拝む
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白耳義へ戻つても今も生け花を續けてゐると云ふ奥さんの希望を入れて、六角堂を訪ねる。正しくは紫雲山頂法寺と云ふらしいがお堂の形から六角堂と呼ばれ、此処が生け花發祥の地とされる所。何でも聖徳太子が687(用明2)年(587)に四天王寺建立のための用材を探しに此処へ來た時に夢を見て、六角のお堂を建立したのが始まりだとされる由緒正しいお寺である。然も、六角堂の北側で太子が沐浴された池があり、この池の畔に僧坊が在ったことから「池坊」と呼ばれたらしい。
池坊會館の3階の「いけばな資料館」へも足を運んだ。差程廣くない室内にお寶が並べられてゐて、池坊の歴史が分かるやうになつてゐた。併し、ぶんぱくの特別展でじっくり見てしまつた後だけに、自分のやうに生け花を習ったことのない人には何とも不親切な感じがして、見てもさっぱり解らない。ここから發信しようと云ふよりも、貴重な歴史的資料を見せてあげてると云ふ感じが殘念であった。
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銀週間に蓼科の康耀堂美術館へお世話になつたお禮に行った。實習仲間も驅け附け、私は家族に自分の解説を讀ませ、展示を見せる爲でもある。附き合はされてゐると感じる子供たちは、自分たちでさっさと一通り見て、ベンチに腰掛け携帶ゲームをし始めたのには困った。それでゐて、あの繪が好きだとか、見るところは見てるから恐れ入る。
その時、近くのお勸めの店が一杯だと聞き、通り掛かった地元の方から、館から一本道を5分も下らない右側に在る料理倶樂部「いとう」が美味しいと聞き出掛ける。老夫婦が趣味でやってゐるやうな、自宅を改装したお店で滿席であつた。暫く待つて本日の晝食の内、豚ロースを頼むと、裏の畑で採れた高原野菜をふんだんに使つた滋味溢れる味であつた。
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壺阪寺(南法華寺)近く、舊街道沿ひの古民家にて晝食。元は造り酒屋故、趣良く好みなり。2,100圓の晝食なれど、奈良の地元食材ふんだんに出で、出汁の利いた薄味も心地よく、味良く、くつろげたり。機會あらば、朱塗りのカウンターで冷酒傾けたし。
壺阪寺は義太夫節《壺坂観音霊験記》の舞臺故、次回は訪ねたし。
「…三つ違いの兄さんといふて暮らしているうちに
情けなやこなさんは、生まれもつかぬ疱瘡(ほうそう)で、
眼界の見えぬそのうへに、貧苦にせまれどなんのその、
一旦殿御の沢市つぁん。
たとへ火の中水の底、未来までも夫婦ぢゃと、思うばかりか…」
眼病平癒、夫婦愛を謳ふ芝居なり。昨年文樂ワークショップにて學びしもの。住大夫の名調子思ひ浮かぶ。
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3日間、京都で作品の取り扱ひに就いて學び、班別に分かれてリーフレットを作成しました。我々の案は惜しくも決選投票で落ちたものの、自信をもつて人に見せられるものが仲間とできました。そして、最終日の午後、そのままバスで一路茅野へ移動。
翌朝から、蓼科に在る「康燿堂美術館」で實習です。此処は2001年(平成13)に佐鳥電機社長の個人美術館として開館し、會長の死後、2005年(平成17)に京都造形藝大學に寄贈された故、大學の持ち物となつてゐます。中庭にはテラスが在り、カフェで珈琲も頂ける贅澤な造り。我々は日本畫擔當故、A展示室へ。前日までの展示の片附けを、日通美術さんの邪魔にならないやうに氣を附け乍ら、指示に從ひ運びます。大きな作品は矢鱈と重ひので吃驚。これは二つ折りにして仕舞ふところです。
幾度も注意されたのは、人間の怪我は治るけれども、作品は直りません!丁寧な上に丁寧な扱ひを心がけなければなりません。髪の毛が触れないやうに、息を掛けないないやうに、素手で触ることもなく、慎重に運びました。

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