2014年6月 3日 (火)

油の地獄

 五月の文樂公演第二部は《女殺油地獄》。しょうもない放蕩息子、河内屋與兵衛が金の無心から、殺人に至り、油壺が轉がり、油まみれとなって、滑って滑っても尚、包丁を振り回して豐嶋屋お吉を殺してしまふ物語。前の歌舞伎座で仁左右衛門が一世一代の舞臺が忘れられないが、人形では勘十郎の與兵衛の切れ味のある演技が秀逸なのだ。
 そんな酷い奴なら愛想を尽かされる筈なのに、きっとどこか憎めない次男坊なのであらう。遊女に入れあげるだけでなく、お金欲しさに殺人に至ってしまふ憐れさ、安易さに呆れるが、一歩間違へば、誰でもさう云ふことになりさうだと云ふのが恐怖なのだ。とてもよかった。

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2014年6月 2日 (月)

晴れ姿

 五月の文樂公演で住大夫が引退となり、最後の晴れ姿を觀に行った。往時の勢ひはないものの、聲色の使ひ譯が上手く、目を瞑ってもどの役なのか直ぐ判る。かう云ふ名人は暫く現れないのであらうか。後に續く人がそこまでの藝に達してゐないのがとても殘念。錦糸さんとのコンビも、ほんたうに聞き納めとなつた。

 《戀女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)》の内、〈沓掛村の段〉が引退狂言となり、最後の一音がまだ耳に殘る名残惜しい公演であつた。

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2014年2月24日 (月)

 文樂二月公演第三部は辯慶一度の戀の後日談と頼朝と義經の不和を扱つた《御所櫻堀川家討》。三輪大夫はビブラートを効かせて朗々と語るが、奧の英大夫はどうも寝てしまつた。團七の三味線もいつもと何か違つて不自然に感じた。
 後半は狐が舞ふ《本朝廿四考》ではベタな嶋大夫の切り場後、呂勢大夫と清治のコンビで〈奧庭狐火の段〉。こちらは冴えた亘った三味線に呂勢大夫の語りがよく、程良い緊張感に、藝達者な勘十郎の見事な狐と八重垣姫の狐憑きの舞が素晴らしかった。これが、玉女だと動きが硬いので、當代一の勘十郎だと安心して觀られる。

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2014年2月21日 (金)

猿回し

 文樂二月公演の第一部は《七福神寶の入船》と云ふ七福神の隠し藝大會。そして、《近頃河原の達引》の〈四條河原の段〉では、よく知つてゐる鴨川の畔が舞臺となる。文字久大夫はもう少し情が語れるといいのだが、今一歩と云ふところ。
 そして後半、〈堀川猿廻しの段〉で住大夫が登場。聲色の分け方は相變はらず的確で、人形を見てゐるだけで、誰が語つてゐるか自然に解るのはさすが。併し乍ら、聲に張りがなく、往年の勢ひがない爲、こちらの集中力が續かず、つひ寝入つてしまつたのが口惜しい。勿體なかつた。何時までもお元氣でゐて欲しい。

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2014年2月20日 (木)

お染久松

 誕生日を迎へて、五十路になつた。生憎の風邪引きで、熱はないもののまだ聲が出ない。

 二月の文樂公演、第二部はお染久松の物語なので頭と最後にお染と久松を使つた「染模様妹背門松」。

 上段の「油店の段」では、咲甫大夫がすっきりと始め、切は咲大夫が話藝で樂しませると云ふよりはガチャガチャして單に下品なチャリ場となり、まるで吉本の新喜劇のやうであつた。「生玉の段」は睦大夫、芳穂大夫が成長して、声が通るやうになつた。「質店の段」は大嫌ひな千歳大夫であつたが、このところ、かなり上達した氣がする。相變はらず、がなり立ててはゐるものの、最後まで聲も枯れず、きちんと語ってくれたのだ。
 そして、「蔵前の段」では、藤藏の三味線は切れはあるものの、餘りに元氣がよすぎて、文字久大夫には全く合はない。ふたりの息が合つてないのが殘念。

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2013年12月10日 (火)

寺子屋

 文樂鑑賞教室では《團子賣》の後、靖大夫による解説、龍爾の三味線、文哉の人形の説明があり、休憩後に《菅原傳授手習鑑》より〈寺入り〉〈寺子屋〉の段。津駒大夫、燕三の〈寺子屋〉には、玉女ではなく、勘十郎さんの松王丸であつたので、迫力があり、とてもよかった。

 此処でも主君の息子の身代はりを誰にするかが問題となる。住大夫の素淨瑠璃も聽いてゐるし、歌舞伎でも觀てゐるだけに、寺子屋は松王の「泣き笑ひ」と「いろは送り」が見せ場なのだ。何度聽いても哀れだ。これを觀た女子高生たちは何を感じてゐたのであらうか。

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2013年12月 9日 (月)

120年振り

 文樂12月公演では《大塔宮あさひの鎧》が錦糸さんにより、121年振りに蘇演された。震災の後の3月23日の夜、素淨瑠璃で行はれた時は店を離れられず聽くことができなかつた。少ない觀客の前で披露されたものの、非常に反應がよかつたと聞いてゐたが、昭和28年に復活された《曾根崎心中》と同じく、何の違和感もなく、自然と話の筋に導かれ、太夫の語りに耳を澄まし、太棹の勢ひに乘せられて、人形を見入つてゐた。

 子供を身代はりにすると云ふ、文樂ではよくある題材だが、不憫だから祭の最中に切ってしまつてくれと頼むのも凄い。そして、身替はりの身替はりのどんでん返し。前半睡魔に襲はれたものの、後半は錦糸さんと文字久大夫の氣迫でがっつり聽くことができた。

 後半は珍しく江戸が舞臺の《戀娘昔八丈》。材木問屋城木屋の娘お駒に戀する番頭丈八の早合點、一人芝居でお駒は罪人として、鈴ヶ森で処刑される寸前に助け出されると云ふ話に、お家騒動も重なり、世話物として知られてゐる。後半の呂勢大夫と藤藏の勢ひがよく、氣持ちよかつた。

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2013年8月 9日 (金)

もうひとつの敵

 銀河英雄傳説の舞臺《初陣 もうひとつの敵》を日本青年館大ホールで觀た。夏の公演は外傳に當たり、ラインハルトとキルヒアイスの初陣に焦點を當ててをり、姉アンネローゼを嫉むベーネミュンデ公爵夫人の刺客をかわす物語構成。

 主役のラインハルトを演じた間宮祥太朗がいいのだ。初回の松阪桃李は違和感があり、他の出演者もどうも違ふ氣がしたが、これは當たり役になるかも知れない。アニメ版が基本の自分にも受け入れられる素質がある。それは聲色や容姿だけでなく、彼の持つ雰圍氣であらうか。
 そして、敵役ヤンの田中圭も輕い感じがよく出てゐた。ミッターマイヤー役の根本正勝、初回からお姫樣振りを華麗に演じ續ける白羽ゆりも役に嵌り、盛り上げてゐた。
 前回くらいから電算圖計處理(コンピューター‐グラフィックス)により描かれた戰艦や戰闘場面が幕に投影され、簡素な舞臺に奥行きが出た。但し、その分、舞臺上の階段であつたり、大道具がちゃちで宇宙と云ふ感じが餘りしなかつた。

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2013年6月10日 (月)

助六

2013061011420000 やっと切符を手に入れて新しい歌舞伎座へ。前の建物の雰圍氣はそのままに、席幅も廣がり、ゆったりと座れ、柱も取れて見易くなり、廊下も心なしか廣がり、段差も減り、とてもよくなつた。二階へ上がるエスカレーターも年寄りには有り難いことであらう。

 第三部、夜の部後半は《助六由縁江戸櫻》は前のさやうなら公演で亡くなった團十郎と玉三郎の舞臺を觀ただけに、世代交代を期待して觀た。

 福助さんは顔の皺が氣になるものの、表情や聲色はピカ一で、能面のやうな玉三郎よりも人間的。そして、相變はらず、海老藏はくぐもって科白が聞こえないが、長身故に舞臺榮える。正に江戸の英雄らしさが滲み出る。併し乍ら、
この祝祭歌舞伎を支へるの脇役でもある。勘三郎のやうな華はないものの、「JJ」「今でしょ」と流行言葉を交へた三津五郎の通人里暁、若々しく爽やかな菊之助の福山かつぎ、熟達菊五郎の白酒賣新兵衛など、華やかな氣分が素晴らしい。
 併し乍ら、今回の河東節は素人臭い酷いものであつた。

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2013年5月29日 (水)

文樂五月公演

 ずっと心待ちにしてゐた住大夫の復活。だいぶ窶(ヤツ)れたやうに見え、口元も動かし難さうであつたが、小さい乍らも聲は通り、震災後の《壽式三番叟》よりも今回の方がずっと迫力があつた。三番叟の幸助は今一番激しい踊りができるのではなからうか。前回は靜の一輔との組み合はせで若々しいかつたが、今回は文昇との組み合はせ、落ち着いた藝を見せる感じであつた。

 そして、第二部後半は《心中天網嶋》。紙屋治兵衛と遊女小春の情死を元に書かれた近松の世話物。兄が止めるのも聞かず、女房おさんは小春を思ひ、岳父、孫右衛門は娘を思ひ、家族を捨てて、ふたりは死へ旅立つ。〈河床の段〉は歌舞伎でも、繪畫にもなつてゐるので、幾度も見てゐるが、人形に一番と情を感じる。切り場の嶋大夫は随分と下世話な大阪のいやらしさが出たが、久し振りの始大夫、最近、富に聽き易くなつた咲大夫の〈大和屋の段〉。道行きは大勢が語り、太棹も多いのが、逆に悲しさをいや増す不思議。

 それに對して、第一部前半は《一谷嫩軍記》から〈熊谷櫻の段〉〈熊谷陣屋の段〉。熊谷次郎直實が敦盛の首として義經に差し出したのは自分の息子小次郎の首。それ故に、直實は出家する。親子の情や忠義を問ふ時代物の良さが出てゐるが、呂勢大夫が一番光つてゐるやうに感じる。

 後半はご存知《曾根崎心中》。もう何度も聽いてゐるので、今更物語は粗筋を見なくても理解してゐるが、大夫、三味線、それに人形遣ひ、それぞれが違ふので毎回新鮮である。但し、源大夫は聞こえないので、折角の〈天滿屋の段〉はだいぶ寝てしまつた。
 

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