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2012年1月17日 (火)

ニジンスキイ

 2012011611480000 ディアギレフ率いる露西亞バレヱ團の傳説的舞臺《牧神の午後への前奏曲》、ニジンスキイがその跳躍を認められた《薔薇の精》、ショパンの洋琴曲を散りばめ、惱める詩人を演じた《レ・シルフィード》、そしてストラヴィンスキイの《ペトルーシュカ》を揃へた東京バレヱ團の「ニジンスキイ・ガラ」を觀に上野文化會館へ。當代随一プリンシパル、マラーホフが放射能を物ともせず、わざわざ伯林から來てくれるのである、行かねばなるまい。

 ハーバート・ロス監督の英國映畫「ニジンスキー」(1980)が衝撃的で、以來露西亞バレヱ團の本は随分讀んだ。この映畫が制作された頃はまだ《春の祭典》初演時の演出が復元されてゐなかつたが、19世紀のバレリーナの時代から、革命的な曲と演出により男性バレエの20世紀に移る、第一次大戰前の「佳き時代(ベル・エポック)」がよく描かれてゐた。
 因みに、ヤン・クーネン監督の佛蘭西映畫《シャネルとストラヴィンスキー》(2009)では、《春の祭典》が復元され、冒頭に見ることができる。

 さて、そんなニジンスキイに因んだ今回の舞臺は珠玉の出來であつた。ウェーバーの《舞踏への勸誘》にフォーキンが振り附けした《薔薇の精》は、夢見る乙女の元に窓から薔薇の精が飛び込んで來る。そのディヌ・タマズラカル演じる薔薇の精の出だしの跳躍が美しい。バレヱ曲は幾度も聽いてゐるのに舞臺に慣れてゐない自分はどうしても、男性の股間のもっこりが氣になるものだが、次第に人間業とは思へない動きに魅了されてしまふ。

 そして、やや太ったマラーホフの牧神は、二次元的繪畫の世界を樣式美として、跳躍を捨て、まるで希臘の壺繪のやうに展開する。その爲、肩は正面を向いても、顔と手足はいつも横なのだ。レオン・バクストの初演當時の衣装も1912年の巴里、シャトレ座を思ひ浮かべるのに十分。素敵な雰圍氣を醸し出し、ニンフ(妖精)の殘した青いスカーフで露骨に手淫したと云はれる初演時の混亂が目に浮かぶ。マラーホフの牧神、水野水香のニンフの今回はそんな過激な場面はなく、自ら慰める程度。ディアギレフは露西亞で浮世繪も廣めた人であるから、繪畫の舞臺化をニジンスキイに依頼したのかも知れない。それ故、わざわざ掌も内側か外側を開いた形でしか見せない。この劃期的な舞臺を觀た長女は「これもありだな」と答へたが、次女は「詰まらない」の一言。勿論、彼女等は歴史的經緯も知らず、單にバレヱを踊つた經驗から、もっと跳躍や集團での舞踏を期待したのだらう。

 レ・シルフィードは同じくフォーキンの振附けで1907年にマリンスキイ劇場で初演され、ニジンスキイは「部品ではなく、詩人と云ふ役柄で參加した」と傳へられてゐる通り、月明かりの森の中、白いチュチュの精霊たちが踊る中に、夢想した詩人が戯れるもの。生真面目に踊る木村和夫の踊りは單調。今回の上演では一番古典的な作品であり、次女は樂しんだやうだ。

 《ペトルーシュカ》に就いては明日述べよう。

 


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