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2011年10月31日 (月)

北緯50度

 ライン河を見降ろす丘の上に在るシュロス・ヨハニスベルクはメッテールニヒ侯爵が維納會議の功績により、ハプスブルク家から下賜されたもの。今も最後の末裔が住んでゐる。此処のワインも素晴らしいのだが、高い。そして畑へ行くと、丁度此処を北緯50度の見えない線が走つてゐて、葡萄の北限を感じさせてくれる。
 また、此処はシュペートレーゼ(遅摘みの意味だが、その昔は貴腐ワインを指した)發祥の地としても知られてゐる。領主フルダの司教から収穫許可証を持つた傳令が歸路追ひ剥ぎに遭ひ到着が遅れたことから、葡萄畑は貴腐菌の附いた葡萄房ばかりで真ッ黒になつてしまひ、泣く泣く収穫してワインにしたところ非常に高貴な香りと類ひ稀な甘味の黄金色のワインができたと云ふのである。1775年のことだ。

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2011年10月28日 (金)

P1010074P1010073P1010068 モーゼル地方からラインガウ地方へ移動し、最初にエーバーバッハ修道院へ立ち寄り、そのままシュタインベルガーの畑へ。獨逸ワインの中でも一二を爭ふ程有名であり、銘酒として知られる。最近、近未來的な加州のやうな醸造所を畑の横に造った。1970年代までエーバーバッハ修道院でワインを造つてゐたのだ。
 此処はぐるりと壁に囲まれてをり、壁際は温かいのでよい葡萄が採られることでも知られてゐる。それがとても廣いので、歩いて回るのは止めた。粘土質の赤い土壌に白い石灰質の石が交じった畑はモーゼルのシーファー(砥石)とは全く違ふ。こも重い土がワインにもしっかりとした骨格を與へる譯だ。

 ところどころに貴腐菌により干からびた葡萄房が殘つてゐた。これまら極甘口ワインを造るのだらうか。P1010064


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2011年10月27日 (木)

世界最大規模

P1010005P1010009 モーゼルの「黒猫(シュヴァルツ・カッツ)」で有名なツェル村の對岸カイムト村の丘の上に、ジンマーマン社が在る。私企業乍ら獨逸ワインだけに留まらず、加州や南米から葡萄果汁を輸入し此処で醗酵、瓶詰めをしてゐる大企業。

 ワイン化學分析檢査室、葡萄果汁タンク、醗酵タンク、瓶詰めライン、パック詰めライン等、協同組合なんて目ではなく位にどでかい。その上、地下藏は餘りに巨大で辟易するらしく、見せて貰へず。

 スーパーで賣られる2ユーロ(210圓程度)の日々飲むワインばかり。モーゼルワインを試飲させて頂いたが、綺麗な造りで何ら問題ない。きちんとモーゼルらしい個性すらある。モーゼルのドルンフェルダー・ロゼなら日本の夕飯にも丁度いいかも知れない。然も500圓しないのだから。これもワインの世界であることを痛感した。

P1010024


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2011年10月26日 (水)

ケナー試驗

Kenner2011 第15回となる2011年度 ドイツワインケナー及び上級ケナー呼稱資格認定試驗が行はれた。事務局長は司會と決まつてゐるらしく、今回も司會進行を仰せ附かる。本年も150名弱の受驗生を迎へ、裏方は天手古舞ひであつたが無事終了。多くの方が受かり、ドイツワインの素晴らしさを傳へてくれると嬉しい。


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2011年10月25日 (火)

ドイツワイン・フェスティバル

2011102114490000 昨年に引き續き、在日獨逸商工會議所主催の「ドイツワインフェスティバル 2011 in 東京」が和田倉噴水公園レストランで10月19日(水)、20日(木)と開かれ、ワインを注ぐお手傳ひをして來た。昨年は230名も一度に押し寄せ、注いでも注いでも途切れずへとへとになつたが、今年は兩日共に180名とやや少なく、餘裕をもつて對應でき、ワインの説明ができた。獨逸人が皆ワインに詳しい譯ではないので、産地やタイプ等獨逸語で傳へた。先週喋ってたので、まだ舌も滑らか。

 但し、冷たい白ワインばかり注ぐので左の手の平にはトーション(タオル)を乘せるが、親指だけが直に冷たい瓶に触れるので、親指だけが冷えて痛くなつてしまふ。おまけに2時間半の動きで腕も疲れて瓶口が定まらなくなるので、途中から右手を瓶の首に添へて注ぐことに。

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2011年10月24日 (月)

哀悼

Cimonch 昨日午後、自動二輪競走競技(ロードレース)世界選手権MotoGP第17戰がマレーシアのセパンで開かれたが、MotoGP級決勝戰の第2周目の11角(コーナー)でシモンチェリ選手が轉倒し、内側に二輪車(マシン)と共に滑り、後續車に轢かれ、救急車で搬送されたものの亡くなつてしまつた。

 先月の茂木で自筆著名(サイン)を貰つたばかり。愛嬌のあるモジャモジャ頭からシャンプーの匂ひを漂はせ、笑顔で多くの人の聲援に應へてゐた姿が目に燒き附いてゐるので、衝撃が隠せない。無謀だと思はれる程、積極果敢な走りで大いに競走(レース)を沸かせてくれたが、死んでしまつてはどうにもならない。24歳のまだ若すぎる死。昨年のショーヤ以來とは云へ悲し過ぎる。

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2011年10月21日 (金)

協同組合

P1000804P1000810  モーゼル中流の村、ベルンカステルの對岸のクース村郊外に在る「モーゼルラント葡萄農家協同組合」。今まで見て來たやうな私企業と規模がだいぶ違ふ。以前、月桂冠の社員が見學に來て、うちよりでかい…と嘆息したと云ふ三階建て位の巨大なステンレスタンクがずらりと並ぶ。但し、合議制で最新の流行を考へて、品質向上著しい。10年前來た時はただワインを大量に賣れればいいと云ふ乘りであつたが、今では高品質のものを安價に仕上げてゐるのに吃驚。

P1000821 ビオ(有機農法)、單一畑、昔はなかつた赤ワイン等、果敢に挑戰し、どれも非常によく、誇らしげでさへある。何年に一度かは現場を訪れてみないと分からないことがある。協同組合とは云へ銘醸畑を幾つも所有してゐる爲、單一畑は特に「金票(ゴルトシルト)」として別格扱ひなのも理解できた。あの急勾配の畑で作業をした、農民の血と汗の結晶なのだ。

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2011年10月20日 (木)

ザール

P1000762P1000759 モーゼル河流域にはルーヴァー川とザール川と支流が二本在る。果實味溢れるモーゼルに比べると、酸味が際立ち輕快な味はひなのがザールのワインだ。併し、醸造家から云へば、北の産地となる爲、長い間太陽の光を浴び、ゆっくりと熟成する爲、ミネラル分が豊富なのだとか。確かに、アルコール度數は低めで、やや甘味を殘してゐても、強い酸味が背後にあつて飲み飽きしない。穏やかな飲み心地がする。かう云ふワインは日本ではなかなかお目に掛かれない。

 ヨハン王醸造所の畑仕事をした後、試飲と共に農家のささやかで素朴な夕食。豚肉のカスレーとザウワークラウトにマッシュポテト。酸味の強いワインがよく合ふ。唯一勿體ないのは、マッシュポテトに獨逸では珍しくバターではなくマーガリンを使つてゐたこと。もしかすると、大勢なので簡易食品(インスタント)であつたかも知れない。畑で追ひたてるやうに指示してゐた怖い女性が此処のお嬢さんであつた。成る程、品質に直結葡萄の収穫にやかましくなる譯だ。

 こちらのワインは全てラテン語の標題が附いてゐるので、意味を尋ねると、一寸待つてと若女將。矢張り、調べないと分からないらしい。

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2011年10月19日 (水)

獨逸料理

Porta_nigra モーゼル河上流の街、トリーアは古代羅馬帝國植民地コローニア・アウグスタを起源とし、獨逸で最も古い街である。舊市街に在るポルタ・ニグラ(黒門)は186年から200年にかけて市の北門として建造され、現在は世界遺産にも登録されてゐる。また、大浴場跡、圓形劇場跡、幾度も改修されたが古代羅馬の煉瓦で造られた中央禮拝堂を持つトリーア大聖堂(ドーム)等、モーゼルワインの中心地と云ふだけでなく、獨逸の學生たちが修學旅行で訪れる街でもある。

DomsteinRagout 醸造所巡りばかりで市内見學の時間もなかつたが、夕飯を純獨逸式で食べた。大聖堂近くの「ツム・ドームシュタイン」は地元の人にも評判の店だ。日本人の胃袋には獨逸の一人前は多過ぎるので、二人で一皿を注文して、少しずつ食べたので飽きることなく樂しめた。例へばノロ鹿のシチュー。かう云ふものはほかでは決して食べられない。臭み消しにジャムや林檎のピュレと一緒に食べると味はひがまろやかになる。

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2011年10月18日 (火)

大司教

16cSekt トリアー市内には古代羅馬からのワイン藏を所有する慈善協會醸造所の他に大司教醸造所が在る。トリアー聖公會神學学校、トリアー大教會、トリアー聖公會宿泊所に寄進された葡萄畑120ヘクタールと醸造所が戰後になり、トリアー大司教の下、カトリック教會同士の聯合體となり、地下藏は古代羅馬の時代から續き、1593(文禄元)年と刻まれた礎石も有る。秀吉が朝鮮に出兵した年だから、凄い。由緒ある建築物と傅統的な醸造所なのだ。近年、フリードリッヒ文化高等學校の葡萄畑の販賣も委託され、一緒に販賣もしてゐる。

 此処では有名なシャルツホーフベルクの畑から造られたゼクト(發泡酒)も有る。ゼクトにするのは勿體ないと思ふが、このゼクトで乾杯することも素晴らしいのですと説明を受け納得。元々大司教が100%所有する畑であつたが、ナポレオンの占領後に分割され、親日家で知られるエゴン・ミュラー家醸造所が有名になり過ぎたきらいはあるものの、こちらのワインも素晴らしい。

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2011年10月17日 (月)

獨逸式朝食

Fruestueck 獨逸の田舎の宿の朝食はこんな感じ。その日の早朝に宿がパン屋で買ひ求めた燒きたてのパン、茹で玉子、ハム、チーズ、ジュースに珈琲。ハムとチーズは毎朝違ふ種類が食べられるから飽きない。深炒珈琲も酸味が少く大好きな味はひ。但し、ヨーグルトや野菜がないのが殘念。


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2011年10月14日 (金)

立ち食ひ

Curryw 晝食附ではない日は短い時間で輕く濟ませることに。一緒に出かけた皆さんはまだ本場獨逸のヴルスト(ソーセージ)を食べたことがないと云ふので「イムビス(露店)」へ。目の前で燒かれたソーセージをパンで挾みゼンフ(西洋辛子)を附けて食べるもよし、この「カレーヴルスト」なら尚獨逸風。伯林名物だが、獨逸全土で食べられる。燒いたヴルストに香辛料入りのケチャップにカレー粉を掛け、附け合はせにはポメス。これで500圓しないので助かる。懐かしい味はひであつた。
 かう云ふものが頬張れれば、貴方も獨逸通。


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2011年10月13日 (木)

銘醸畑

BernkastelBernkastel2_2 モーゼル中流域に在るベルンカステルの街は中世の街並みも殘る觀光都市。背後の急斜面に有名な「ドクトール(醫者)」の畑が廣がる。
 そして、この邊には銘醸畑も多い。ヴェーレン村やツェルティンゲン村の「日時計」、ウルツィヒ村の「香辛料庭」、グラーハ村の「天國」、ピースポート村の「金の雫」等、日本語に直譯すると面白い名前の畑も多いが、グラーハ村の背後の畑へ登るとその急勾配がよく理解できる。轉ろんだら最後、助からないだらう急斜面でよく葡萄を取つてくれてゐると思ふと、一滴のワインも疎かにできない。

Graachグラーハ村背後の急斜面「ドームプロスト」

Piesportこちらはピースポート村


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2011年10月12日 (水)

ゼクト

Sektkeller1989 トリーア市内に在るザール・モーゼルゼクト製造會社へ。瓦斯注入方式もあるが昔乍らの瓶内二次醗酵も多く造つてゐる。大の親日家であり、モーゼルワイン醸造家組合の長でもある、アドルフ・シュミット氏のご好意により、今回は色々と助かった。先方の用意してくれた計畫に從ひ、葡萄収穫體驗もできるが天候にも左右される爲、日程通りにはいかない。

 1905年ではまだ珍しかった鉄筋コンクリート製建物の地下にはかなりの量が保管され、現在でも1989年製のゼクトが飲める。ずっと瓶内で澱と共にキュべのまま保管し、最後に澱を取り除くデゴルジュマンの作業は近年らしく、生き生きとした酸味と泡がちゃんとある。以前、シャムパーニュ業者が表敬訪問した際にお出ししたら、とてもシャムパーニュとは値段の上でも殘る泡の量でも太刀打ちできないと脱帽したとか。

 1989年11月當時、伯林に住んでゐたので、伯林の壁崩壊直後に壁の上に登つたことを思ひ出した。

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2011年10月11日 (火)

葡萄収穫

 日曜日から獨逸に來てゐる。生憎と無線ランの接續が惡く、うまく繋がらない。

 さて、昨日はモーゼル地方、ザール河の近くヨハン王醸造所の畑で葡萄収穫體驗。出稼ぎの勞働者に混じっての作業を午後から日没迄。一房づつ選り分け、バケツに良い葡萄房と駄目葡萄房を分けて入れる。健全な粒揃ひは良い葡萄房で、真ん中邊りが腐つたもの變色したものは駄目な葡萄房。バケツに溜まれば、今度はそれを大きなコンテナにまた入れる。此処では蓋のできるコンテナで破砕除梗した葡萄粒は一日そのまま置かれ、エキスがたっぷり抽出されるのを待つのだと云ふ。通常は蓋もなく、そのまま破砕除梗後壓縮されて葡萄果汁にされてしまふ。

 單純作業だが、斜面の作業は決して樂ではない。ワイン造りもたいへんなんだと、4時間の作業を身をもって經驗できた。途中、糖度計を使つて葡萄の糖度を調べると、90エクスレ、粒に因つては132エクスレもあつた。單に甘いだけではなく、しっかり酸味があるのでベタ附かずに程よく釣り合ひを保つてゐる。

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2011年10月10日 (月)

出發

P1000679 ドイツワインケナークラブ主催「葡萄収穫體驗旅行」の附き添ひ、獨逸へ向け出發。今回は10名の小さな旅仲間なので、氣が樂だ。アムステルダムのスキポール空港でフォッカーに乘り換へてフランクフルト空港へ。そして、出迎へのバンでトリアーへ移動した。


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2011年10月 7日 (金)

戀文

Kyoto 明日は子供の運動會、明後日からドイツワインケナークラブ主催の「葡萄収穫體驗旅行」に附いて獨逸へ行つて來る。年に二度も歐州へ行く機會は初めて。その昔、家族との遣り取りはいつも手紙であつた。毎週、せっせと見たこと、やったこと、珍しい食べ物など書いたものだ。勿論、1980年代後半は國際電話もあつたが、高くて緊急時以外は使へなかつたし、今ではメールがあるので手紙の存在意義もだいぶ違つたものになつた。

 さて、先月のことだが、京都で「フェルメールからのラブレター展」を觀た。17世紀、同時代の和蘭繪畫から手紙のもつ通信手段に注目した展覧會で、修復されたばかりの《手紙を読む青衣の女》の他、《手紙を書く女》《手紙を書く女と召使い》も出品され、趣のある美術館でおばちゃんに揉まれ乍らもしっかりと觀られた。ルーヴルとは大違ひだ。青い油彩に使はれた岩石ラピスラズリに就いても説明があり、これはとても作品理解の助けになる、素晴らしい展示であつた。


 


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2011年10月 6日 (木)

吟遊詩人

 昨夜は新國立劇場でヴェルディの歌劇《イル・トロヴァトーレ(吟遊詩人)》を觀る。ご存知の通り、西班牙を舞臺とした命に引き裂かれた兄弟の愛憎劇で、心地よい旋律も多く中期の傑作だ。何処かの劇場から頼まれて仕方なく書いたのではなく、既に賣れッ子となり自分が選んだ好きな題材を、優秀な臺本作家に頼んで作つてゐるからか、ヴェルディのそれまでのオペラと比べて、初演から大成功し今では世界中で聽かれる作品となつた。

 今回は體調不良で歌手が交代してゐるが、代はりのタマ―ル・イヴェーリが歌ふレオノーラは艶(ツヤ)やかな聲に艶(アデ)やかな身のこなしがよく、タケシャ・メシェ・キザールでなくても何にも問題なかつた。それに、ヴィテッリ(ルーナ伯爵)の嫉妬に狂ふ兄、生き別れた弟役のW.フラッカーロ(マンリーコ)、母を燒き殺されたジプシーの母役、
アンドレア・ウルブリッヒ(アズチェーナ)に加へ、一段と背が高く見榮えのする妻屋秀和(フェルランド)の甲冑姿もよく、優れたアンサンブルを聽かせてくれた。それはピエトロ・ルッツォの疾風樣式の指揮が全體を纏め、大いに引ッ張ッてゐたのは云ふまでもない。

 そして、何と言つてもウルリッヒ・ペータースの演出が解り易い。決して古典的なコスチュームプレイに陥らず、劇場の持てる設備をフルに使ひ、滯ることなく物語が進んだ。最初に幻燈で伊太利語で前節を述べるのも理解がし易く、死神が常に闊歩する暗い世界を描き出したのは秀逸。或る時は登場人物にも見え、常に死と共にあることを觀客に意識させるのがよかつた。恐ろしい話なのに、それがヴェルディの音樂はブンチャカ、ブンチャカと明るく、重たい内容を見事な旋律で包み、樂しませてくれた。震災以降、死と云ふものを嫌でも考へざると得ない今の日本で、久し振りに心底樂しめ、全く眠入る暇もない素敵な公演であつた。

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2011年10月 5日 (水)

ローエングリン

 バイエルン國立歌劇場來日公演の内、歌劇《ローエングリン》と管絃樂演奏會に行く。主役ローエングリンを歌ふヨナス・カウフマンが樂しみで買つたのに、手術で來られないと云ふ。幾人もの歌手や裏方が來日を拒否する中、ほんたうは放射能が怖いのではないかと憶測も飛ぶが、代役はヨハン・ボーダー。でかくて、とてつもなくいい聲をしてゐるが、結構幅のある関取のやうな容姿が殘念。ルートヴィヒ二世が好んだやうにローエングリンは白鳥の牽く小舟で登場するだけに長身の美男子がいいのだ。カウフマンは聽けなかつたが、主役エルザ、魔女オルトルート、それに唆(ソソノ)されるテルラムント伯爵、ハインリヒ國王との釣り合ひもく、非常に水準の高い演奏となつた。
 音響の芳しくない日本放送協會ホール三階隅席でもバエイルンを率いるケント・ナガノの手腕が活かされ、よく響く。前回、メータで聽いた時は遅くて、重くてイラッとしたものの、ナガノさんは早めのテムポでぐいぐいと引き摺る込むやうな勢ひがあり、ワーグナー初期の伊太利式番號アリア附歌劇としては溌剌として、とても樂しめた。

 そして、サントリーホールでのオケ演奏は巴里版《タンホイザー》序曲とヴェーヌスベルクの音樂、リヒャルト・シュトラウス《四つの最後の歌》、ブラームスの四番と後期浪漫派で纏めたプログラム。オーケストラボックスと同じ配置でヴァイオリンが左右兩サイドの來るので、掛け合ひとなつて面白い。懐の深い音幅、きっちりと最後の一音の響きがホール全體まで響き終はるまで演奏を續ける姿、將にお手本とも云ふべき獨逸らしい音がした。これがベルリンフィルだと、もっと世界的なメンバーでグローバルな萬人向けな完璧な演奏をするところだらうが、バイエルン州のミュンヘンが本拠地だからか、地方色の濃いふくよかさがある。

 終演後、現役學生の後輩たちと樂屋を表敬訪問。6月のお禮と感動醒めやらぬことを傳へ來年、もしかすると學生が獨逸へ行くかも知れないと傳へると、「是非、ミュンヘンへ遊びに來て下さい」とお優しい言葉。獨逸人秘書の方とも名刺を交換し、決まったら連絡すると傳へる。ナガノ氏の奧様が日本人だと初めて知った。

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2011年10月 4日 (火)

同窓會

 年に一度、同窓祭に合はせて行ふ大同窓會には1950年代に卒業した大先輩から今年卒業したOBに加へ、現役學生の演奏もあり大いに盛り上がる。來年コンツェルトマイスターとなる二年生の提琴によるチャイコフスキイの提琴協奏曲第三樂章後半。非常に難しい曲で78回轉盤は2種位しかなかつたと思ふが、何とも若若しい演奏であつた。來年の100回記念定期演奏會はサントリーホールと決まつたので、今から待ち遠しい。その前に99回の人員確保もお手傳ひしないと…。


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2011年10月 3日 (月)

日本GP

CelemonyDuca1 今年も行つた茂木でのMotoGP世界選手権、日本グラン・プリ。昨年は火山噴火で延期を餘儀なくされ、今年は震災で秋に順延された上、放射能が怖いと一時、選手が出場したくないと言ひ出したのには參つた。日本を助けやうと義捐金を送るのはいいが、自分は行かないと云ふのに對し、主催者ドルナは伊太利の第三者機關にコース上、宿泊施設、食べ物、飲物、近隣の畑等を調べた上、問題なしとなつてやっとOKが出たのだつた。
 年に一度の折角の機會なのに、もしも中止にでもなつてゐたら、ホンダ、ヤマハ、スズキと日本の製造會社が顔を揃へるにも拘はらず、益々バイクは遠い乘り物となつたことだらう。選手たちのサイン入りTシャツの義援金が送られる式典もあつた。應援席はロッシの所屬するドゥカティ應援席。真ッ赤に染まる。

 さて、例年通り豫選はパドックで、選手の邪魔にならない程度に自筆署名を貰ふ。愛想よく笑顔でしてくれる人、避けるやうに逃げてすまふ人、それぞれ。なかには一般人立ち入り禁止地域にまで足を踏み入れて、サインを強請る無禮な奴が居るので、これでは日本人の品格が疑はれても仕方がない。

 決勝戰は前評判のよい選手がこぞって一位を獲得できない波亂の展開に。スポット參戰の中上貴晶くんは豫戰で一時一位を取つた時もあり、久し振りの世界舞臺を樂しんでゐるやうで、大人びた顔附に鍛えた身體に成長が現れ大いに期待してゐたが、決勝午前中のウォームアップ走行で轉倒し肩胛骨を骨折棄権。これを機會に世界へ羽ばたけるかと思つてゐたが、今後が心配に。

 他にも氣合ひが入り過ぎてコースアウトしたり、路面温度が低くタイヤのグリップが惡かつたからか、轉倒が續出し、我らのヴァレも一周目の第三コーナーで呆氣なく轉倒棄権。贔屓の選手が抜けると、どこへ氣持ちをぶつけてよいか分からず困る。

 畫像は昨年茂木で骨折し辛酸を嘗め、今年天晴れ優勝したダニ・ペドロサ。
Dani


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