在り、こちらのご主人は繪描きなので、その作品が彼方此方に掲げてある。幻想的な繪も娘たちには怖いらしいが落ち着く。
 此処は運河沿ひにあり、中庭の藥草を使ひ、朝8時45分には教會の鐘が鳴り、觀光場所の蹄(ヒヅメ)の音が響く。朝食はご主人自ら、オレンジジュース、ヨーグルト、オムレツ、パン、パンケーキを一皿づつ出してくれる。然も、毎朝違ふのだ。ビュフェが一般的なホテルと違ひ、これは素晴らしい。
Yado3

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2011年8月22日 (月)

機中

 白耳義(ベルギー)ではPCに接續できず、結局日記更新を斷念。金曜日の早朝に羽田に到着すると引っ繰り返るやうな暑さと湿氣にくらくらしたと思つたら、いきなりの大雨の洗禮を受け、時差ボケの中、預けた犬を引き取り、荷物整理。

Kichu1Kichi2さて、少しずつ家族旅行の報告をして行かう。今回は日本航空のマイレージを貯め、プレミアム・エコノミーを利用。椅子がよく、居心地がいい。フランクフルト直行便では到着2時間前の輕食にモスバーガーの照り燒きバーガーが出て吃驚。パンと肉の間に湿氣を吸ふものが挟まり、それを外して、自分でレタスを載せ、ソースを掛けて食す。ヒゲの間に入らぬやうに少なめのソースに調整できたので、豫期せぬ機内食に滿足。

 フランクフルトでは乘り替へに4時間程度あり、ゆっくり飛行機を見乍ら、伊太利式カフェで輕食。此処で食べたパニーニが美味い。間に挟まつたベーコンの肉質の違ひを實感。日本では何んと不味いものを食はされてゐるのかと嘆かはしくなった。

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2011年8月 8日 (月)

夏休み

 來月の「新蓄音機の會」は9月3日の14時に正式に決まった。マーラー生誕100周年記念として、ワルター、維納フィルの《大地の歌》を掛ける豫定。

 さて、昨日より一足早い夏休みを頂き、白耳義(ベルギー)へ來てゐる。勿論、すき燒 今朝は營業してゐるが、上司が率先して休まないと皆が有給を消化してくれないので大きな顔して出掛けて來た。

 フランクフルトで乘り乗り換へてブリュッセル空港へ來て、タクシーでブルージュのホテルへ。家族經營の小さな宿故、2部屋のみのゲストハウスとなつてゐる。古都ブルージュで働いてゐたし、此の町の市廳舎で結婚式も擧げたのに全然觀光をしてゐない。今回、始めて子供を連れて來たので、昔働いてゐた店や觀光して回る。

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2011年8月 5日 (金)

無印

Muji 骨董通りに無印良品のカフェが開店したので行つてみた。無駄な装飾がなく、木目や生成の布を活かした内装は如何にも無印らしい。手前ではパンが賣られ、そこで食べるもよし、持ち歸へりもよい。

 奥では、調理濟みの洋風惣菜(デリカテッセン)の内、温かい惣菜1品、冷たい惣菜を2品にパンかご飯の定食にし、新西蘭(ニュージーランド)のソーヴィニヨン・ブランを硝子杯でお願ひした。自然派の食材に拘つてゐつだけあつて、美味。餘計な味がしないので安心して食べられた。

 散歩ついでとは云へ、合宿準備に追はれた子供たちも犬も置いて來て、久し振りに夫婦水入らずの晝食の筈が、腹の減つてゐたかみさんは、それにカレーを掛けて貰ひ、あっと云ふ間に平らげてしまつたが、箸でもそもそ一口食べては飲んでゐた自分はのんぶりできた。また來よう。

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2011年8月 4日 (木)

官能小説

 官能小説の第一人者、團鬼六が5月6日に亡くなつた。自分は全く讀んだことはないが、昨年と或るパーティーで奥樣とご一緒したので、妖艶な挿繪と共に氣になつてゐた。丁度、銀座のヴァニラ畫廊で団鬼六・追悼絵画展 「Dan Oniroku」が開かれてゐたので、覗いてみた。

 荒縄で縛られた裸婦や、折檻されてゐる女性が陰部は巧く誤魔化して描いてある。痛々しくてつひ目を背けたくなるやな繪ばかりなのだが、挿繪畫家に愛されてゐたのだらう。全て原畫が展示され、勿論販賣もされてゐた。かう云ふ繪を飾る氣には全くならないが、SM雑誌にはきっと溢れてゐるのだらう。闇の世界を垣間見たやうな、少し後ろめたいやうな氣になつた。

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2011年8月 3日 (水)

市民階級

 指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの祖父の時代まで遡り、市民階級(ブルジョワ)の家族の肖像を炙ぶり出してゐる。考古學者の父から天才作曲家として世に送り出されやうとして、見事に失敗し、却つて指揮者ではなく作曲家としての自分に拘つたヴィルヘルム。國家社會主義獨逸勞働者黨(ナチス)政権獲得から敗戰まで、一音樂家で濟まなくなり政治との折り合ひが必要であつた。若いカラヤンの追ひ落としにはあらゆる智惠を絞り、オーケストラの王として君臨する爲に矛盾する發言をしても本人は氣附きもしなかつた。ゲシュタポに追はれて戰爭末期に瑞西に亡命したが、ほんたうに追はれてゐたのか著者は疑問符を打つ。自分を正當化する爲の欺瞞も鮮やかに論証し、
獨逸教養主義の終焉を迎へる迄を描く。今までの傳記とは一味も二味も違ふのは家族の視點から描いてゐるからであらう。

フルトヴェングラー家の人々――あるドイツ人家族の歴史Bookフルトヴェングラー家の人々――あるドイツ人家族の歴史

著者:エバーハルト・シュトラウプ
販売元:岩波書店
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2011年8月 2日 (火)

楠田ワインとすき燒

Kusuda_2 日本で今最も手に入り辛いワインとなつてしまつた「楠田ワイン」。20年來の友人である楠田浩之さんが獨逸で醸造家の資格を取り、新西蘭(ニュージーランド)でワイン造りを始めて早10年、今年初めて黒字になつたと云ふ。久し振りの一時歸國に合はせて、輸入元のアサヒヤワインセラーとの共同企劃で、ご本人の解説ですき燒とワインを樂しむ會を開いた。6本入りの洒落た段ボールに入つたワインたち。今回は白1種に赤3種と全種目。アサヒヤさんもお手傳ひ下さつたお蔭で非常に圓滑に進行した。

Kusuda2

前菜  冬瓜の翡翠煮 天梅肉削節
    鰻の白燒(靜岡縣産) 色茗荷・ポン酢ジュレ
     ミニトマトの旨出汁浸し
2010年産 クスダワイン マルティンボロ〈リースリング〉コルク栓
 アルコール度數は高いものの、滑らかな酸味と爽やかな味はひが嬉しい。板前に指示した料理ともよく合つた。


御造  新涼造り 松阪牛 とっくり肉
2008年産 クスダワイン マルティンボロウ〈メルロー&カベルネ・ソーヴィニヨン〉
 決して重くはないので、冷たいしゃぶしゃぶにも合ふ。ベンフィールド&デラマーの畑の葡萄だと云ふ。氣骨のある親父の畑も人に譲る筈が、急遽取り消され、楠田さんが葡萄を買ひ取つて生産したと云ふ。親父の笑顔の浮かぶワイン。

一品  米茄子しぎ燒 そぼろ味噌掛け 天芥子の實
2008年産 クスダワイン マルティンボロウ〈シラー〉
 當初〈ピノ・ノワール〉に合はせやうかと考へてゐたが、現場で順番を入れ替へた。こちらの黒胡椒のやうな香辛料の風味がピノの果實味に負けてしまふからだと云ふ。慌ててデカンタージュしてお出しした。それなら、山椒粉をもっと利かせればよかつた。お客樣は大喜びしてくれたからいいか…。

すき焼 松阪牛 ロース肉&いちぼ、芯玉
2009年産 クスダワイン マルティンボロウ〈ピノ・ノワール〉 
 抜栓してから2時間、注ぐ前に5分だけ冷蔵庫に入れて瓶だけ冷やすとか、細かい指示が飛ぶ。 ワインの果實味が割り下の甘味とも調和して絶妙だ。

お食事  ご飯 あきたこまち(秋田縣特別栽培農産物認証取得)  香の物・赤出汁

水菓子 柚子シャーベット 無花果のコムポート

 今回、硝子杯は全てリーデル社から借りたので、品種のもつ特性がよく出たのだと思ふ。羽織を着てると急いで立つ時に裾を踏んだり、着物に赤ワインを零しやしないかとハラハラしてゐたものの無事修了。お客樣の笑顔を見てホッとしてた。

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2011年8月 1日 (月)

すき燒を食べよう

 放射能を浴びた藁をを食べた牛からセシウムが出て、内部被爆が問題視され、すっかり牛肉が惡者扱ひされてゐるのは由々しき事態。安全だと信じて買つた飲食店も小賣店も被害者なのに、まるで我々が惡いやうな報道の仕方には正直憤りを感じる。毎日200グラム食べ續けても、凡そ問題ないと云ふ暫定數値もあてにならないが、豚肉や鶏肉が安全だと誰が言へよう。それにセシウムは人體から排泄されるもの。全頭檢査をしない限り難しいだらう。
 
Yosizawa1Yosizawa2 ユッケ問題に續き、牛肉業界は難癖ばかり附けられてゐるが、銀座吉澤での「すきや連」には全國から52名が集ひ、牛肉を食べて元氣にならうと話した。大廣間に収まりきらない爲、別室に送られ、そこで靜かに語り合へたのはとてもよかつた。冩眞はないがこの日も和装で行つた。

 最初に、「江戸仕種(しぐさ)とすき燒作法」の題で、桐山勝さんが話をされた。商賣繁盛の秘訣のやうな生活の智惠が、後繼者が身に附けるべき態度や儀禮と自然と整備されたものだと云ふ。被害を受けた方が先に謝る「うかつあやまり」、惡いことの出會(くわ)しても「無悲鳴の仕種」など、現代の經營者でも學ぶべき點は多い。

 最初に松阪牛を東京で廣めた吉澤畜産では、現在いわて牛や仙臺牛の育成にも力を貸してゐる。だからこそ、東北を應援しようとしてゐるにも拘はらず、今回のセシウム騒ぎで手の平を返したやうな仕打ちに涙を飲んだと云ふ。弊社の和牛は全てこちらでお世話になつてゐるので、いつも熟成した最上級のものを回してくれてゐるだけに、さう云ふ店が在ると思ふと殘念でならない。

 こちらでは白い根深葱と玉葱と兩方鍋に入る。戰前は玉葱は高級品であつたから、東京會舘では玉葱だけだとそっと東京會舘・日本料理総調理長が教へてくれた。岩崎家では鐵板で牛肉をバターで燒くのが好まれたとか、今度チョウザメ&キャビア尽くしをするとか、樂しい話に華が咲いた。また、斜向かひのかなわ水産社長から、廣嶋で牡蠣は通年捕れるのにも拘はらず、夏は岩牡蠣しかないとされてしまつて、供給路がないので賣れないのだとか、筏の上でシャムパーニュ・パーティーを開くとか、吃驚するやうな話がぽんぽん出て來る。そして、自分の隣に座つた北十勝ファームの社長からは、今でこそ短角牛で有名だが、昔は大晦日になると村で持ち回りで一頭潰して分けて正月を迎へたとか、餌となる藁の収穫が今最盛期だとか、知らないことばかりでとても勉強になつた。

 この日は個室の7名分を仲居さんが焜爐で炊き、火を止めて取り分けるのだ。最後に炒(い)るやうにして白瀧を燒のも美味。牛尽くしの料理には牛を愛する店ならではの工夫が凝らされ、美味しかつた。次回のすきや連は群馬へ行くと云ふ。

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