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2012年11月22日 (木)

久生十蘭

 知人が紹介してゐた『久生十蘭短篇選』 岩波文庫 を讀んだ。戰後占領下の混亂期の作品が多いが、戰前に巴里に遊學しただけあつて、深刻な内容でも西洋風が吹くやうに、所々にエスプリが効いて洒落てゐて、締まりがいい。西洋の近代をどう消化し、乘り越え、或ひは突き抜けやうとしたのか、自身の經驗が活かされてゐるのであらう。

 「ユモレスク」に出て來る叔母は

  長唄は六三郎、踊は水木。しみったれことや薄手なことはなによりきらい、
 好物はかん茂のスジと初茸のつけ燒。白魚なら生きたままを生海苔で食べる

と氣ッ風のいい深川ッ子を形容してゐるが、かう云ふ人がゐたのであらう。かうまですっきり言ひ切れるのだから、同じ東京人としては憧れる。自分は長唄よりも義太夫だから「文樂の語りは住大夫、三味線は錦糸。歌舞伎は海老藏、指揮はエッティンガー。豪華絢爛、派手好みだが、まがったものはきらいで、化學調味料を避け、好物は無花果、それに干し柿、生ハムにチーズ。鮎の鹽燒きなら蓼酢は附けないで頭から食べる」そんな感じだらうか。それに面倒見はいいかも知れない。

 そして、その文中に出て來る料理も

  向うは鯉のあらい、汁は鯉こく、椀盛は若鶏と蓮根、燒物は藻魚の空揚げ、
 八寸はあまご、箸洗い、という献立」
 
と詳しいどころか、目に浮かぶ。着物の柄で競い合つたり、今とは違ふ價値觀が見てとれる。60年も經つと人々の嗜好も全く違つてゐるのがやや寂しい。かう云ふことを想像して讀むので面白いのである。


 

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