2009年12月17日 (木)

職権亂用

Sinkoku 1800(寛政12)年6月17日の午前から翌朝迄の凡そ20時間を描いたプッチーニ(1858 - 1924)が描いた歌劇《トスカ》。佛蘭西革命により一時は共和國制が開かれたものの、羅馬(ローマ)は再びナポリ王黨派の支配下となり、妹マリー・アントワネット(1755 - 1793)の敵を討つが如く、ナポリ王妃マリア・カロリーナ(1752-1814, マリア・テレジア10女)は徹底的な粛清彈壓を加へてゐた。6月10日に警視総監になつたばかりのスカルピアは元共和國領事アンジェロッティの脱獄を知り、トスカを操り探し出さうとする。

 嫉妬深いトスカは教會でマグダラのマリア像を描く戀人カヴァラドッシが浮氣をしてゐたと吹き込み、それを糾す爲にアンジェロッティを匿つてゐる筈のカヴァラドッシの所へと行かせる。そして、政治犯と女としてのトスカを一石二鳥で手に入れやうとほくそ笑むスカルピアが憎々しげでないといけない。マレンゴの戰ひで佛蘭西軍を追ひ返したと云ふ一報が届けられて戰勝を祝ふミサが行はれる前で、スカルピアは野心を語る第一幕終幕部分の迫力たるや、他に比べるものがない。

 今回の新國に於けるアントネッロ・マダウ=ディアツの演出は迫り出しを巧く使ひ、瞬く間に祭壇が背景に現れたのが素晴らしかつた。ジョン・ルンドグレンのスカルピアもなかなかよい。カヴァラドッシ役のカルロ・ヴェントレよりも男前なので、冷酷無慈悲な感じがよく出てゐた。かう云ふイヤな奴が居るから善人が引き立つのだ。

 バスのルッジェーロ・ライモンディがこのバリトン役に挑んだ映畫から〈テ・デウム〉

 そして、脱獄囚が見附からないとなると、カヴァラドッシを隣の部屋で拷問の末、聞き出してしまふ。その〈拷問〉場面

 その後トスカに殺されてしまふのだが、スカルピアの存在感は光る。現存する建物での物語の展開は、現實の雰圍氣を壊さずに、歴史劇として見られる装置にするのがたいへんだらう。第一幕の聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教會、第二幕のファルネーゼ宮殿(現佛蘭西大使館)、そして第三幕の聖アンジェロ城。この屋上から追い詰められたトスカは飛び降りてしまひ幕引きとなる。

 歐州に渡って劇場で覺へた歌劇故、細かい歌の意味は知らなかつたが、第二幕でスカルピアが夕食で飲んでゐるのが西班牙ワインだと初めて知った。字幕もよいものだ。
 フレデリック・シャスランの指揮はテムポもよく、ぐいぐいと劇中に飲み込まれて行く。主題が終はる毎にやや空白が生まれるのが殘念であったが、深い低音から高音まで東フィルから音を引き出し、熱演であつた。

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2009年12月 3日 (木)

新維納樂派

 新國で新演出のベルク作曲、歌劇《ヴォツェック》を觀る。貧困に喘ぐ兵士ヴォツェックが、内縁の妻マリーがマッチョな鼓手長と關係を暴き、云はば痴情の縺れから殺人を犯すと云ふ、今でも何処にでもありさうな粗筋である。ゲオルク・ビューヒナー(1813-1837)の戯曲にベルクが無調で曲を附けてをり、耳慣れない不協和音や半ば叫ぶやうに歌ふ「シュプレヒシュティンメ」が異樣だつたが、今や21世紀にもなると違和感がない。20世紀前半の古典として聽ける。

 初めて耳にしたのは、1984年であらうか、獨逸文化會館でオペラ映畫連續上演したことがあり、その際にロルツィンクの《皇帝と船大工》、ワーグナーの《タンホイザー》と《マイスタージンガー》と共に、通って觀たのが最初だらう。ませた學生であつたが、更にベーム指揮のLPを買ひ、頭の中が解れて絡み合つた糸のやうになり乍らも必至に聽いたものだ。そして、迎へたベルク生誕百周年の1985(昭和60)年に、若杉弘指揮の歌劇と小澤征爾指揮の演奏會上演と兩方聽いてゐる。手堅く纏めた若杉と、赤く異樣に光る月と歌の入らないオケだけの箇所だけが際立って上手だった小澤共々印象深い。それ以來、一度も聽いてゐなかつたが、案外記憶は確かなもので、細かい所も覺へてゐたし、存外に獨逸語が歌よりも聞き取り易いので吃驚した。

 今回の上演はミュンヘン國立歌劇場と共同制作され、クリ-ゲンブルクの同じ演出が二つの歌劇場で觀られる。不氣味に太った大尉のヒゲを剃る場面は、空中に浮かぶやうに天井の高くて、お小水のやうな黄色い染みがあちこちにでき、奧に高窓のある地下室のやうなところから始まる。そして、それが後方に移動すると、全面に水を張った真っ黒な舞臺が登場し、ピチャピチャ音をたてて人が移動するのが更に陰鬱さを増す。ヴォツェックで人體實驗する醫者はコルセットで身體を固め、兵士仲間や酒場の客は髪が抜け、白塗りの死人のやうであり、伊藤潤二の恐怖漫畫か、ティム・バートンの惡趣味映畫か、ゾンビのやうな惡夢を見させられてゐるやうな異樣さが附きまとふ。手前の水場はそのまま、兵舎にも酒場にも、勿論沼地にもなるのだが、その後ろにはヴォツェックが唯一の拠り所とする家庭が常に浮かんでゐて、全く隠さないのは重々しい雰圍氣を増してヴォツェックが狂氣に驅られて行く樣をよく現してゐた。逃れられない現實、家族を養はねばならない重荷、浮氣が氣になる内縁の妻。

 明るさのない、絶望感だけが廣がる中、唯一、ヴォツェックとマリーの子だけが終始部屋の中に居て、冷靜に回りを見て現實を把握し、最後にマリーの死體が上がったことを知らされた時、普通は原作通り木馬に興じて痛々しさを強調するが、今回の演出ではナイフと人形を手にしっかり前を見据えて、「ポッポ。ポッポ」とだけ歌ふのが強烈であつた。ハーフなのか、子役の中島健一郎は輝いた目としっかりとした演技が立派だった。ヴォツェック役のトーマス・ヨハネス・マイヤー、大尉役フォルカー・フォーゲル、鼓手長役のエンドリック・ヴォトリッヒ、マリー役のウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイ等主役人と醫者役の妻屋秀和は好演。

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2009年10月 9日 (金)

嫉妬

Otello 2009年~10年シーズン幕開け、ヴェルディの《オテロ》を新國で觀る。ご存知シェイクスピアの『オセロ』が原作だが、そちらは讀んだことがなく、專らヴェルディばかり。然も、28年前にミラノ・スカラ座の初來日公演を觀て以來、劇場で觀るのは初めてと云ふ歪な戀人である。高校生の時に度肝を抜かされたので、その初日の實況録音放送をカセットに取り、暫く聽いたものの、レコードもCDも持つてゐない。
 リッカルド・フリッツァの指揮する東フィルの幕開けから、記憶がずんずん蘇る。クライバーはかう盛り上げたとか、ドミンゴはかう歌つたとか、ゼッフィレルリの演出はどうであつたかと瑣末な事柄が次々と頭の中を驅け巡るが、その横で今鳴り響く音も十二分に樂しむことができた。

 キプロス嶋にムーア人のオテロ(ステファン・グールド)率いるヴェネツィア海軍が戻るところから始まるが、その嵐の場面に稲妻が光り、まるでヴェニスのやうな装置に張られた水が波立ち、市民がこちらへ向かつて祈るのだ。スカラ座の時は背景に船の帆崎が揺れてゐたのと違ひ、オテロや武官が觀客席から下手オケピの上に掛けられた橋を渡り登場するのには吃驚。花火は飛び出すし、マリオ・マルトーネの演出の妙!

 それからは出世街道で正直者の副官カッシオ(ブラゴイ・ナコスキ)に出し抜かれた旗手イヤーゴ(ルチオ・ガッロ)が惡の権化と化して、オテロに妻デズデーモナ(タマール・イヴェーリ)が不貞を働いてゐるとそっと嫉妬の炎を點す…。

 中央にはオテロとデズデーモナの住まひが据えられ、それが一幕ではちんけな塔にしか見えないが、英雄であつたオテロが心理的に追ひ詰められて行くと、榮華の奧に潜む小さな自分の姿にも見えて來るから不思議。4幕では中庭に浮かぶ寝室のやうになり、光と蔭の中にくっきりと心理が浮かび上がり、とてもよかった。

 今回は奮發して2階中央席。3階のやうに音が抜けず、やや籠もる感じ。グールドはやや聞き取り難いが恰幅がありオテロらしく、水路で水浸しになつて死ぬ最期が宜しい。ガッロはほぼ出ッ放しではあるものの、スマートな長身と相まって憎々しさ百倍。優男のナコスキも聲が通らないのが玉に瑕。急遽代役としてデズデーモナを歌ったイヴェーリは好演。演出上か、他の男に色目を使ふところもあり、きっとオテロの目を通して描いたのであらう。
 

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2009年6月23日 (火)

灰被り娘

 「シンデレラ物語」のオペラ版、ロッシーニの歌劇《チェネレントラ》を直譯すると《灰被り娘》となる。下女のやうに扱はれ、臺所の灰にまみれてゐることを指すらしい。

 新國立歌劇場の公演は、ポネルの演出故、安心して見られる反面、最近の奇抜なものに見慣れた目には物足りなさを感じてしまふ。その上、ロッシーニはコロコロと轉がるやうに装飾を附けた旋律(コロラトゥーラ)が随所に出て來るので、緩急自在に操れる指揮者と、主要登場人物のアンサンブルが噛み合ひ、明るい喜劇にならないと非常に退屈する。喜劇の方が演技力を求められる。

 男声合唱はまとまりもよく、さすがだった。デイヴィッド・サイラス指揮の東フィルは、可もなく不可もなし。もう少し疾風の如く前に進んで欲しかったが、まあ足を引っ張るでもなく、身構えてロッシーニを聞くもんぢゃないと云はれてゐるやう。

 チェネレントラ(シンデレラ)、主役がメゾソプラノと云ふのは珍しい。ヴェッセリーナ・カサロヴァは声質が重いので、衛星放送で見たチューリヒ歌劇場の《カルメン》のやうな氣性の激しい女性役は似合ふが、輕快感が賣りのロッシーニでは、彼女の良さも引き出されず、威嚴があり過ぎて浮いてしまふ。
 それに對して、理想の花嫁を求めて身分を偽って従者に扮したドン・ラミーロ王子役、アントニーノ・シラクーザは
演技はおとなしいが、第二幕の前半は彼のの獨壇場となり、途中詠唱(アリア)をアンコールで歌う程、美聲を艶やかに放ち、見事な高音で観客を沸かしてくれた。
 初めて觀る歌劇として、樂しめたが、カサロヴァの突き出た顎が一番氣になつてしまつた。


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2009年4月13日 (月)

ワルキューレ

 新國でキース・ウォーナー演出の樂劇《ワルキューレ》を觀る。今まで自分にとつてこの作品は、映畫《地獄の黙示録》以來、特別なものだと思つてゐましたが、前衛美術(ポップアート)に見慣れた所爲か、受け手の過剰な意氣込みが消え、肩肘張らず自然體で聽くことができました。

 最初にヴォータンが現れ、小さな鑓を地圖に刺すと、現實社會にも空から大きな赤い鑓が降るやうな演出となり、ヴォータンの意思が世界を動かしてゐる感じを現してゐます。木造の四角四面なフンディングの館が、映寫されてゐる構圖の續きなのでせう、やや歪んでをり、巨大な卓子と椅子が並び、天井から鑓が刺さつてゐて、そこに神劍ノートゥングが刺さつてゐます。寝室前の扉横にフンディングとジークリンデの大きな結婚寫眞が飾られ、略奪された花嫁かも知れないが、秩序ある犬族の長だと表現されます。

 狼族の生き殘りとしてお尋ね者のジークムントが一夜の宿を借りに這入つたのが敵方の長フンディングの館でした。翌朝決闘を申し渡され、絶對絶命の中、生き別れた双子の妹ジークリンデがその妻だと分かり、父が託した劍を抜き、その場でフンディングを殺すことなく二人で驅け落ちするのでした。ジークリンデ(マルティーナ・セラフィン)の聲量餘りあるのに對して、ジークムント(エンドリック・ヴォトリッヒ)は筋肉質な割に聲は通らず殘念でしたが見榮えはよい冒險活劇。

 第二幕はヴァルハラの入り口として描かれた飛行機の搭乘口のやうな真っ白な通路が在り、そこから天空に出られ、足下には地上圖が廣がつてゐます。ヴォータン(ユッカ・ラジライネン)のところへ愛馬グラーネ(木馬)に跨つたブリュンヒルデがやって來たり、ジークムントがお告げを聞くのは夢の中であつたり、割と自然に解釈できる内容でした。此処では正妻フリッカ(エレナ・ツィトコーワ)のヒステリックな怒りが見事、家長としてのヴォータンも結婚の契りの前に本意を翻して息子ジークムントを殺させねばならない夫婦愛憎劇。ブリュンヒルデ(ユディト・ツィトコーワ)はやや太め乍ら、力強い聲は女神らしく猛々しい。

 第三幕は父の命に背いたブリュンヒルデを罰する爲ヴォータンがやって來るのは、ワルキューレ達が居る病院の中央廊下。戰上で傷附き、此処に擔ぎ込まれ、死者として敷布の掛けられた勇者は、移動寝臺から突然、ワルハラへ連なる奧の廊下へ歩き出す樣はまるでゾンビのやうです。ワルキューレたちは赤十字の盾にフェンシングの防具のやうなものを身に附け、劍道の面を被り、白衣を着て手術用エプロンを下げてをり、看護婦と云ふよりは危ない研究員のやうな出で立ちです。
 ヴォータンとブリュンヒルデだけになると、場面は遠ざかり、大きなグラーネが地下から出て來て、親子二人のカ過去を思ひ起こす構圖です。やがて彼女の希望を受け入れ、金屬寝臺に寝かされると周りに火を燈し、映寫を繰り返すヴォータンだけが殘り、指環奪還の夢をジークフリートに託すのでした。父娘親愛劇。

 色使ひがややけばけばしいものの、嚙み砕いたやうに意圖が汲み取れる演出もなかなかのものでした。エッティンガーは聽かせ所はたっぷり伸ばして(或ひは遅すぎるところも)、オケだけで進むテムポは齒切れよく、規模(スケール)の大きな表現でしたが、ややもすると東フィルの金管が附いて往けず足並みの亂れもあるものの、相對的によくやってました。師匠の重々しさが抜けるときっとエッティンガーらしさが出るのでせうが、まだまだ模倣故獨創的ではないものの、職人らしさが宿った高得點の演奏に大滿足でした。《ジークフリート》が來年と云ふのは間を空け過ぎですね。

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2009年3月17日 (火)

ラインの河底から

 拍手が消え、全照明が落とされ、オケピの仄かな明かりだけがピアニッシモから「生成の動機」を奏で始める。正に真ッ暗闇の無からの説得力ある始まり故、指揮者がいつ來たのかも判らずに、まるでバイロイトのやうに開始される素晴らしい幕開けでした。

 新國の〈ラインの黄金〉は舞臺に小さな明かりだけが點り、こちらに向けて光を發してゐるが、正體が暫く判らない。依然として暗いのである。漸くスポットライトの中にヴォータンが映寫機を觀客席に向けてゐるのが暫く見え、それが反轉して大きな幕にラインの流れが映し出されると、下には番號札の附いた客席の背が並んでゐる。これで、ヴォータンが過去を振り返ってゐるやうに見える演出だと理解できる。素晴らしい。

 その客席はライン岸となり、ラインの乙女にからかはれたアルベリヒが飛び込むと、その様子が幕に投じられ、ジグゾーパズル状の黄金のワン・ピースが盗まれるのである。そして、このやや歪んだ幕の形の枠の中で、ヴァルハラの城のまるで假小屋のやうな事務所のやうな佇まひとなる。設計圖の前でひとり悦に入るヴォータンを事務員のやうな妻フリッカが、城の代金としてフライアが連れ去られると詰(なじ)る。窓奥から車のサーチライトのやうな明かりが二つやって來ると、それが巨人族のファーフナーとファーゾルトであった。幸福の神フローはずっとカメラを回してゐるのである。

 ヴォータンの知惠袋ローゲはまるで、映畫「カリガリ博士」の中でヴェルナー・クラウス演じる題役のやうにシルクハットに燕尾服とマントで現れる。丸眼鏡を掛けたところまでそっくりだが、ラインの乙女の願ひを傳へ、その黄金を奪ひフライアの代はり與へればよいと入れ知惠し、巨漢の二人は黄金が手に入る迄は人質としてフライアを連れ去ってしまふ。

 舞臺装置が上手に流れると、下手からニーベルング族の地下王國が現れる。アルベリヒの弟、鍛冶屋のミーメは奴隷のやうにこき使はれるとローゲに嘆く。魔術を見學に來たと言はれ、アルベリヒは「隠れ蓑」の力を見せ附ける。大蛇にはなれたが、小さな蛙にはなれないだらうと云はれて、腹立ち蛙になつたところを捕まえられて、天井世界へ連れ去られて行く。

 身柄を自由にする代はりに黄金を差し出したが、指環に呪ひを掛けられ、手放さうとしないヴォータンに知惠の神エルダが危險だと告げ、仕方なく手放すと、フライアの代はりに受け取つた巨人族のふたりは殺し合つてしまふ。最後に刀を取り去ったフライアは手を血に染め、ずっと浮かない顔をしてゐる。

そして、雷神ドンナーの雷が下ろされると、白い空港の待合ひ室のやうなところとなり、虹の架け橋として空から七色の風船が落ちて來て、皆白装束に變はり、北歐神話の神意外にも、お釈迦樣、基督、伊弉諾尊&伊弉冉尊、シバ神、埃及の女王、海神ネプチューン等宗教を越えた神々が集まり、不安定であつた三角の背景の真ん中が割れて、光の中ワルハラへと進むのでありました。炎の神ローゲは城一箇所に留まるのは嫌だと、ひとり黒い装束のまま、煙草をくゆらし、手には炎を掲げ、休憩無しの全幕2時間40分が終はります。

 キース・ウォーナーの演出はかなり奇抜なのですが、まあこんな感じです。初演の時に《神々の黄昏》を觀た際は「トンデモ演出」だと思つたのですが、時代が受け入れたのか、違和感はありませんでした。
 歌手は凸凹も少なく、突出して上手な人が居る譯でもなく、無難な選擇でありました。併し、いつもは小氣味よく疾風怒濤のやうな筈のエッティンガーの指揮は師匠バレンボイムの重さを準(なぞら)えたのか、重厚さばかりが目立ち、やや遅めのモサッとした感じばかりが目立ちました。勿論、東フィルからあれだけの音の強弱を引き出す腕は一流です。どっぷりワーグナーの音の渦に浸る感じは代へ難いもの。それ故、じっくり丁寧に、細かく説明するやうなテムポに驚いた譯です。來月の《ワルキューレ》に期待しませう。

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2009年1月14日 (水)

15歳の花嫁

Photo 久し振りに家族を連れて、新國の《てふてふ夫人》を觀に行く。栗山民也の演出版はこれで二回だが、前回は當日故、天井桟敷で舞臺は殆ど見えず、隣の爺さんの加齢臭に惱まされた記憶しか殘つてゐません。
 さて、今回は二階左脇席なので、案外見晴らしもよく、前に人が居ない分子供には好評。カルロ・モンタナーロの指揮は疾風の如くグイグイ引ッ張り、歌はせるところはたっぷり間合ひを取るので、印象の惡い東響でも安心して身を委ねられます。然も、合唱等和服の着こなしが粋なのが、安心です。てふてふ夫人役アルメニア人のカリーネ・ババジャニアンも違和感なく打ち掛けも似合ひ解け込んでゐました。途中、正座してお辞儀するのにお尻が上がつてゐたり、草履が巧く脱げずにバラバラになったまま上がつてしまつたのが殘念でしたが、日本の風習を知らないので致し方ありません。そんな時に一寸座って直す仕草が素敵なんですがねえ。歌は情感も籠もり上手でしたが、惜しむらくはもう少し聲の伸びが欲しかった。そこまで望んでは酷ですね。
 マッシニリアーノ・ピサピアのピンカートンは巨漢だが、色艶のある聲もよく、アレス・イェニスのシャープレスもやや聲は通らないものの及第點。松浦健のゴローや、大林智子のスズキは日本人らしさが出て好演。

 第一幕最後の甘い二重唱、そして、改宗してまでピンカートンに真心を尽く、どんな境遇にならうと愛を貫き通す覚悟のてふてふ夫人の哀れなところが、最後に子供が出て來た邊りから盛り上がります。没落して藝者になり、たった15歳で身請けされたにも拘はらず、崇高な心意氣だけで、夫を待ちわび氣丈に生きて來た3年間。再開も果たせず、子供まで取られてしまふ悲劇。自害する前に、我が子に「永遠の別れ」なんて云ふのを聞くと、どうしても自分の子供のことのやうに感じるので目頭が熱くなります。涙もろくなりました。

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2009年1月 8日 (木)

天晴れ、高品位テレビ

 高品位(ハイヴィジョン)テレビのお陰で綺麗な畫面に釘附けとなり、年末年始寝不足が祟り、調子惡いヒゲ親父でした。暴飲暴食もあるのですが、寝る間を惜しんで、テレビを見る大莫迦者でもあります。

 そんな中、有線放送で久し振りに《銀河英雄傳説》が始まり、日曜日の四話毎に録り溜めて見てゐます。これはまだ畫像処理されてゐないので、決して綺麗ではありませんが、忘れてゐた幾つかの挿話や、壮大な物語を思ひ出し暫く目が離せません。プロイセン風な軍服、獨逸風な名前、全編を彩るクラシック音樂等、填ります。

 それで4日の晩は明日から仕事だと思ひつつ、ふと衛星放送高品位番組を見ると、「夢の音樂堂 小澤征爾がいざなうオペラの世界」と云ふ中で、何とクライバー指揮、維納國立歌劇場の《薔薇の騎士》を放送してるぢゃありませんか。もう第一幕も終はりのところからでしたが、釘附けです。
 1994年の録音ですが、畫像が綺麗な爲、細かい部分もよく見え、嗚呼、こんなであつたか、あんなであつたかと實際の舞臺は見てゐないのにあれこれ思ひ出します。提燈のやうなモハメドのターバン、優美な元帥夫人の寝間着だとか…。

 「これはどんなオペラ?」と娘たちに訊かれても、素敵な大人の戀物語程度にしかまだ教へられません。何故何故攻撃で全幕教へるのに1時間位は掛かりますので、ズボン役を見附けて「ケルビーノと一緒だ」「あたしは《フィガロ》の方が好き」だとか、勝手に言ふのを聞き流し、ひとり悦に入つてゐました。

 來日公演の時は、アバド&伯林フイルのマーラーの9番を選んだ爲、こっちは聽けませんでしたが、かうして映像と音が高品位で殘つてゐるのは嬉しい限りです。

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2008年12月20日 (土)

どんな、あんな?

Photo 此処、新國立劇場も基督降誕祭の飾りが賑やかで、ロビーも華やいで見えます。
 さて、モオツァルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》の中で、幕開けから夜霧に紛れて好色の騎士ドン・ジョヴァンニがドンナ・アンナの寝所に突然現れ、襲はれてしまひます。さうです、これが本日のお題ドンナ・アンナ。

 騷ぎを聞き驅け附けた父の騎士長もドン・ジョヴァンニの刃に倒れてしまひます。そこへ助けにやって來た彼女の許婚ドン・オッターヴィオが共に復讐を誓ひ、騎士の從者レポレッロは主人の行爲をなじるものの宮仕への悲しさ、主人の命令で、以前主人が捨てた女ドンナ・エルヴィーラに諦めるやうに諭し、主人の女性遍歴を記した〈型録の歌〉を歌ひ、ドラマは進みます。

 ドンナ・エルヴィーラは未練もあり復縁を願つてゐますが、このドンナ・アンナは父親も殺され、自分も辱めを受け(たぶん)、踏んだり蹴ったりで絶望しても、何とかドン・オッターヴィオに励まされますが、それでも結婚は惡人であるドン・ジョバンニの爲に一年間喪に服します。許婚もそれに從はざるを得ません。親の喪に服すのなら解るのですが、ドン・ジョヴァンニの爲と云ふことは二人には肉體關係があつたと勘ぐりたくなりますね。

 このオペラの原題は《罰せられた放蕩者》または《ドン・ジョヴァンニ》で、西班牙に古くから傳はるドン・ファン傳説を本に、惡事を重ねると地獄に堕ちると云ふ内容なのですが、單に「悲劇」とはせず、「ドラマ・ジョコーソ(諧謔劇)」としてゐます。地獄落ちの後、銘々が心境を語り、明日への希望を夢見る最後も單に附け足しで省略すべきだと云ふ人も過去にゐました。

 今回、グリシャ・アサガロフの演出は成功とも失敗とも云へない中途半端な印象でした。黒く艶光する床をヴェニスの運河に準へ、ゴンドラでやって來るドン・ジョヴァンニとレポレッロ。〈型録の歌〉で大きな女性人形が現れ、意図を操るドン・ジョヴァンニの姿から、女の心を玩んでゐることを表してゐたのでせう。橋になつたり、二階部分になる工夫はよく、紫のカーテンで好色なドン・ジョヴァンニの心情をよく表してゐました。
 ツェルリーナとマゼットが結婚祝ひをしてゐる所は、白黒チェスの駒、騎士を象つた馬に跨り、メリーゴーランドのやうに遊んでる場面でした。この駒は第二幕で騎士長の石像前に配置されます。第二幕前半は木立の繪柄が天井まで届く大きな衝立として並ぶ森の表現は秀逸。但し、全體を考へると、説得力に欠け、意外性もないのが殘念でした。

 歌手は各々非常に伸びやかに歌ひ、アムサンブルもよく、纏まり、外人の中でツェルリーナ役の高橋薫子が可憐さを備へ見劣りせず、逆に田舎娘ぽくありませんでした。若い指揮者コンスタンティン・トリンクスのテムポはアリアや重唱はたっぷり聽かせてくれますが、小氣味よい速度で引ッt張る譯ではないので、中弛みしてしまひます。本人の彈くチェムバロもエッティンガー程の遊びがないので、よりグランド・オペラぽい仕上がりで、重々しさが強調され、モオツァルトらしい滑稽さや諧謔が今ひとつ傳はらず、今後の精進に期待しませう。

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2008年11月12日 (水)

第三帝國の音樂

 早稲田大學音樂同攻會創立75周年記念講演會に、幾度もお世話になつた山崎浩太郎さんが出られると聞いて、學生會館地下B101號教室へ赴く。入場無料、先着順と聞いて、開場30分前に行ったら、まだ誰も居らず、周りの廊下ではワセオケの學生が練習してゐて五月蠅いので、學食で名物オムライスを食し、開場を待つことに。
 自分の母校とは明かに雰圍氣が違ふ、華やかさのないのが微笑ましい。學生の頃はああしてよく壁に向かつて練習したものです。知らない人にはさぞかし傍迷惑であつたことでせう。

 主題は「第三帝國とクラシック音樂」と云ふことで、珍しい音樂系翻譯ものを手掛けるアルファ・ベータ社長中川右介との對談でした。現役學生幹事が司會を勤め、最初に佛蘭西のテレビ番組を觀て、それから當時の實況録音や最先端技術の音を聽き、途中で意見を伺ふ形式で、お二人の對談だけを樂しみにしてゐた自分としては、やや肩透かしを食らつた感じでした。

 最初見たものはお藏入りの作品で非常に珍しい映像も多々ありました。1988年にバイエルンに在る「ワルハラ」を訪ねたことがありますが、そこにブルックナーの胸像を安置する儀式がヒトラーによつて行はれたこと、占領したプラハに獨逸人音樂家のモオツァルト像を設置したことなど、時代背景を知らないと只のニュース・フィルムに終はるところ、山崎氏が詳細に説明。
 併し、ナチス自身の理念を音や映像で殘した爲に、戰後は逆に領土を蹂躙された國により惡の帝國としての証拠を突き附け、ニュース・フヰルムも映畫も自分たちの都合のよいやうに編輯してゐた嚴しい内容の番組でした。

 また、戰時中とは思へないやうな明瞭な音像(テープ録音)が廣がり、スタジオの録音を蓄音機で聽くのとは違つた趣がありました。

 價値觀が多様化した21世紀の今から見れば、西洋論理の進み過ぎた或る時代の証拠として明確であり、惡と言ひ切れるところがやや切ない。ナチスは賛美せずとも、プラモデルで親しんだ軍服や當時の録音まで云々するのはどうかとも。小室哲哉が詐欺容疑で逮捕された途端に、彼の曲まで自粛する放送業界はおかしいと中川氏。確かに、そんなことを言つたら借金まみれでも絹の肌着しか着なかったワグナーの作品なんかどうなることやら。過剰反應を引き起こす日本も危うい國なにかも知れませんね。映像を見て、色々考へることができました。

 自分たちで触れられたくない過去を真正面から見つめようとする獨逸人の考へ方は凄いと思ひます。折しも、「帝國のオーケストラ」が上映中です。
http://www.cetera.co.jp/library/library_img/teikoku/orche.wmv

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