2009年12月 8日 (火)

拝む

Fuji 今年は夏以降幾度も西へ旅立ったが、今までずっと拝むことのできなかった富士山。この日は久し振りに暖かな上、くっきりと新幹線から觀えました。

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2009年11月17日 (火)

六角堂

6kaku 白耳義へ戻つても今も生け花を續けてゐると云ふ奥さんの希望を入れて、六角堂を訪ねる。正しくは紫雲山頂法寺と云ふらしいがお堂の形から六角堂と呼ばれ、此処が生け花發祥の地とされる所。何でも聖徳太子が687(用明2)年(587)に四天王寺建立のための用材を探しに此処へ來た時に夢を見て、六角のお堂を建立したのが始まりだとされる由緒正しいお寺である。然も、六角堂の北側で太子が沐浴された池があり、この池の畔に僧坊が在ったことから「池坊」と呼ばれたらしい。

 池坊會館の3階の「いけばな資料館」へも足を運んだ。差程廣くない室内にお寶が並べられてゐて、池坊の歴史が分かるやうになつてゐた。併し、ぶんぱくの特別展でじっくり見てしまつた後だけに、自分のやうに生け花を習ったことのない人には何とも不親切な感じがして、見てもさっぱり解らない。ここから發信しようと云ふよりも、貴重な歴史的資料を見せてあげてると云ふ感じが殘念であった。

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2009年11月11日 (水)

湯釜

P1040221 萬座温泉より自動車で15分程度、白根山を登ると火口に水の溜まった湯釜が見える。硫化水素を含んだ瓦斯が水に溶け、酸化して白濁した温泉と同じものらしいが規模が違ふ。今も活動を續ける火山故、頂上から500米内は立入禁止であった。
 そしてこの日の朝燒けの美しいこと。歸へりに草津位まで山から下りて來ると、紅葉も美しく、尾根毎に東山魁夷風の山肌であり、大觀のやうな林であり、觀山のやうな山姿であり、はたまた中國南畫のやうな風景が次々と現れ、ひとり繪を思ひ出して昂奮してゐたのだ。
P1040214

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2009年11月10日 (火)

萬座温泉

P1040189P1040212 そして、やっと萬座温泉に到着。海抜1,800米のこの温泉は先史時代から利用されてゐたらしい。現在も昔の噴火口より空吹があり、硫化水素瓦斯が出てをり、源泉へは立入禁止となつてゐる。
 硫黄の臭ひが漂ふものの、白濁したお湯は酸性で美肌効果があると云ふ。丁度、金繼ぎをして漆にかぶれた爲、丁度よかつた。
 今回は夏のビンゴ大會で宿泊券を當てたもの。家族4人の半分の料金で泊まれる譯で、期待せずに往つたが、紅葉も終はつた高原で乾いた寒い中お湯がよく、見晴らしもよく、疲れを癒すことができた。珍しく露天風呂は男女混浴で我が家のレディースたちと一緒に入り、お休みを滿喫した。

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2009年11月 9日 (月)

浸み出る

P1040174P1040175 富士吉田や富士宮市にも在りし「白糸の瀧」が輕井澤にも在り。川の水が流れ落ちるのと違ひ、山肌の粘土層の上を流れる地下水が、高さ3米、幅70米位の間で湧き出し、白き糸の如く流れ出る樣より名附けられる。途切れることなく紡ぎだされる樣は豐かな自然なり。落ち葉すらも美し。近くの露天で買ひたる炭燒岩魚も美味。

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2009年11月 6日 (金)

瀟洒な洋館

P1040162 一泊旅行へ行く途中、舊輕井澤の奥を抜ける際、舊三笠ホテルへ立ち寄る。
 1906(明治39)年の開業當時、電燈、英國製タイルを張りたる水洗便所、絨毯等を利用した最先端の西洋宿籠なりき。1970(昭和45)年に癈業する迄使はれ、その後、輕井澤町に寄贈され、優雅なホテルの雰圍氣を傳へるやうに保存。國の重要文化財なり、修復され、往時の美しさが甦りたり。
P1040156 MHの模樣を彫り込んだカーテンレールカバー、煉瓦の暖爐、狹き寝臺、卓子と椅子、洋風箪笥等殘る家具類も美しきなり。但し、天井高く寒々く、快適ならざる住まひ也。

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2009年10月 2日 (金)

乙女の瀧

Otome 實習で泊まったホテルの横道を進むと「乙女の瀧」が在るのを思ひ出し、食後に向かふ。渓谷に向かつて階段を下りる途中から、音は聞こえるものの姿は見えず、中腹位の踊り場が實は瀧の目の前で、水飛沫を浴びる程近い大迫力には吃驚。もっと近寄つて寫眞を撮る人も居るが、足下を考へるととても近附けない。1ccに20,000個のマイナスイオンとの看板もあるが、科學的數値がなくとも清々しさこの上なく氣持ちよかった。

 その後、中央道の澁滯にはまり行きの倍の時間で歸へつて來たので、この爽やかな氣持ちは長く續かなかつたのが殘念。

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2009年10月 1日 (木)

お禮參り

Ito 銀週間に蓼科の康耀堂美術館へお世話になつたお禮に行った。實習仲間も驅け附け、私は家族に自分の解説を讀ませ、展示を見せる爲でもある。附き合はされてゐると感じる子供たちは、自分たちでさっさと一通り見て、ベンチに腰掛け携帶ゲームをし始めたのには困った。それでゐて、あの繪が好きだとか、見るところは見てるから恐れ入る。

 その時、近くのお勸めの店が一杯だと聞き、通り掛かった地元の方から、館から一本道を5分も下らない右側に在る料理倶樂部「いとう」が美味しいと聞き出掛ける。老夫婦が趣味でやってゐるやうな、自宅を改装したお店で滿席であつた。暫く待つて本日の晝食の内、豚ロースを頼むと、裏の畑で採れた高原野菜をふんだんに使つた滋味溢れる味であつた。

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2009年9月25日 (金)

奈良のランチ

 壺阪寺(南法華寺)近く、舊街道沿ひの古民家にて晝食。元は造り酒屋故、趣良く好みなり。2,100圓の晝食なれど、奈良の地元食材ふんだんに出で、出汁の利いた薄味も心地よく、味良く、くつろげたり。機會あらば、朱塗りのカウンターで冷酒傾けたし。

 壺阪寺は義太夫節《壺坂観音霊験記》の舞臺故、次回は訪ねたし。

 「…三つ違いの兄さんといふて暮らしているうちに
 情けなやこなさんは、生まれもつかぬ疱瘡(ほうそう)で、
 眼界の見えぬそのうへに、貧苦にせまれどなんのその、
 一旦殿御の沢市つぁん。
 たとへ火の中水の底、未来までも夫婦ぢゃと、思うばかりか…」

 眼病平癒、夫婦愛を謳ふ芝居なり。昨年文樂ワークショップにて學びしもの。住大夫の名調子思ひ浮かぶ。

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2009年8月26日 (水)

片附け

Photo 3日間、京都で作品の取り扱ひに就いて學び、班別に分かれてリーフレットを作成しました。我々の案は惜しくも決選投票で落ちたものの、自信をもつて人に見せられるものが仲間とできました。そして、最終日の午後、そのままバスで一路茅野へ移動。

 翌朝から、蓼科に在る「康燿堂美術館」で實習です。此処は2001年(平成13)に佐鳥電機社長の個人美術館として開館し、會長の死後、2005年(平成17)に京都造形藝大學に寄贈された故、大學の持ち物となつてゐます。中庭にはテラスが在り、カフェで珈琲も頂ける贅澤な造り。我々は日本畫擔當故、A展示室へ。前日までの展示の片附けを、日通美術さんの邪魔にならないやうに氣を附け乍ら、指示に從ひ運びます。大きな作品は矢鱈と重ひので吃驚。これは二つ折りにして仕舞ふところです。
 幾度も注意されたのは、人間の怪我は治るけれども、作品は直りません!丁寧な上に丁寧な扱ひを心がけなければなりません。髪の毛が触れないやうに、息を掛けないないやうに、素手で触ることもなく、慎重に運びました。
Photo_2

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