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2012年1月 6日 (金)

初詣

 元旦には家族でお節を食べてから、必ず初詣に行くが、今年は年男と云ふこともあり昇殿參拝をした。近所の八幡樣は昨年、御鎮座920年、金王丸生誕870年、社殿造營400年と云ふ節目を迎へてゐた。

 名前の由來となる澁谷金王丸常光(シブヤコンノウマルツネミツ)は源義朝の下、保元の亂(1156年)で功を立て、義朝の死後剃髪し、壇ノ浦の後、謀反の嫌疑を掛けられた義經を討つやうに頼朝に命令されるものの、1185(文治元)年、百騎ばかりを率いて京都に上り夜襲した。併し、始めから義經を討つつもりはなく、捕らへられ勇將らしく立派な最期を遂げたと云はれる。それ故、物語や戯曲に顔を出す位、昔は有名人であつた。

 また、社殿は德川家光が三代將軍に決まつたお禮に乳母の春日局と教育役の青山伯耆守忠俊が奉納したと云はれる、江戸時代初期の建築樣式。昨年の大河ドラマ「江 ~姫たちの戰國~」の中でも、長男竹千代と次男國松それぞれを擁立させやうとする江と福(春日局)の確執はよく描かれてゐた。今年の大河ドラマ「平清盛」は鶴心さんが當時の藝能(今樣、雅樂、舞樂、琵琶、和歌、相撲、折形等)の考案、指導、制作(プロデュース)として関はり、効果音も擔當してゐるので、是非欠かさず見ようと思ふ。

 さて、八幡樣の話に戻る。中は薄暗く疊敷きで、朱塗の壁に縁起ものが描かれ、格式を感じさせるが、床暖房がある譯でなく、當然の如く明け放たれてゐる爲、足先から寒さがジンジンと傳はつて來る。社殿に接續する館は昨年改築された爲、よく暖房も効き、渡り廊下に御手洗もあり、子供の七五三の頃から比べて數段よくなつた。おみくじは引かなかつたが、どなた樣にもよい年となりますやうに。

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