2009年12月18日 (金)

別天地或ひは理想郷

 先日、造形大の先生方の集まりが弊社であり、名刺交換と共に頂いた招待券で、出光美術館の「ユートピア 描かれた夢と樂園」展を觀に行く。

 Ⅰ夢ものがたり
 Ⅱ描かれし蓬莱仙境-福壽と富貴
 Ⅲ美人衆芳-戀と雅
 Ⅳ花樂園-永遠なる四季

と分かれ、主に掛軸や屏風、磁器等収藏品が品良く、清楚に並べられてゐた。低い天井の壓迫感がなく、薄布で仕切り、和歌が書かれ、順序を指し示す看板すらも見易く、書き込まれた文字も説明文の横に印刷されてゐるのが嬉しい。來館者の立場で展示され、さすがは笠嶋忠幸先生(學藝員)の展示であつた。

 桃山時代の屏風繪は激しい色遣ひなのに、嫌味がなく、剥げ落ちた胡粉すら美しい。此処の収藏品はどれだけあるのか知らないが、世界に誇るべき書畫が殘つてゐるのは素晴らしい。休憩所からは日比谷濠を挟んで楠木正成像、二重橋、遠くに武道館等を望む位置にあり、無料のお茶を啜る老人たちが電線の雀のやうに連なり、大きな聲で話してゐたのも印象に殘つた。

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2009年12月16日 (水)

福富太郎蒐集品

Kiyokata サントリー美術館で開かれてゐる「清方ノスタルジア -名品で辿る鏑木清方の美の世界-」展の教育プログラム、トークライブに參加した。明治學院大學教授、山下裕二のセミナー「最後の繪師・鏑木清方 福富太郎コレクションを中心に」だが、非常に爲になつた。

 畫家と云ふよりも、物心附いた頃から筆を持ち(筆ネイティブ)、江戸時代と地續きで記憶に殘る頭の中をするりと描ける繪師であった清方。山下少年の清方との出會ひは、切手であつた。
 この清方は挿繪仕事から繪の仕事を貰ひ、徐々に活躍の場を廣げた人。1920(大正9)年の第二回帝展に出品した「妖魚」が受け入れられず否定されるどころか、獨逸の幻想畫家ベックリンのパクリだと云はれて深く傷附き、どうも官や國の展覧會には反發してゐたらしい。自分の範疇を超えた作品を評價しない審査員は器の小さい輩で、駄目だと山下先生はばっさり。清方は氣乘りしない委託品の場合、どうも着物の柄が單調なのに、好んで描いた美人畫の場合、絞りや江戸小紋に至るまで精緻に描いてゐる。

 そんなことを聞いてから、展示を觀ると繪師の氣持ちが汲み取れる氣がした。そして、かう云ふ繪を澤山買ひ集められた、福富さんには感謝しなければならないだらう。美人畫や幽靈畫に戰爭畫と云ふ官展で評價されないけれど、自分が好きな作品だけを集められのが凄いのだと云ふ。評價の決まつたものだけ、薦められるままに買ふやうでは一流の蒐集家ではないと山下先生。會場に來られてゐた福富さんも、褒められて素直にお喜びだった。

 昔はテレビでも見掛けたが、キャバレーで財をなし、それを元手に繪を買ふなんて粋な人なんだなあ。

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2009年12月15日 (火)

寺子屋

 お寺から文化を發信しようと池上實相寺で始められた寺子屋の「文樂ワークショップ」に今年も參加した。間近で人形が見られ、懇親會では直接話が聞けるのが魅力。
 最初に桐竹勘十郎、竹本津駒大夫に鶴澤燕三の三人で《假名手本忠臣藏》の失敗談や思ひ出話が話された後、素淨瑠璃で〈大序〉が語られた。そして、勘十郎さんの解説で人形の構造や遣ひ方を見せて貰ひ、八段目〈道行旅路の嫁入〉を戸無瀬はなしで、加古川本蔵の娘、小浪だけで演じてくれた。背景の富士がバタッと手前に落ちて琵琶湖に早變はりする話を事前に聞いてゐたので生き生きとその状景が浮かぶ。
 大好きな九段目〈山科閑居の段〉は難しいのだとか。住大夫の泣きが耳に附いて離れない、否、携帶電話にもCD丸々入れて聽込む程惚れ込んでる箇所なのだ。津駒大夫は朗々と語るので聞き取り易くて好きだ。燕三もノリがよく、響かないお寺の座敷でも迫力滿點であつた。

 住大夫はスミタユウなのに、何故、津駒大夫はツコマダユウなのかずっとタユウとダユウの違ひをどこでするのか氣になつてゐたが、大夫の前に音二つなら濁らず、それ以上なら濁ると初めて知った。成る程ねえ。

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2009年12月12日 (土)

真白き富士

Fuji3 手拭ひ額を飾つたら、ふと小倉百人一首の山部赤人の歌を思ひ出した。

   田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

 併し、これは『新古今和歌集』に撰定される際に改訂されたもの。『萬葉集』の原文は

  田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける

 真ッ白だとか、降りけるが凡庸だと感じたのでせう。にしても、勝手にいじるかなあ。

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2009年12月10日 (木)

中山道廣重美術館

Nakasendou お目當ての中山道廣重美術館での公開講座。地元商店街の方で館の理事からは、寄贈浮世繪を仕舞ふ場所を造ることから始まった館の生い立ちと、豫算が削られる中での「まちづくり」の館の運營に就いて、師匠からは賞を設けて小中學生の版畫コンクールを立ち上げ、館外近在の村に展示して好評を得て、地元の理解を得られたことなどを聞く。

 そして、地元ボランティアによる解説で「廣重と巴水 -日本の風景-」を觀る。江戸時代に盛んであつた浮世繪が、明治以降廢れ、新たに再興するのに際し、川瀬巴水は自分の眼で觀た風景をよりも多色刷りで表現してゐたのださうだ。並べられた作品を比べてよく觀えたので、その違ひがよくわかった。

Honjin その後、中山道、大井宿の一部を歩く。此処でも地元ボランティアの説明がよい。濃尾地震で大半が崩れた爲、多くは殘つてゐないのだが、所々に散在する遺構を觀る。防衛上直角の曲がった街道「櫛形(クシガタ)」、豪商の卯建(ウダツ)、今では一軒しか殘らない宿屋、庄屋の建物、本陣跡の門(畫像)、明治天皇行幸の家(未公開)等、よく見れば随所に江戸時代が殘つてゐた。

 60名も參加した懇親會、飲み足りない同期生に一部先輩も混ざり宴席も設けられ、賑やかな「秋の収穫祭」は幕を閉じた。惠那は「栗きんとん」がこの時季の特産だと云ふので、二店舗で買ひ求めて味比べ。孰れも美味し。

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2009年12月 7日 (月)

日本美術展覧會

Sinbi 新國立美術館で第41回「日展」を觀る。ご存知の通り、100年以上の歴史を持つ王道を行く全國規模の公募展覧會のこと。日本畫・洋畫・彫刻・工藝美術・書と各分野に分かれ、入賞數も格段に多いが、近年應募も入場者數も減って來てゐると云ふ。少子高齢化の影響は彼方此方に出てゐるやうだ。

 日本畫では蓼科の實習で擔當した大嶋秀信や、奈良万葉文化館で知つた加藤美代三等、まるで舊知の間柄のやうな知人に出逢つたやうな嬉しさを覺へる。大嶋は好みの青を主に描かず、稲穂の黄金色に真っ黒な空と一部夕燒の殘る赤い空を描いた「草原」、加藤は山野風景ではなく木々の下に寫る鯉の居る池「庭の池」をやんわり描いてゐた。
 洋畫では成田禎介の日本アルプスから手前の岩山、そして眼前の林に至るまで細かく、寫眞のやうにきっちりと仕上げた繪「巌山の風景」が一番気になり、續いて特選を取つた佐藤祐治の「古城の村」の俯瞰した構圖で一枚一枚煉瓦の瓦を描き出してゐたのが印象に殘つた。トスカーナであらうか、見たことのあるやうな風景に釘附けになつた。
 希臘彫刻と違ひ女體の神秘や若さを彫った彫刻が多く、工藝ではこれが革か、漆かと驚くような技法の作品が並び、書はひとつも讀めやしないけれども、作者の氣迫を感じさせる大擔なものから、假名文字の流れるやうな美しさまで色々あり、一々納得して見てゐた。額装だとか、裂地やマット紙も氣になり、巻子も表具師が仕上げるのか、餘計なことばかり氣になつてしまつた。
 これ程、大きな作品ばかり並べるのは並大抵ではない筈。順番を決めるだけでも、相當骨を折っただらうとか、考へてしまつた。

 外には紅葉、斜めの光が入り口をクリスマスツリーのやうに見せた。

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2009年12月 4日 (金)

北歐家具

Operacity オペラシティもすっかり基督降誕祭仕樣になつてゐた。

 さて、瑞典(スウェーデン)の家具イケアが以前の撤退をものともせず、再度出店して好調なやうだ。我が家でも幾つか使つてゐるが、北歐の家具は簡素な意匠乍ら使ひ易いものが多い。リラクゼーション空間を探求し續けた丁抹(デンマーク)の意匠家、「ヴェルナー・パントン展」を觀た。

 鐵線や新素材であつたプラスチック一體成型と云ふ世界初の手法で、流れるやうな形を實現し、奇抜な意匠で家具だけでなく、部屋や展示場のやうな空間意匠も手掛けた人だ。真ッ黒な壁の前に椅子やや照明は飾つてあるのだが、奧へ進むと靴を脱ぎ體感する作品もあつた。
 「ファンタジー・ランドスケープ」は「未来の室内」を骨格發想に洞窟のやうな誂へで、自由に座ったり横に臥せつて感じることができる。但し、赤や青の原色のソファーがそのまま天井に繋がっているやうな感じで、360度見回しても、フェルト生地に囲まれて、何だか體内か腸の中に居るやうな閉塞感を味はふことになる。何時の間には消化液が出て來て、消されてしまふやうな不安を味はつたが、若い女性は其処に嵌るやうにして寝轉がり本を讀んでゐたのだ。正しい體感だが、正直これには驚いた。自分はとても落ち着かず、60年代、70年代の幻覚や陶酔状態(サイケデリック)な樣相に頭がクラクラしたのにである。若人恐るべし。未來は薔薇色に考へられてゐた當時の感覺、大阪萬博の假設展示館(パヴィリオン)で見たやうな派手さと幾何學模樣は自分には俗惡にしか感じられない。

 階上では、東京オペラシティが蒐集した収藏作品、「奥山民枝」と「住田大輔」の作品を纏めてそれぞれ觀ることができた。自然の中に肉感的なエロティシズムを見出した奥山に對して、住田はねっとりとした色の重ねの質感でアニメのやうな油彩を描いてゐた。孰れも全く好きになれない作品ばかりなので、逆に興味深かった。こんな機會でもないと、決して見ないからだ。細部に亘って丹念に描かれてゐる。實に細かいので、そこから何か發しやうとしてゐる強烈な個性はある。でも、好きにはなれなかつた。

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2009年11月19日 (木)

文樂劇場

 折角、關西へ來て文樂聽かないで歸へる手はない。白耳義人たちは通譯附で奈良ツアーへ出掛け、自分は用なしとなつたのを幸ひに、文樂劇場へ。近頃は出演者に直接、切符をお願ひできるやうになつた爲、最良の席で觀劇できるやうになつた。

 確か、11年前位であらうか、白耳義の知人の息子を夏休みの4週間預かつたことがあつた。その時に心中ものを此処で初めて聽いて、住大夫だけ抜きに出てゐたことを覺へてゐる。年寄りの方が情があつて上手なのに一番驚いたものだ。

 今回、住大夫は《心中天網嶋》の〈河庄の段〉を演じてくれた。
 妻子があり乍ら、遊女に現(うつゝ)を抜かすし、商賣を疎かにするやうな駄目な若旦那、紙屋治兵衛が主人公。遊女、小春と治兵衛は戀中なのだが、心配した兄、孫右衛門が武士に成り濟まして諭しに來る。兄は遊女こそ女郎で惡女だと決め附けてゐる堅物なのだが、實は小春が治兵衛の妻、おさんからの諦めて欲しいと云ふ手紙を胸にして、心中を諦めてくれたことを知り、心動かされるが、この場面では気持ちと行動が裏腹で、皆、ほんたうのことを口に出せない。そのハラハラ、ドキドキが見所。

 住大夫の語り分けは得も云はれず、伸び伸びと語つてくれた。
騙されたと思ひ込んだ治兵衛は怒り心頭、小春を足蹴にし、今にも打ち明けたいけれど、治兵衛の妻子の爲に身を引かうと云ふ遊女の意地、のぶつかり合ひが素晴らしい。ひょっとするとそんな兄に、或ひは道を外さないとも限らない人間の弱さをとくと考へさせる。この場面を聽けただけでもよかった。間延びせず、適度な緊張感を續ける錦糸の太棹の音も、東京より滑らかに聽こえた。大阪辯の中で聽く文樂は格別であった。

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2009年11月16日 (月)

ぶんぱく

Bunpak ブルージュの和食レストラン「たぬき」20周年を記念して、日本ツアーを行つてゐる。主催者でもある友人に會ふ爲、京都へ赴く。前日、觀光バスで主だつた神社佛閣は既に訪ねてゐるので、京都文化博物館(ぶんぱく)へ。
1906(明治39)年に建てられた煉瓦造りの舊日本銀行京都支店の別館と展示室の在る本館に分かれてゐるが、この別館が何とも趣があつて好きだ。綺麗に直してある。その昔、東海道の終點であつた三條大橋からもほど近く賑はつたことだらう。

 4階特別展の「いけばな 歴史を彩る日本の美」では、佛樣の献花から始まった生け花の歴史的經緯がよく分かる見易いよい展示であった。

 3階の美術工藝展示室では「日本画展」が開かれてゐた。京セラとワコールの創業を記念して行はれた、1985年~86年の歐米5箇國巡回展「現代日本畫」を再現。康耀堂美術館で初めて知つた現代作家などの作品が並び、わざわざ行った甲斐があつた。見應へのする大きな繪が多く、減り張りのある展示で飽きずにじっくり觀られた。この館勤務の實習で世話になつた先生にも挨拶できた。

 2階の「歴史展示室」では、常設展で京都の歴史が模型などを使つて展示してあつた。色々工夫はしてあるものの、工藝専門會社に任せて造られた學藝員の熱意が稀薄な展示であつた。ジオラマやら人形など其処此処に工夫されているものの全體として見ると印象に殘らない説得力のなさが殘念。漆塗り?の解説板には触るなとか、
來館者が楽しめないのも考へもの。

 1階、飲食店の蕎麦は美味かった!

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2009年11月 2日 (月)

國立博物館

H2 展示入れ替へが迫る中、やっと「皇室の名寶-日本美の華」へ行く。國立博物館、平成館は噂通り大勢の人でごった返し、立ち止まるな、左に流れろと(實際には丁寧な言葉でしたが)、五月蠅いほど注意された。若冲の極彩色、永徳&常信のドデカイ「唐獅子屏風」から、昔教科書で見たやうな有名作品がひしめく、文字通り日本の寶でした。

 以前の國立博物館とは展示方法が違ひ、作品ケースも新調され、發光ダイオード(LED)照明の柔らかい光に替わり、説明文もバックライトの黒板白抜き文字が薄暗い館内で目立ち、見易く、靜かに見られる環境が素晴らしい。見窄らしい、只廣かつたのと違ひ、最先端技術の導入でより身近になつた感じです。
 この平成館1階の「日本の考古」には本物の土偶が誇らしげに飾られ、考古學への興味が沸くやうな展示も好感が持てました。

H1 その足で、そのまま本館へ行くと、これまた案内板も増えて、自分が何処に居るかわかるようになりました。作品群の中には、宗達の「扇面散屏風」であったり、青磁茶碗「馬蝗絆」など有名どころがずらり。

ランチ営業後に来て、瞬く間に閉館時間の17時となり、敢へなく退散。じっくり見ると、丸々一日でも足りませんね。夕闇迫る博物館は照明が當てられ、帝冠樣式が映えます。

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